23.降りかかる問題
その頃ヴァルネの王宮では、ヴァルネ国王と王弟グレゴールの対立が、いよいよ激しさを増していた。
「だから申し上げたでしょう! こんな時期に兵を集めたとて、無意味だと!」
グレゴールは王の執務机を激しく叩いた。
「うるさい! また文句を言いに来たのか!」
王もまた勢いよく立ち上がり、執務机を叩く。
「そもそも、お前が邪魔をしたせいで正規軍を動かせなかったのではないか! お前の横槍がなければ、今頃はレグナートまで攻め込めておったわ!」
「邪魔をした? 私は無謀な進軍を止めただけです!」
「黙れ! 結果として好機を逃したのは事実だろうが!」
「好機ですって? あの状況で攻め込んでいたら、我が軍はとうに滅んでおりますよ!」
二人の怒鳴り声が、王の執務室に響き渡った。
そのとき。
「失礼いたします……」
宰相が青い顔をして部屋を訪れた。
「なんだ!?」
王の鋭い声に、宰相の肩がびくりと揺れる。
「……その……穀物の輸入が滞っておりまして……。冬の備えが不足しております……」
「なにい!?」
王はますます眉を吊り上げる。
「はん。当然でしょう。レグナートとの国境が封鎖されたのです。彼の国に頼っていた輸入品が届くはずがない」
グレゴールは鼻で笑った。
ヴァルネとレグナートの間では通商条約が結ばれており、ヴァルネからは木材を、レグナートからは穀物を、それぞれ低い関税で輸入する取り決めがなされていた。
だが王が国境に兵を集め始めると、レグナートはすぐさま国境を封鎖。併せて、通商条約の破棄、越冬特別法の制定、ノエルの王位継承権の放棄が通告され、その動きの速さにグレゴールは舌を巻いた。
「わかっておるわ! 当然、別の輸入ルートを確保してある。そうだな、宰相」
「ええ……それは……はい」
王に視線を向けられ、宰相は小さく頷きながら視線を落としていく。
グレゴールは訝しげに眉を寄せた。
「宰相。報告があるならば、正確に頼む」
「その……別ルートはきちんと確保していたのです。しかし、レグナートで買い占めを禁じる触れが出たとかで、これ以上は集められないと……」
「「は?」」
王とグレゴールの言葉が重なった。
「なぜそんな触れが出たのだ!」
「いやいや、そもそもレグナートから秘密裏に輸入しようと企んでいたのですか!?」
グレゴールは開いた口が塞がらなかった。
『別ルート』と言いながら、仕入れ先は同じレグナート。戦争を仕掛ける国に食料を握られているなど、笑い話にもならない。
仮に買い集められたとて、十中八九露見し、国境を越えることなどできなかっただろう。
「よくもまあ、そんな相手に戦を仕掛けましたね」
「……やつらとて木材が無ければ冬を越せん。すぐにでも通商条約の再締結を求めてくる!」
呆れた目をするグレゴールに、王はそう言い切った。
「そう上手くいけばいいですがね」
グレゴールはそう吐き捨てた。
――
「いかがでしたか?」
「……あれは、もう駄目だ」
「そう……ですか……」
「このままでは、この国は早晩滅びるだろう」
「……では?」
「ああ、計画を始める」
「承知いたしました」
◇
レオポルドの帰還から三日が過ぎた頃――
辺境伯家から「ヴァルネ軍撤退」の正式な報が届いたことで、レグナートの王宮には安堵の空気が流れていた。
それを皮切りに、
「雪かき隊、出発いたしました!」
「買い占めも、おおよそ阻止できております!」
官僚たちからも、次々と吉報がもたらされた。
これでひとまず、危機は乗り越えられた――誰もがそう思っていた。
――しかし、その安堵も束の間だった。
「備蓄が……足りない?」
ギルバートは眉を寄せる。
「はい。報告を受け、私も予備備蓄が保管されている倉庫へ赴いて確認いたしました。ですが、実際に備蓄されていたのは、帳簿に記載された量の半分ほどしかありませんでした」
宰相府の官僚は、険しい表情でそう報告した。
「今年の備蓄監査は?」
「それが……今年はまだ備蓄量の確認を終えておらず……」
備蓄量の確認は、年に一度、新たな備蓄が運び込まれる時期に行われるのが通例だった。
だが、今年はその頃に、ライオネルの出奔に伴う捜索、王妃の疑惑、さらには王太子の変更と、さまざまな事態が立て続けに起きた。
なにより、ギルバートが宰相府を離れた。
こうして、備蓄量の確認は後回しになっていたのだ。
「……!」
ギルバートは唇を噛んだ。
あの頃、宰相府がどれほど慌ただしく業務に追われていたのか、その場にいたギルバートにはよくわかっている。
なにより、自分が突然宰相府を離れたことも一因だ。
だからこそ、簡単に宰相府の落ち度を責めることはできなかった。
「帳簿が間違っているのか。それとも、何者かが運び出したのか……」
ギルバートは短く息を吐いた。
「現地の責任者と、主計官を呼べ!」
――
しばらくしてギルバートの執務室に、現地の責任者と主計官が連れて来られた。
「お呼びと伺い、参りました」
主計官は落ち着いた様子で頭を下げる。
その様子を見て、現地の責任者も慌てて頭を下げた。
「予備備蓄の実際の総量と、帳簿上の総量が合わない。何か知っていることはあるか?」
ギルバートは二人を見据え、短く問いかけた。
「わたくしは、増減の報告を受けましたら、その都度きちんと帳簿に記載しております」
主計官ははっきりと答えた。
「わ……私も、備蓄の入れ替えがあれば、その都度こちらの帳簿に記載し……主計官様へ報告を……」
責任者はしどろもどろに答える。
主計官はギルバートと仕事をしたこともある、子爵家の当主。それに対して、現地の責任者は平民だ。
この慌てようが、単なる緊張によるものなのか。それとも、何かやましいことがあってのことなのか――。
ギルバートは目を細めた。
「あなたが付けていたという、その帳簿は?」
「は……はい! こちらに」
ギルバートは、差し出された帳簿をめくる。
予備備蓄は、何事もなければそう頻繁に出し入れされるものではない。
せいぜい、年に一度の入れ替え時期と、春前に飼料として払い下げられるときくらいだ。
そのため、帳簿に記される記録もごく限られている――はずだった。
「夏頃から、頻繁に持ち出されているようですが……これは?」
「そちらは王太子殿下……失礼しました。ライオネル殿下のご指示で、払い出したものでございます」
「お待ちください! そんな報告、わたくしは受けておりません!」
主計官が慌てて口を挟む。
「……そんな! 報告なされているはずです!」
責任者が顔を青くする。
(これは……どちらかが虚偽の報告を行なっている? しかし……)
ギルバートは眉を寄せた。
「報告は、いつ、誰が、どのように?」
「払い出す前に、ライオネル殿下の代理の方から、報告も済んでいると伺っておりました……!」
「その代理とは?」
「お名前までは……。ですが、ライオネル殿下の署名が入った指示書をお持ちでした! こちらです!」
責任者は懐をまさぐると、震える手で何通かの指示書を差し出した。
ギルバートは一通ずつ、丁寧に目を通していく。
――――
予備備蓄五百袋を、マケイド伯爵に貸与する。
よって、明朝までに運び出すこと。
ライオネル
――――
「ふむ……。確かに署名があるな。……これは、こちらで預からせてもらっても?」
「はい、かまいません」
「よし。二人とも、もう下がっていい。こちらでもう少し調べてみる」
「はっ」
二人は一礼すると、執務室から出て行った。




