29.断罪の裏側
マケイド伯爵と別れ、王の執務室へと移動した三人は、ゆっくりとソファに腰を下ろした。
「これで大公閣下に、支援を届けることができますわね」
「ああ。もし露見しても、こちらは知らぬ存ぜぬで通せる。それに、物資はマケイド伯爵の持ち出し。こちらの懐も痛まない」
「……恐ろしい夫婦だな、お前たちは」
にこやかに語り合う二人に、王は苦笑を浮かべた。
「おまけに、マケイド伯爵の忠誠心まで手に入れよって。王を引き立て役に使うなど、不敬だぞ」
そう言いながらも、王の顔には笑みが浮かんでいた。
「彼の商才は本物ですからね。広範囲から不作の情報を集め、需要の高い場所を見極めて売り込む。犯罪者として処刑するには、少々惜しい人材です」
「ええ。それに、あそこまで追い詰めれば、さすがに今後、軽率な行動は控えるでしょう。せっかくの才能ですもの。これからは国家の財政を潤わせるために、その才を使っていただきましょう」
「お前たちは……」
王の口から呆れた声が漏れた。
「それはそうと、陛下、アルベルト様の処分はどうなさいます?」
マリアベルが小首を傾げる。
「……あいつはなあ……」
王は深く息を吐いた。
実は、マケイド伯爵が今年に限って備蓄を返却していなかったのには、アルベルトが関わっていたのだ。
ライオネルの乳兄弟であり、側近を務めていたアルベルトは、当然、ライオネルが正規の手続きを踏まずに備蓄を貸し出していたことを知っていた。
知っていながら、どこにも報告を上げなかった。――それどころか、隠蔽工作まで主導していた。
マケイド伯爵曰く、これまでは備蓄監査の日が決まると、アルベルトから書簡が届いていたという。
そこには、いつまでに、どの備蓄を、どれだけ返却すればよいのかまで、丁寧に記されていた。
伯爵はその書簡を見て、返却すべき備蓄を確保し、期日までに運び入れていたのだ。
しかし、今年はその書簡が届かなかった。
伯爵は不思議に思ったものの、ライオネルの王位継承権の剥奪、新王太子の挙式、王妃の幽閉――と、王宮では立て続けに大きな出来事が起こっていた。
そのため、今年は備蓄監査そのものが遅れているのではないかと考えたそうだ。
とはいえ、あまりにも音沙汰がない。
備蓄をヴァルネへ横流ししたあと、不安になった伯爵は、いつ連絡が来てもすぐに返却できるよう、備蓄の確保に動き出した。
ところが今年は、レグナートも不作傾向にあった。王都では買い占めに規制まで設けられ、必要な量を集めることなど到底できなかった。
それどころか、これまで返却すべき備蓄の種類や数量をアルベルトからの書簡で確認していた伯爵は、いったいどれだけ返却すればよいのかさえ、わからなくなっていたのだ。
伯爵は途方に暮れた――。
それでも、彼には一縷の望みがあった。
王太子の座を追われたライオネルが、自らの保身のために、備蓄の貸し出しについて口を閉ざしているかもしれない。
これ以上、不利な醜聞が明るみに出るのを恐れ、そもそも自分への貸し出し自体を、なかったことにしているかもしれない。
そうであれば――このまま監査が行われても、自分にまで追及が及ばない可能性もある。
伯爵は、そんな都合のいい希望に縋り、今日まで備蓄を返却することもせず、口を噤んでいたのだ。
そして今日、その希望は打ち砕かれた。
――アルベルトが、なぜ隠蔽工作を主導するに至ったのか。
それは、まだわからない。
しかし、アルベルトが不正であることを理解した上で、隠蔽を主導していたのは明らかだった。
備蓄庫の管理人に「王宮への届け出は済ませてある」と告げた人物についても、管理人が覚えていた背格好や特徴から、アルベルトだった可能性が高い。
では、その隠蔽によって、アルベルトは何を得ていたのか。
少なくとも、マケイド伯爵がアルベルトに金銭や品物を渡していたという事実はない。
「アルベルト殿が、隠蔽工作を行う見返りに何を得ていたのか。それによって、彼への処分も変わるのではありませんか?」
考え込む王に、ギルバートはそう声をかけた。
「そうだな。ライオネルとアルベルト、双方から話を聞かねばならん」
――
翌日、王はライオネルを呼び出した。
「マケイド伯爵の件は聞いたか?」
「はい……申し訳ありません」
ライオネルは小さくなって頭を下げた。
まさか、自分が良かれと思ってやっていたことが、ここまで大きな問題になるとは――。
マケイド伯爵が、備蓄を借り受けるために口にしていた理由が、嘘ばかりだったことは衝撃だった。
だがそれも、「飢えに苦しむ民などいなかった」と思えば、まだわずかに胸を撫で下ろすことができた。
ライオネルが何より衝撃を受けたのは、マケイド伯爵が国家反逆罪に問われそうになったことだ。
自らの軽率な行いが、伯爵だけでなく、幼い子供の命までもを奪う事態を招きかねなかった――。
その事実を知ったときの恐怖と、背筋が凍るような感覚は、今もなおライオネルを苛み続けていた。
「マケイド伯爵は……ご家族は……これから、どうなるのでしょうか」
ライオネルは恐る恐る問いかけた。
「処分はまだ決まっておらん。これからの奴の働き次第だ」
「あの……マケイド伯爵は孫娘を本当に可愛がっていて……。それに小さな子は何も知らないだろうから……だから……その……」
なおも情を捨てきれないライオネルに、王は深いため息をついた。
「では聞くが、国家反逆罪を犯した者を簡単に許せば、どうなる?」
「……」
「仮に幼い孫娘だけを助命したとして、その子はどうやって生きていく?」
「……」
「成長した孫娘が、家族を奪った王家を恨まぬ保証はどこにある?」
ライオネルは、何も答えることができなかった。
国家反逆罪を簡単に許してしまえば、王家の威信に関わる。それに、一人を許せば、同じようなことを企む者が増えるかもしれない。
幼い孫娘は、家族だけでなく、裕福な暮らしも失うことになる。
その後は、頼れる者もなく、辛い生活を強いられるかもしれない。
そうなれば、いつか王家を恨み、国そのものを憎むようになってもおかしくはない。
これでもライオネルは、王太子として帝王学を学んでいたのだ。国家反逆罪が許されないことも、なぜ連座が必要なのかも、頭ではわかっていた。
ただ――気持ちがついていかないだけで。
「お前は、本当に甘いな」
黙り込むライオネルに、王は小さく息をついた。
「お前がこのまま王族でいられるかはわからぬが…… 力を持つ者が、その使い方を誤れば――他人の人生まで狂わせる。今後は、よく考えて行動しろ」
「はい……」
「……そして、お前の行いで人生を狂わせた者は、マケイド伯爵だけではない」
「……え?」
「アルベルトだ。なぜ、あいつまで巻き込んだ?」
思いもよらぬ問いに、ライオネルは顔を上げた。
アルベルトは、かつて自分の側近だった。
だが、ライオネルの出奔を止められなかった責任を問われ、今では王族の側近を外され、宰相府の役人として働いている。
それだけでも、アルベルトの人生を大きく変えてしまったことを、ライオネルは十分に理解していた。
「はい。アルベルトは……私の出奔を止められなかったことで、罰を受けています。申し訳ないと思っています」
「そうではない。今回の備蓄の件だ」
「……?」
ライオネルは、意味がわからず王を見つめた。
「備蓄の借り受けが明るみに出ないよう、隠蔽を主導していたのは、アルベルトだ」
「……アルベルトが?」
ライオネルの顔から、さっと血の気が引いた。
「お前がやらせたのか?」
「違います……! 僕は頼んでいません! ……確かに、備蓄庫の管理人に書簡を届ける役目はお願いしました。でも、アルベルトはいつも止めたほうがいいと……国に正式に申請を出すべきだと、言っていたんです……」
「……そうか。ならば、なぜだ?」
「それは……わかりません。僕は、アルベルトが隠蔽工作をしていたことさえ、知らなかったんです……」
ライオネルは俯いた。




