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王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


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33/63

33.王の判断

 その頃レグナートの王宮では、ライオネルが居なくなったことで、大騒ぎになって――いなかった。


 ライオネルが姿を消した翌日。


 朝食を共にしている王太子夫妻の元に、侍女が一通の書簡を持ってやってきた。


「こちら、ライオネル殿下より、昨夜お預かりしたものでございます。この時間に、王太子妃殿下にお渡しするように、と申しつかりました」


「……そう。ありがとう。確かに受け取りました」


 マリアベルは訝しみながらも、書簡の封を切った。



 ――――


 自分探しの旅に出ます。


 できるだけ早く帰るので、あまり騒ぎにならないようにしてもらえると嬉しいです。


 よろしくお願いします。


 ライオネル


 ――――



 マリアベルは、しばし無言で書簡を見つめた。


 昨夜、アルベルト率いる密輸部隊が出発した。


 そして、それと時を同じくして姿を消したライオネル。


 そのうえ、この置き手紙。


「…………は」


 思わず、乾いた声が漏れた。


 ――自分探しの旅。


「……絶対に違うでしょう」


 マリアベルは額を抑えた。


「……どう考えても、密輸部隊と一緒だな」


 マリアベルから書簡を手渡されたギルバートが、淡々と呟いた。


「でしょうね!」


 マリアベルは思わず声を上げた。


「むしろ、ここまで分かりやすい置き手紙を残していくあたり、本人は隠す気すらないのではないか?」


「……いえ、きっと彼は、これで隠せていると思っているのよ……」


 二人は顔を見合わせた。


 そして、同時にため息をつくと、王の執務室へと足を向けた。



 ――



「そうか」


 王は書簡を一瞥すると、それだけ言って、静かに書簡を畳んだ。


 そこには、驚きも焦りも見えない。


「連れ戻しますか?」


 ギルバートの問いかけにも、王は落ち着いた様子で首を横に振る。


「いや、いい」


 その様子に、マリアベルが訝しげに眉を寄せた。


「……まさか、陛下はご存知だったのですか?」


「そうだ。アルベルトへの処罰を告げたときの彼奴の目……あれが気になってな。その日から、影に動向を見張らせておった」


「では、ライオネル殿下がアルベルト様と共に王都を出たことも……?」


「いや、アルベルトと共に出たのではない。奴にはきっぱり断られておったからな」


「では……?」


「下手な変装をして、密かに荷馬車に乗り込んだそうだ」


「……」


 二人は唖然とした。


 密輸部隊に、密入者がいたのだ。


「なぜそこまでして……」


「ああ、彼奴はこの任務が失敗したら、アルベルトが処刑されると思っておるからな。じっとしておれんかったんだろう」


 マリアベルの呟きに、王はくつくつと喉を鳴らした。


「処刑? アルベルト殿の処罰は、解雇では?」


 ギルバートが首を傾げる。


「任務が成功すれば処罰を取り下げる。失敗したとしても、解雇になるだけだったはずですが……」


「そうだ」


 王は楽しげに頷いた。


「だが、彼奴はそう思っておらん。なにせ奴には、『失敗すれば縛首だ』と言ってやったからな」


「……」


「自らの軽率な行いで、側近が処刑に追い込まれる。それくらいの荒治療をせねば、彼奴は変わらん。まあ、密輸が露見して捕縛されれば、ヴァルネで処刑される可能性もゼロではないからな。嘘は言っておらん」


 王は悪びれもせず、そう付け加えた。


「ですが、それではアルベルト殿は……」


「ああ。見つけたら卒倒するかもしれんな」


 王はニヤリと笑った。


「ライオネルを連れ帰ってくるのか。それとも任務を優先するのか。アルベルトは何を選ぶだろうな」


「……アルベルト殿を、試しているのですか?」


「なぜそんなことを?」


 ギルバートが問い掛けると、マリアベルも困惑したように声を上げた。


「あれは優秀な男だ。今まであのライオネルが、ボロを出さずに済んだのも、アルベルトがいたからこそだろう」


 王はそこで言葉を切る。


「才ある者を放逐するのは惜しい。だろ?」


 楽しげな目でチラリとこちらを覗き見る王に、マリアベルは苦笑を隠せなかった。


 ギルバートは小さく息をついた。


「しかし、ライオネル殿下の身に危険が及ぶのでは? それに、露見した際には国の関与が明るみになります」


「そんなことは、奴とて理解しておるだろう」


 王はそう言って、静かに目を細めた。


「万一、露見したそのときには……ライオネルはもう、王族ではないだろう」


 マリアベルは、ふと王の顔を見た。


 先ほどまで浮かんでいた笑みは、いつの間にか消えている。


「……」


 マリアベルは何も言わず、静かに息を吐いた。



 ◇



 アルベルトは国境を越えると、密輸部隊を三つに分けた。


 ここからは、それぞれ別のルートを取り、荷馬車を数台ずつ従えながら、大公派の支配地域へと進んでいくことになる。


 表向きの理由は、目立たぬため。そして、万が一に備え、荷物を分散させることで全滅を防ぐためだ。


 しかし、本当の目的は別にあった。


 ヨハンと落ち合うことを、マケイド伯爵に悟られぬためである。


 ――


「なんか……みんな元気ないね」


 馬車のカーテンの隙間から街の様子を覗いたライオネルが、ぽつりと呟いた。


「ヴァルネでは昨年から食料不足が深刻です。特にこの冬は酷かったとか」


 向かいに座るアルベルトが、静かに答えた。


「……僕たちが持ってきた食料で、少しでも助けられたらいいね」


「そうですね。そのためにも、殿下。今回の任務について、もう一度ご説明させていただいても?」


 マケイド伯爵がいる間は、任務の詳細をライオネルに話すことができなかった。


 だが、今はこうして二人きりになった。


 アルベルトは、ようやくその機会が訪れたことに安堵し、口を開いた。


「まず、今向かっているのは――」


「待って! 馬車を止めて!!」


 しかし、ライオネルの声がその言葉を遮った。


「……どうしました?」


「あそこに子どもが倒れてる! 助けてあげなくちゃ!」


「お待ちください!」


 今にも馬車の扉を開こうとするライオネルの手を、アルベルトは慌てて掴んだ。


「あの子を助けることはできません」


「……なんで? 小さな子どもだよ……!?」


 アルベルトの温度のない声に、ライオネルは戸惑うように声を上げた。


「私たちは密入国者です。ここで素性を知られれば、即座に捕縛されてしまいます」


「……バレないようにするから!」


「ではこの先、同じような子どもを見かけるたびに、施しをして回るのですか?」


「……それは……」


「先ほども申し上げたとおり、ヴァルネの食料事情は非常に厳しい。この先にも、困窮した者はたくさんおりますよ」


「でも……これだけ物資があるんだから、小麦一掴みずつなら……」


「足りると思いますか? それに施しを受けられると聞けば、多くの者が馬車の周りに集まるかもしれません」


「……だったら、せめて子どもだけでも……」


 ライオネルは口ごもりながらも、諦めきれないように呟いた。


「では、子どもにだけ渡しますか? 殿下が立ち去った後、その子は誰かに小麦を奪われるかもしれません。殿下が小麦を渡したことで、殺されるかもしれない」


「そんな……ッ!」


「十分あり得ることですよ。殿下の、目の前の人を救いたいというお気持ちは尊いものです。しかし、我々、人の上に立つ者は、ただ目の前の人を助けるだけではいけないのです。より多くの人々を救える方法を考えなければならない」


「そう……だね……」


 ライオネルは名残惜しそうにもう一度窓の外を見つめた後、静かにカーテンを閉めた。


「伯父上に物資を届ければ、きっと……あの子も救われるよね……?」


「ええ。きっと」


 アルベルトは静かに頷いた。


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