36.処刑されるのは
無言で睨み合う二人。
その沈黙を破ったのはライオネルだった。
「もういい! 伯父上のわからずや!」
「ああ。とっとと出ていけ」
ふんっと鼻を鳴らしたグレゴールは、腕を組んでソファに深く腰掛けた。
――しかし、続くライオネルの言葉に、その顔から血の気が引いた。
「僕が配るから」
「は?」
「伯父上が受け取らないなら、僕が直接民に配る」
「何を……」
「レグナートからの支援です、って言って配る」
「いやいや。お前は密入国だろう? それに今、民はレグナートによい感情を持っていない。正体が知られれば、どんな目に遭わされるかわからんぞ」
グレゴールは唖然とした。一国の王子が、ここまで考えなしだとは思わなかったのだ。
だが、ライオネルは何も理解していないわけではなかった。
「もちろんわかってるよ。危険だってことも承知してる。でも、どうせこのまま帰っても処刑されるし、だったら、無理矢理にでも配った方がいいよね。そうすれば、救える命があるんだから」
「処刑……!?」
「うん。この任務が失敗したら縛首だって言われてるから」
あっけらかんと言うライオネルに、グレゴールだけでなく、ヨハンもアルベルトも目を丸くした。
「誰がそんなことを……!」
グレゴールは眉尻を吊り上げた。
――グレゴールにとって、ライオネルは甥だ。
他国にいるとはいえ、血の繋がった可愛い甥。
王太子から降ろされても腐らず、危険な任務を遂行しようとする気概のあるこいつを、処刑だなんて。
部屋の空気が重苦しくなる中、ライオネルは顔色一つ変えなかった。
「もちろん父上だよ。だから、このまま帰るわけにはいかないんだ」
「レグナート王がそんなことを……!?」
――馬鹿な!
不貞の子だと知ってからも、ノエルを無碍に扱わなかったと聞いて、懐の深いお方だと感服していた。
それなのに、ライオネルは処刑だと!?
「お前はそれでいいのか!?」
「よくないよ! だからこの任務を成功させたいんだ!」
「……」
「てことで、この物資配ってくるね!」
「――いやいやいや! それは待て!」
「なに? まだ何かあるの?」
「…………わかった! 受け取る! 受け取って、こちらで公平に配る! それでいいだろう!?」
「……ほんと?」
「ああ。二言はない」
「やったー! ありがとう、叔父上! やっぱり優しいね!」
無邪気に抱きついてくるライオネルを、グレゴールは苦々しい顔で受け止めながら、乱暴にその頭を撫でまわした。
任務が達成できなければ、目の前の甥が処刑される。そんなことを聞かされて無碍にできるほど、グレゴールは冷徹な人間にはなれなかった。
それになにより――もしこのままライオネルが、いや、レグナートの王子が、自軍の支配地域で民に直接、大量の食料を配ったらどうなるか。
「レグナートの施しなど受けない!」と拒否する者や、ライオネルに危害を加えようとする者も、もちろんいるだろう。
だが、多くの者は――
「レグナートの王子様が助けてくれた!」
そう歓喜し、レグナートへ感謝の気持ちを向けることになる。
そうしてレグナート側へ傾いた民心は、たとえこの争いに勝ち、ヴァルネを平定したとしても、簡単に戻りはしない。
ヴァルネとしても、「民を飢えから救ってもらった」以上、表立ってレグナートを批判することはできない。それどころか、自国の民の心を人質に取られることになる。
これは「軍への支援」などよりも遥かに厄介な、政治的敗北だ。
「ヨハン! 物資の受け入れ準備を整えろ!」
「はい! すぐに!」
ヨハンは晴れやかな顔で頷くと、駆け足で部屋を出て行った。
「じゃあ僕らは、商隊のみんなを呼んでくるよ!」
「待て!」
部屋を飛び出そうとするライオネルを、グレゴールは低い声で引き留めた。
「レグナート王に、お前の扱いを改めるよう、書簡を書く」
「……? えっ、いらないよ」
ライオネルは首を傾げたあと、慌てて手を振った。
「なぜだ。このような扱いは間違っている」
グレゴールは眉を寄せた。
「だって伯父上からの書簡なんて持って帰ったら、僕がヴァルネに来てたことがバレちゃう!」
「は?」
「だから! みんなに内緒で来たのに、書簡なんて持って帰れないよ!」
「んんん?」
グレゴールは、しばし黙り込んだ。
「……お前、レグナート王に、この任務に赴くように言われたのではなかったのか?」
「……違うよ?」
「では誰に命じられた」
「誰にも命じられてなんかないけど……?」
ライオネルは不思議そうに首を傾けた。
「……だが、失敗したら縛首だ、と言われたのだろう?」
グレゴールもつられるように首を傾けた。
部屋に、何とも言えない空気が流れる――
「……よろしいでしょうか」
耐えきれなくなったアルベルトが、ついに声を上げた。
「殿下は誰にも告げず、荷馬車に忍び込んで、この任務についてこられたのです」
「はあ!?」
「ですから、陛下から失敗した場合の処罰について、聞かされているはずがないのです」
「……ならば……処刑の話は虚言か」
グレゴールが冷ややかな目でライオネルを見据えると、ライオネルは目を丸くした。
「嘘じゃないよ! 『失敗したら縛首だ!』って言われたもん!」
「ええ。殿下はそのような嘘をつく方ではありません」
アルベルトが大きく頷いた。
ライオネルは嘘が得意ではない。
マリアベルに、市井の浮気相手との逢瀬のあと、『視察が押して政務が間に合わない』と泣きついたときも、ギリギリ嘘ではないところを攻めたのだ。
そうしないと挙動不審になって、すぐにボロが出てしまうから。
だから、人の命に関わるような重大な嘘を、このように平然とした顔でつけるはずがない。
「ですから殿下。……縛首になるのは誰ですか?」
「それは――」
ライオネルはきょとんと首を傾げた。
「アルベルトだよ? あ、あとマケイド伯爵」
「は」
グレゴールから、乾いた声が漏れた。
「だがお前は、『このまま帰れば処刑される。だから危険を冒してでも直接民に物資を配る』と……」
「そうだよ? 任務に失敗したらアルベルトが処刑されるんだ。でも、僕が危険を冒してでも任務を達成できれば、アルベルトの命は救われるでしょ?」
「……」
グレゴールは言葉を失った。
――確かにライオネルは、『自分が無理矢理にでも物資を配れば、救える命がある』と言っていた。
てっきり民のことを言っているのだと思っていた。
だが、まさかそこに、自分の側近の命まで含めていたとは。
「あの……それについてですが……」
アルベルトはおずおずと手を上げた。
「私の処分は、王宮の解雇であって、処刑ではありません」
「は?」
「へっ!?」
「この任務も、成功すれば解雇を撤回すると言われただけで、失敗したとしても、それ以上の処罰はありません。……ですから、私もなぜ殿下が縛首だと思われているのか、わからないのですが」
三人は揃って、ぽかんと口を開けた。
「でも、すべては僕の考えの甘さが招いたことだって……失敗したらアルベルトを縛首にするって……父上が……」
「それは……」
グレゴールは額に手を当てた。
「ええ……恐らくは……」
アルベルトは胃を撫でた。
「えっ!? なに!? なんなの!?」
「――なにをやらかしたのかは知らないが、レグナート王はお前に、『それだけのことをしたんだぞ』と、思い知らせるために、あえて嘘をついたんじゃないのか?」
「ええ。私もそう思います」
アルベルトには、王のほくそ笑む顔が目に浮かんだ。
「……えええっ! そうだったの!?」
「恐らくはな」
「なんだあ、じゃあアルベルトは処刑されないのかあ! 良かったあ!」
ぱあっと表情を明るくするライオネルに、グレゴールは大きなため息をついた。
今更ことの顛末がわかったところで、すでに動き始めている物資の受け入れを止めることなどできない。
最初からないのならばともかく、手に入ると期待させた挙げ句、それを寸前で取り上げるような真似をすれば、兵士たちの不満や動揺を招き、軍の統制さえ危うくなる。
グレゴールはもう一度ため息をついた。




