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王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


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37.アルベルトの決断

「――これにより、大公閣下への支援は無事完了。今後も、今回利用した商隊を使い、継続的に支援を続けて参ります」


レグナートに戻ったアルベルトは、そう言って頭を下げた。


「よくやった」


王は短くそう告げた。


「取り決め通り、お前の解雇は撤回する」


「ありがとうございます。……しかし」


アルベルトは姿勢を正した。


「今回の私の功は、ライオネル殿下の無断出国の処分に充てていただけませんか?」


「……ライオネルの?」


「はい。そして――」


アルベルトは一度言葉を切った。


「殿下自身が今回立てた功績についても、どうか正当に評価していただきたいのです」


「…………」


「殿下が自らヴァルネへ赴き、大公閣下の説得にあたってくださったからこそ、今回の支援に繋がりました」


黙り込む王に、アルベルトは言葉を重ねる。


「その功をもって、殿下を王族としてお残しいただけませんか?」


王は小さく息をついた。


「……ライオネルが功を立てたことは認めよう。それに、お前の功を充てて、彼奴の無断出国を許すのも、まあいい。だがな――」


王はアルベルトを窺うように見た。


「彼奴には、国家備蓄の無断貸し出し、それに駆け落ちの罪もある。今回の一件だけで、そのすべてを帳消しにしようというのは、虫が良すぎるのではないか?」


「……」


アルベルトは言葉に詰まった。


王の言い分はもっともだった。今回の功績と、これまでライオネルが国に与えた損害を比べれば、到底、釣り合うものではない。


それでも――。


「……おっしゃる通りです」


アルベルトは一度、深く頭を下げた。


「殿下がこれまで犯した過ちまで、今回の功で帳消しにできるとは、私も思っておりません」


「ならば――」


「ですが、陛下」


アルベルトは顔を上げた。


「殿下は変わられました」


「変わった?」


「はい。和を尊ばれる殿下は、これまで、どのような相手にも決して強い言葉を向けられませんでした。そして、その穏やかなお人柄ゆえ、民からの人気も高かった」


「……ああ。彼奴は、王族としての威厳はなかったが、それゆえ民からは親しみを持たれていた」


「はい。……ですが、その一方で、誰かを疑ったり、咎めたりすることを好まれず、周囲の者を信じすぎるところもございました。そのため、結果として誤りを正せなかったのも事実です」


「……」


「しかし、今回、殿下は変わられました」


アルベルトは、静かに王を見つめた。


「苦しんでいるヴァルネの民を、その目でご覧になった。そして――私の命を救うために、大公閣下と真正面から向き合われたのです」


「ほう?」


「どれほど拒まれても、どれほど厳しい言葉を向けられても、決して引かれなかった。大公閣下を相手に、自らの考えを最後まで貫かれたのです」


「あの太公を相手に……か」


王は口元を緩めた。


グレゴールはがっしりとした体格の大男だ。


情に厚く、普段は物静かだが、ひとたび怒れば、並の者ならばその威圧感に気圧されてしまう。


そんな男を相手に、ライオネルは一歩も退かなかった。


「……ふっ」


王の口から、小さな笑いが漏れた。


「まさか、彼奴がな……」


王は目を細める。


――幼い頃から、争いを避けてばかりだったライオネル。


側近を決める時も、その地位を巡って火花を散らす周囲に怯え、アルベルトの影に隠れるばかりだった。


誰かに何かを言われれば、困ったように笑って頷く。言いたいことがあっても飲み込んでしまう――そんな男だった。


そんな気弱な彼奴が、あの大公を相手に、自らの意思を曲げずに立ち向かったという。


「……少しは、骨が出てきたか」


その声音には、どこか嬉しさが滲んでいた。


「では……!?」


アルベルトは期待を込めた目で王を見つめた。


「だがな、たった一度のことだ。それで今までの評価が覆るわけではない」


「……」


アルベルトは悔しげに唇を引き結んだ。


「まあ……今後もその気概が続くのならば、考えてやらんでもないが」


その言葉に、アルベルトがぱっと顔を上げた。


「だがなあ。優秀な側近が王宮を辞してしまうからなあ」


王はニヤリと口元を歪めた。


「これからは、ライオネルがすべての判断を、自分一人ですることになるなあ」


「……」


アルベルトの顔が、わずかに引きつった。


「……それは」


「どうした?」


王は、面白そうにアルベルトを見つめる。


「お前、辞めるんだろう? ライオネルの無断出国の罰を取り消す代わりに」


「……」


アルベルトは口ごもった。


「新たな側近は、誰にするか。ライオネルを利用するような奴でなければよいがなあ」


「…………」


アルベルトの脳裏に、これまでライオネルの周囲にいた者たちの顔が浮かんだ。


ライオネルは、人を疑うことを知らない。

だからこそ、彼を都合よく利用しようとする者が現れれば――。


「……陛下」


アルベルトが顔を上げる。


「……やはり、私の功は、私の解雇の撤回に使ってください」


「ならば、ライオネルには無断出国の罰を受けさせねばならんな」


「……はい」


アルベルトは、静かに頷いた。


「それでも、お前は残るのか?」


「はい」


迷いのない返事だった。


「殿下の側には、私が必要ですから」


王はニヤリと笑った。


「ならば、話は決まったな。――ライオネルを呼べ!」



――



「失礼します……」


王に呼ばれたライオネルは、恐る恐る執務室に足を踏み入れた。


最近、王に呼ばれるといえば、決まって叱責されるときばかりだ。


――また何か怒られるのかな。嫌だなあ。


そう思っていたライオネルは、アルベルトの姿を見つけると、ほっと息を吐いた。


――アルベルトがいれば、叱られても庇ってくれる。


そう、思った。


「お呼びでしょうか?」


「ライオネル。お前、無断でヴァルネへ行ったそうだな」


「ひっ! なんでそれを……」


「アルベルトから聞いた」


「えっ……」


ライオネルは、ゆっくりとアルベルトを見やった。


アルベルトは静かに頷く。


「……!」


ライオネルは、信じられないものを見るような目でアルベルトを見つめた。


その様子を見て、王は小さく息をつくと、眉尻を吊り上げた。


「たわけ! もしアルベルトが報告していなければ、お前は行方不明だ。国中を巻き込んで、大騒動になっておったわ!」


「で、でも、書き置きを……」


「はあ? 『自分探しの旅に出ます』などという書き置きが、何の役に立つ!」


「いや……その……早めに帰ると伝えて……」


ライオネルはもごもごと口ごもりながら、王とアルベルトを交互に見た。


「やかましいわ! 一月以上国を空けておいて、なにが早めだ!」


「……はい」


ライオネルはしゅんと肩を落とした。


「――お前には罰を与える」


ライオネルの肩がびくりと跳ねた。


助けを求めるようにアルベルトへ目をやる。


だが、アルベルトは静かに首を横に振った。


「……!」


ライオネルの顔が、見る見るうちに青ざめていく。


「今後三ヶ月、お前への書類仕事を倍にする」


「倍……!?」


「今までマリアベルに押し付けていた、財務書類もたんまりと渡してやる。この機会に学び直せ」


「そんな……」


「お前のせいで駆けずり回った王太子夫妻に、休暇をやらねばならんからな」


「……はい」


ライオネルは、観念したように頷いた。


書類仕事、とりわけ数字を扱う仕事が大の苦手だった。王太子だった頃でさえ、ことあるごとにマリアベルに泣きついていたほどだ。


だが、自分のせいで苦労をかけた王太子夫妻を休ませるためだと言われれば、反論などできない。


なにより、王籍を剥奪されることや、アルベルトが処刑されることに比べれば――。


この程度の罰、どうということはないと思った。


「ただし!」


王の低い声に、ライオネルは肩を震わせた。


恐る恐る王の顔を見上げる。


そこには――面白そうに笑いを堪える王の顔があった。


「?」


「――アルベルトを側近に戻す」


「えっ!?」


ライオネルは目を見開いた。


「アルベルトは、お前のそばに居たいそうだ」


「アルベルト……?」


ライオネルはアルベルトに、ゆっくりと向き直った。


「……はい」


「本当に……?」


「殿下のお側にいることが、私の望みですから」


「……! ありがとう!」


ライオネルは、こらえきれない喜びのまま、アルベルトに抱きついた。


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