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王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


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23/24

23.降りかかる問題

 その頃ヴァルネの王宮では、ヴァルネ国王と王弟グレゴールの対立が、いよいよ激しさを増していた。


「だから申し上げたでしょう! こんな時期に兵を集めたとて、無意味だと!」


 グレゴールは王の執務机を激しく叩いた。


「うるさい! また文句を言いに来たのか!」


 王もまた勢いよく立ち上がり、執務机を叩く。


「そもそも、お前が邪魔をしたせいで正規軍を動かせなかったのではないか! お前の横槍がなければ、今頃はレグナートまで攻め込めておったわ!」


「邪魔をした? 私は無謀な進軍を止めただけです!」


「黙れ! 結果として好機を逃したのは事実だろうが!」


「好機ですって? あの状況で攻め込んでいたら、我が軍はとうに滅んでおりますよ!」


 二人の怒鳴り声が、王の執務室に響き渡った。


 そのとき。


「失礼いたします……」


 宰相が青い顔をして部屋を訪れた。


「なんだ!?」


 王の鋭い声に、宰相の肩がびくりと揺れる。


「……その……穀物の輸入が滞っておりまして……。冬の備えが不足しております……」


「なにい!?」


 王はますます眉を吊り上げる。


「はん。当然でしょう。レグナートとの国境が封鎖されたのです。彼の国に頼っていた輸入品が届くはずがない」


 グレゴールは鼻で笑った。


 ヴァルネとレグナートの間では通商条約が結ばれており、ヴァルネからは木材を、レグナートからは穀物を、それぞれ低い関税で輸入する取り決めがなされていた。


 だが王が国境に兵を集め始めると、レグナートはすぐさま国境を封鎖。併せて、通商条約の破棄、越冬特別法の制定、ノエルの王位継承権の放棄が通告され、その動きの速さにグレゴールは舌を巻いた。


「わかっておるわ! 当然、別の輸入ルートを確保してある。そうだな、宰相」


「ええ……それは……はい」


 王に視線を向けられ、宰相は小さく頷きながら視線を落としていく。


 グレゴールは訝しげに眉を寄せた。


「宰相。報告があるならば、正確に頼む」


「その……別ルートはきちんと確保していたのです。しかし、レグナートで買い占めを禁じる触れが出たとかで、これ以上は集められないと……」


「「は?」」


 王とグレゴールの言葉が重なった。


「なぜそんな触れが出たのだ!」


「いやいや、そもそもレグナートから秘密裏に輸入しようと企んでいたのですか!?」


 グレゴールは開いた口が塞がらなかった。


『別ルート』と言いながら、仕入れ先は同じレグナート。戦争を仕掛ける国に食料を握られているなど、笑い話にもならない。


 仮に買い集められたとて、十中八九露見し、国境を越えることなどできなかっただろう。


「よくもまあ、そんな相手に戦を仕掛けましたね」


「……やつらとて木材が無ければ冬を越せん。すぐにでも通商条約の再締結を求めてくる!」


 呆れた目をするグレゴールに、王はそう言い切った。


「そう上手くいけばいいですがね」


 グレゴールはそう吐き捨てた。



 ――



「いかがでしたか?」


「……あれは、もう駄目だ」


「そう……ですか……」


「このままでは、この国は早晩滅びるだろう」


「……では?」


「ああ、計画を始める」


「承知いたしました」




 ◇



 レオポルドの帰還から三日が過ぎた頃――


 辺境伯家から「ヴァルネ軍撤退」の正式な報が届いたことで、レグナートの王宮には安堵の空気が流れていた。


 それを皮切りに、


「雪かき隊、出発いたしました!」

「買い占めも、おおよそ阻止できております!」


 官僚たちからも、次々と吉報がもたらされた。


 これでひとまず、危機は乗り越えられた――誰もがそう思っていた。



 ――しかし、その安堵も束の間だった。



「備蓄が……足りない?」


 ギルバートは眉を寄せる。


「はい。報告を受け、私も予備備蓄が保管されている倉庫へ赴いて確認いたしました。ですが、実際に備蓄されていたのは、帳簿に記載された量の半分ほどしかありませんでした」


 宰相府の官僚は、険しい表情でそう報告した。


「今年の備蓄監査は?」


「それが……今年はまだ備蓄量の確認を終えておらず……」


 備蓄量の確認は、年に一度、新たな備蓄が運び込まれる時期に行われるのが通例だった。


 だが、今年はその頃に、ライオネルの出奔に伴う捜索、王妃の疑惑、さらには王太子の変更と、さまざまな事態が立て続けに起きた。


 なにより、ギルバートが宰相府を離れた。


 こうして、備蓄量の確認は後回しになっていたのだ。


「……!」


 ギルバートは唇を噛んだ。


 あの頃、宰相府がどれほど慌ただしく業務に追われていたのか、その場にいたギルバートにはよくわかっている。


 なにより、自分が突然宰相府を離れたことも一因だ。


 だからこそ、簡単に宰相府の落ち度を責めることはできなかった。


「帳簿が間違っているのか。それとも、何者かが運び出したのか……」


 ギルバートは短く息を吐いた。


「現地の責任者と、主計官を呼べ!」


 ――


 しばらくしてギルバートの執務室に、現地の責任者と主計官が連れて来られた。


「お呼びと伺い、参りました」


 主計官は落ち着いた様子で頭を下げる。


 その様子を見て、現地の責任者も慌てて頭を下げた。


「予備備蓄の実際の総量と、帳簿上の総量が合わない。何か知っていることはあるか?」


 ギルバートは二人を見据え、短く問いかけた。


「わたくしは、増減の報告を受けましたら、その都度きちんと帳簿に記載しております」


 主計官ははっきりと答えた。


「わ……私も、備蓄の入れ替えがあれば、その都度こちらの帳簿に記載し……主計官様へ報告を……」


 責任者はしどろもどろに答える。


 主計官はギルバートと仕事をしたこともある、子爵家の当主。それに対して、現地の責任者は平民だ。


 この慌てようが、単なる緊張によるものなのか。それとも、何かやましいことがあってのことなのか――。


 ギルバートは目を細めた。


「あなたが付けていたという、その帳簿は?」


「は……はい! こちらに」


 ギルバートは、差し出された帳簿をめくる。


 予備備蓄は、何事もなければそう頻繁に出し入れされるものではない。

 せいぜい、年に一度の入れ替え時期と、春前に飼料として払い下げられるときくらいだ。


 そのため、帳簿に記される記録もごく限られている――はずだった。


「夏頃から、頻繁に持ち出されているようですが……これは?」


「そちらは王太子殿下……失礼しました。ライオネル殿下のご指示で、払い出したものでございます」


「お待ちください! そんな報告、わたくしは受けておりません!」


 主計官が慌てて口を挟む。


「……そんな! 報告なされているはずです!」


 責任者が顔を青くする。


(これは……どちらかが虚偽の報告を行なっている? しかし……)


 ギルバートは眉を寄せた。


「報告は、いつ、誰が、どのように?」


「払い出す前に、ライオネル殿下の代理の方から、報告も済んでいると伺っておりました……!」


「その代理とは?」


「お名前までは……。ですが、ライオネル殿下の署名が入った指示書をお持ちでした! こちらです!」


 責任者は懐をまさぐると、震える手で何通かの指示書を差し出した。


 ギルバートは一通ずつ、丁寧に目を通していく。


 ――――


 予備備蓄五百袋を、マケイド伯爵に貸与する。


 よって、明朝までに運び出すこと。


 ライオネル


 ――――


「ふむ……。確かに署名があるな。……これは、こちらで預からせてもらっても?」


「はい、かまいません」


「よし。二人とも、もう下がっていい。こちらでもう少し調べてみる」


「はっ」


 二人は一礼すると、執務室から出て行った。


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