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王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


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18/22

18.レグナートの決定

「こうしてはおれん!」

「ああ、父上。我々も早急に兵を招集して、国境へ向かわねば」


 軍務卿を務めるアイゼンバーグ家の当主と、その嫡男レオポルトが、ガタリと席を立つ。


「お待ちください」


 そんな二人を押し留めたのは、王太子妃として会議に参加していたマリアベルの声だった。


「これから冬を迎えます。ただでさえ今年は不作傾向。ここで大規模な兵の動員などすれば、冬を越すための食料が不足する恐れがありますわ」


「……ですが!」


「それに国境付近は標高の高い場所も多く、冬になれば雪深くなります。そんな時期に、わざわざ攻め込んでくるとも思えませんわ」


「それは……確かに」


 アイゼンバーグ公爵の足が止まる。


「しかし! 実際に兵が集められています!」


 レオポルトはなおも言い募った。


「ええ。もちろん放置はできません。しかし、だからと言って、こちらもすぐに兵を集めればよいというものでもありません。敵の規模や目的を確認せぬまま兵を動かせば、こちらが無用に兵力と物資を消耗するだけに終わるかもしれませんわ」


「……なるほど……。では! 私は何をすれば!?」


 レオポルトは身を乗り出した。


 ――決して悪い男ではないのだ。真っ直ぐで熱血。ただ少し、考えるよりも動くことを得意としているだけで。


 それまで口を挟まずにいたギルバートが、そこで初めて口を開いた。


「頼もしいですね。ならば――レオポルト殿には、少数の兵を率いて国境に向かっていただきましょう。そこで敵の規模と目的を、見極めてきていただきたい」


 ギルバートは緩みそうになる口元を引き締めながら、王へと向き直る。


「よろしいでしょうか、陛下」


「ああ。レオポルトは軍略に明るい。自らの目で現場を見れば、新たな気付きもあるだろう」


「お任せください!」


 レオポルトは目を輝かせて、胸を叩いた。


「では私は、ヴァルネからの輸入が大半を占めている木材について、新たな輸入先へ切り替えましょう。なに、国境封鎖を見越して、選定はすでに終えております」


 マリアベルの父で財務卿を務めるグランフォード公爵が、得意げに口の端を吊り上げた。


「ふむ。ならば私は国境封鎖の手続きと、越冬特別法を制定しましょう」


 法務卿を務めるヴァルハイト公爵が、長い顎髭を撫でながら言った。


「越冬特別法? なんだそれは?」


 アイゼンバーグ公爵が首を傾げる。


「正規の許可なく国境を越えた者、および身元不明の武装集団を、山賊や密猟者と同じ『不法侵入者』として扱うための法じゃよ」


 ヴァルハイト公爵はにやりと笑う。


「もしもヴァルネの兵が不法侵入してきたとて、この特別法があれば、こちらは躊躇なく迎撃できる。万に一つも、『レグナートが先にヴァルネ兵を攻撃した』などと、開戦の口実を与えぬためじゃ」


 ――通常、他国の「正規軍」をこちらが攻撃、あるいは捕縛すれば、重大な外交問題となる。

 そのため、たとえ相手が不法に国境を越えてきたとしても、現場の判断だけで即座に攻撃や捕縛を行うのは難しい。


 なぜなら、攻撃したあとで、「我が軍の兵は国境で道に迷っていただけだ」とでも言われれば、開戦の口実になるだけでなく、近隣国からも非人道的だと非難される恐れがあるからだ。


 しかし、この特別法を制定しておけば、身元を明かさず国境を越えてきた武装集団は、その目的や正体を問わず「不法侵入者」として扱うことができる。


 これなら、ヴァルネが「自国の正規兵を攻撃・拘束された」として、レグナートを非難する余地も大きく減る。


 たとえヴァルネが彼らを自国の正規兵だと認めようと、ただの迷子だったと主張しようと、レグナート側には「無許可で国境を越えた武装集団」として処理する法的根拠があるからだ。


「つまり……敵兵がいれば、討ち取ったり捕縛したりしてよい、ということですか?」


 レオポルトが期待に満ちた目を向けた。


「ああ、そういうことだ、レオポルト。不審な奴らに遠慮はいらん」


 王は口元を緩めて頷いた。


「では私は、国境封鎖がなされ、特別法が制定され次第、各国へ通達いたしましょう。もちろん、ヴァルネには念入りに、ね」


 エドガーは、口元に薄い笑みを浮かべた。


「――まとまりましたね」


 今まで黙ってやり取りを聞いていた宰相、メルヴィル公爵が、静かに顔を上げる。


「国内の諸侯への指示は私にお任せください。ヴァルネが兵を動かしたとなれば、各地にも動揺が広がるでしょう。余計な混乱を招かぬよう、王宮の方針を速やかに伝えます」


「ああ、頼む」


 王は静かに頷いた。そして短く息をつくと、一同を見渡す。


「もう一つ、皆に伝えておきたいことがある」


 皆の視線が王へと向けられた。


「王妃の裁きが終われば、私はエレノアを正式に王妃として迎えるつもりだ」


 誰一人、驚くものはいなかった。先日の王太子の結婚式でも、すでにエレノアが王妃の代理を務めていたからだ。


「ただし、今すぐその旨を公布するつもりはない」


 王の声が低くなる。


「王妃の裁きを急げば、ヴァルネに余計な口実を与える。あの国が我が国への干渉を強めている今、こちらから材料を与える必要はない」


 誰もが小さく頷いた。

 今、王妃の裁きを行えば、ヴァルネがさらに攻勢を強めるであろうことは、火を見るより明らかだ。


「ただし――これより王宮内では、エレノアを王妃に準じて扱え」


「承知いたしました」


 皆が静かに頭を下げた。


「――それから」


 王は一度言葉を切った。


「……ノエルの王位継承権を、直ちに剥奪する」


 その声色には、隠しきれない悲しみが感じられた。


 ずっと我が子だと思い、慈しんで育ててきたのだ。

 ましてやノエル自身に咎がないことは、王もよくわかっていた。それでも――


「……実子ではないノエルに、王位継承権を与えておくわけにはいかぬ。なにより、ヴァルネがノエルを旗印として担ぎ上げ、ギルバートを排そうとする恐れがある」


 ――本来であれば、裁判で王妃の罪が確定した後に、ノエルの処遇について話し合うのが筋だ。

 王位継承権の剥奪にとどめるのか、それとも王族としての籍そのものを抹消するのか。どのような処遇にするにせよ、王妃の罪が確定するまでは決められない。


 しかし、ヴァルネが不穏な動きを見せている今、ノエルが王位継承権を持ったままでは、ギルバートに危険が及ぶ。


 ギルバートさえ排せば、ノエルを王太子の座に就かせることができる――そうヴァルネが考え、過激な行動に出ても不思議ではないからだ。


「致し方ありませんな」

「ええ。これ以上ヴァルネにいらぬ夢を見せぬためにも、ノエル殿下の継承権は、早急に剥奪すべきでしょう」


 王の決定に、反対する者はいなかった。


「問題は、誰に、何を、どこまで伝えるか、ですわね」


 マリアベルが口を開く。


「まず、ヴァルネには、ノエル殿下の王位継承権が剥奪されたことを必ず伝えねばなりません。では周辺国には? 国民には? 正式に公表するのであれば、きちんとした剥奪の理由が必要になりますわ」


「それは……確かに」

「だが裁判が開かれていない以上……」


 皆、顔を見合わせて眉を寄せる。


「それについてだが――王妃に内通の嫌疑がかかっていることは、結婚式に参列した周辺国や、国内の貴族たちはすでに承知のこと。これを国民にも公表する」


 王は迷いのない口調で言い切った。


「よろしいのですか? 王家の醜聞となりますが……」


 アイゼンバーグ公爵が窺うように問いかける。


「構わん。隠し切れることではない。それにヴァルネが不穏な動きを見せている以上、国民への説明は急務だ」


 ヴァルネが攻め込んでくる可能性がある以上、もしものときに国民が何も知らされていなければ、国内の統率をとるのが難しくなる。王の言い分は尤もだった。


「ただし――」


 王は言葉を重ねる。


「内通の詳細については、裁判が終わるまで公表せぬ。ノエルの出生についても、同様に伏せる」


「承知いたしました。そのように手配いたします」


 宰相が静かに頭を下げた。


「して……ノエル殿下にはどのようにご説明いたしましょうか?」


 ――評議の間に、重い沈黙が落ちた。


「……ノエルには私から話をする」


 王はどこか遠くを見るような目をして言った。



 ――翌日、王はノエルを執務室に呼び出した。


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