30.アルベルトの処分
王は執務室にライオネルを留めたまま、アルベルトを呼び出した。
「失礼いたします。――殿下!」
礼をとって入室したアルベルトは、ライオネルの姿を認めた途端、ぱっと表情を明るくした。
しかし、その明るさは王の言葉によって一瞬にして失われた。
「アルベルト、お前はライオネルが国の備蓄を身勝手に貸し出していたことを知っていたな?」
「……はい」
「なぜ止めなかった」
「……申し訳ございません」
顔をこわばらせて頭を下げるアルベルトを見て、ライオネルは思わず声を上げた。
「待ってください! アルベルトは何度も僕を止めました! ……僕が『大袈裟だ』と言って、取り合わなかっただけです」
「いいえ、殿下。ご理解いただけるまで説明して、お止めするのが側近の役割です。すべては私の力不足です」
アルベルトは眉を下げて、小さく首を振った。
「その通りだ」
王の言葉は冷たかった。
「止めるべき立場のお前が、ライオネルを止めることができなかった。それだけならまだしも……お前は、然るべき場所に報告することすらせず、隠蔽したな」
「はい……。申し訳ございません」
「アルベルト!? 本当なのか!? 僕は隠蔽の指示など出していないぞ!」
「ええ。殿下から隠蔽の指示は受けておりません。すべては私の一存です」
アルベルトは王の目を真っ直ぐに見据えた。
「いかような処分でも、お受けいたします」
王は一つ息をついた。
「……お前は、ライオネルのやり方が、国の規定に反していることを理解していたな?」
「はい」
「だからライオネルを諌めた。だが、此奴は聞かなかった。……その時点で報告を上げなかったのは、なぜだ」
「……殿下が備蓄の貸し出しに応じられたのは、決して私欲のためではありませんでした。民を助けたいという純粋なお気持ちを、私の報告によって無にしてしまうことは、できませんでした」
「アルベルト……」
ライオネルは眉を下げた。
「此奴は、備蓄の貸し出しがどれほど重大なことか理解しておらんかった。だが、お前は理解していた。違うか?」
「はい、理解しておりました。そして、それが明るみに出れば、ライオネル殿下の評判に傷がつくことも承知しておりました」
「つまりお前は、国の安寧よりもライオネルの評判を優先したのだな」
「……おっしゃる通りです」
王は大きなため息をついた。
「……わかった。もう行っていいぞ。処分は追って伝える」
「申し訳ございませんでした」
アルベルトは最後にもう一度深く頭を下げると、踵を返した。
その姿を、ライオネルは黙って見送ることしかできなかった。
――
執務室の扉が閉まると、ライオネルは堪えていた言葉を吐き出すように、王へ向き直った。
「父上! アルベルトは僕のせいで、すでに処分を受けているんです! これ以上、罰しないでください!」
「黙れ。お前に処分に口を出す権限はない」
王の視線は冷たかった。
ライオネルは思わず怯みかけた。だが、ぐっと拳を握りしめ、踏みとどまった。
「アルベルトが隠蔽工作を行ったのは、僕のせいです! 僕がアルベルトの諫言を無視したから……僕を守ろうと……!」
「その通りだ。すべては、お前の考えの甘さが招いたことだ」
ライオネルは、ぐっと唇を噛んだ。
「……アルベルトには、マケイド伯爵の密輸を手伝わせることにする。見事やり遂げれば、今回のことは不問に処す。だが、失敗すれば――伯爵ともども、縛首だ」
「……ッ! そんな……」
「お前にできることはない。もう行け」
ライオネルは辛そうに顔を歪めた。だが、すぐにその表情を引き締めると、固く拳を握りしめた。
「わかりました。失礼します」
その瞳には、先ほどまでにはなかった強い光が宿っていた。
◇
それから十日。
静まり返った城の地下近く、文官たちが使う小さな資料室で、アルベルトは黙々と遠征の準備を進めていた。
アルベルトに告げられた処分は――「解雇」。
国家反逆に加担したともいえる行為だったのだ。本来なら、もっと重い処分が下されてもおかしくはない。
それでも解雇で済んだのは、ひとえに王の温情によるものだろう。
アルベルトは、なにより実家のシルヴァ侯爵家に咎が及ばなかったことに、胸を撫で下ろした。
実家に戻ったら、家から籍を抜いてもらおう。王宮を解雇された自分が家に残れば、不利益を与えることになる。
そして、平民として生きていこう。
そう、決めていた。
ところが、話はそれだけでは終わらなかった。
マケイド伯爵が行う密輸を手助けし、無事に成功させることができれば、解雇は撤回する。再び王宮に戻ることを許す――そう、王から告げられたのだ。
だが、アルベルトに王宮へ戻りたいという気持ちは、もうなかった。
自分の処分が覆ることにも、さして心は動かなかった。
ただ、この任務を成し遂げることで、王国に生じた損失を少しでも償えるのなら。
そして、ライオネルの処遇に少しでも良いように働くのなら。
それだけを考えて、アルベルトは遠征の準備を進めていた。
―― アルベルトにとってライオネルは、幼い頃からずっと、誰よりも特別な存在だった。
初めて出会ったのは、アルベルトがまだ五歳の頃。
生まれたばかりの小さなライオネルと引き合わされた日のことを、今でも鮮明に覚えている。
差し出した自分の指を、小さな手がきゅっと握りしめた――。
その柔らかな温もりに触れた瞬間、アルベルトの心は一瞬で奪われてしまったのだ。
それ以来、アルベルトは王宮で働く父に頼み込み、折に触れて王宮へ通うようになった。
まだ言葉も話せない幼いライオネルの傍に寄り添い、あやし、その成長を見守る日々。
やがてライオネルに物心がつき、王宮に遊び相手として高位貴族の子息たちが招かれるようになった頃には、ふたりの間には、すでに深い絆が育まれていた。
大勢の高位貴族の子息たちが候補として引き合わされる中でも、ライオネルがもっとも懐き、心を開いたのは、やはりずっと傍にいたアルベルトだった。
幼いライオネルがアルベルトの姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。
アルベルトは、そんなライオネルに会えることが、ただ嬉しかった。
末っ子として育ち、ずっと弟が欲しかったアルベルトにとって、無邪気で愛らしいライオネルは、いつしかかけがえのない弟のような存在になっていた。
だから、ライオネルが下町の娘と懇意になっても、無許可で備蓄の貸し出しを行っても、強く諌めることができなかった。
それどころか、ライオネルを守るために、うまく隠蔽する方法ばかり考えた。
自分が完璧に隠し通せば、ライオネルが誰にも咎められずに済む――。
そう信じていた。
だが、ライオネルはアルベルトにさえ何も言わずに出奔してしまった。
しかも、残された書き置きには、「愛する人とともに逃げる」と記されていた。
それによって、アルベルトは彼の秘密の恋人の存在を、これまでのように隠し通すことができなくなった。
それどころか、ライオネルが出奔した責任を問われ、政治の中枢から離されてしまったことで、備蓄監査の日程を把握することさえできなくなった。
そのせいで、結局、備蓄の貸し出しまで露見してしまった。
しかも、王太子から外されたライオネルが、このまま王族でいられるのか――それさえまだ決まっていないこの時期に。
あの優しいライオネルが、平民として生きていけるとは思えない。
人を疑うことを知らないライオネルのことだ。きっと悪い人間に騙され、あっという間に身ぐるみを剥がされて、途方に暮れてしまうだろう。
もし、今回の任務が成功したら、王にライオネルの処遇についてお願いしよう。
自分は王宮を辞す。だから、その代わりにライオネルを――。
そう心に決め、黙々と準備を進めていた、そのとき。
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