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王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


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14/18

14.それぞれの国で

結婚式まであと一週間となった頃、レグナート王国の使者がヴァルネ王国の王城に到着した。


『我が国の王妃――元ヴァルネ王女・クラリッサは、護衛騎士との不義密通を働き、あろうことかヴァルネ本国と通じて国家内乱を企てた』


使者が読み上げた書状の内容に、謁見の間は凍りついたような静寂に包まれた。


壇上のヴァルネ国王は、小さく眉を寄せる。


少し前、レグナートに潜ませた密偵から、王太子の変更を知らせる密書が鳩で届けられていた。


それを見てノエルを王位に就けるための企みが順調に進んでいるものと、ほくそ笑んでいたのだ。だが、その後に届けられた密書に記されていた新たな王太子の名は、ノエルではなかった。


その時点で、レグナートで何か予期せぬ事態が起きたことは察していた。


とはいえ――まさか、ここまでの事態になっていたとは。


王は、隣に立つ宰相とわずかに視線を合わせ――次の瞬間、手にした王杖を床に打ちつける。


――ドンッ!


鈍い音が、静まり返った謁見の間に響き渡った。


「我が妹が不義密通? さらには我が国と通じて国家内乱を企てただと? 随分と大それた言いがかりだ」


王は低く言い放った。


「そのような重大な罪を我が国に着せる以上、相応の証拠があるのであろうな?」


険しい顔で、使者を睨みつける。


だが使者は怯まなかった。


「言いがかりではございません。王妃様の証言に加え、証拠の書状も押さえてあります」


淡々と返されたその言葉に、王の顔がわずかに強張った。


(クラリッサめ……どこまで喋った!?)


「これは国家の根幹に関わる問題。レグナートとしては、ヴァルネ側から明確な申し開きと、相応の誠意ある対応がなければ、ただちに通商条約を破棄し、国境を封鎖する用意がございます」


そう言い残すと、使者は一礼し、謁見の間を後にした。


――


使者の足音が遠のき、重々しい扉が閉じられた瞬間、謁見の間にはレグナートへの非難と内容に困惑する声が飛び交った。


「クラリッサ様がそのようなことをなさるはずがない!」

「ああ、ひどい言いがかりだ!」

「だが……使者のあの様子。証拠が揃っているようであったぞ」

「……それは……確かに……」


やがて貴族たちの視線が、揃って王に向けられる。


「陛下! 何かご存知でないのですか!?」

「ご説明をお願いいたします!」


王はどこか冷めた目で貴族たちを見渡すと、隣に立つ宰相へと目を向けた。


「お静かに」


宰相が静かに手を上げると、場が一瞬で静まり返った。


王はそれを平然とした態度で見届けると、ゆっくりと貴族たちを見回す。


そして、重々しい口調で告げた。


「クラリッサがレグナートで工作を行っていたのは――事実だ」


ざわっ――


「しかし!」


王は勢いよく立ち上がると、大仰な身振りを交えながら語り始める。


「それはすべてヴァルネのため! ……あろうことか、レグナートの国王は、和平条約を破り、我が国への侵攻計画を立てていたのだ!」


「なんと……!?」

「そんな、まさか……」


「その証拠に! レグナートでは何の罪もないライオネルが、王太子から外された!」


王は悲しげに眉を寄せる。


「そして新たな王太子となったのは、第二王子ノエルではない……クラリッサの血を引かぬ、レグナート王にとって都合の良い男だ!」


「そんな……!」

「なんと酷い……」


「そうであろう? クラリッサの罪も、奴らが大袈裟に騒ぎ立てているだけ。レグナートの真の狙いは、クラリッサを王妃の地位から追い落とし、ヴァルネへの侵攻を阻む者を排除することなのだ!」


王は周囲を見回すと、低い声で問いかける。


「このような横暴を許して良いのか!?」


「……」


貴族たちは顔を見合わせるばかりで、すぐには答えられなかった。


当然だ。クラリッサが工作を行っていたことも、ましてやレグナートがヴァルネへの侵攻を企てていることも、今、初めて聞いたのだから。


「許すべきではありません!」


しかしそこで、宰相がすかさず声を上げた。


「ああ、その通りだ」


王は自らの胸元に手を当てると、静かに問いかける。


「お前たちは、我が国を守るために働いたクラリッサが、断頭台に送られるのを、黙って見ているのか?」


「断頭台!?」

「あの姫様が……」


貴族たちの脳裏に、幼い頃のクラリッサの姿がよぎる。


いつも明るく、天真爛漫な少女だった。

屈託のない笑顔を振りまき、周囲の者たちを自然と笑顔にしていた。


少なくとも、彼らの記憶の中にあるクラリッサは、そんな少女だった。


「我々が見捨てれば、クラリッサの命はヴァルネによって無惨に奪われるであろうな」


王の言葉が貴族たちの胸を刺す。


「クラリッサ様を見捨てる……?」

「そのようなこと……できぬ!」


貴族たちの間に、次第に熱が広がっていく。


王はそれを見逃さなかった。


「このままでは我が国は、レグナートの属国になるぞ? それでも良いのか!?」


「そ、それはなりません!」

「ヴァルネが属国になるなど、断じて許せぬ!」

「我らの国を守らねば!」


その声を皮切りに、貴族たちが次々と声を上げ始めた。


先ほどまで戸惑いを見せていた者たちの顔から、迷いが消えていく。


「そうだ! クラリッサ様を見捨てるわけにはいかん!」

「レグナートの横暴を許すな!」


やがて謁見の間は、ヴァルネを守れという声に包まれていった。


その様子を見つめながら、王は静かに口元を緩めた。





その頃――


レグナートの王宮では王が主要な貴族を集め、今回の王太子変更に伴う一連の出来事について説明をしていた。


ただし、説明されたのは『王妃クラリッサが国家内乱の罪で拘束された』こと、そして『その企てにヴァルネ本国の何者かが関わっている』ことのみ。


元王太子ライオネルの出奔と、ノエルが托卵された子であることは伏せられた。


「クラリッサ様が国家内乱を!?」

「まさか……王妃自らが、そのような企てを……」

「それだけではない。ヴァルネ本国の者まで関わっているなど……」

「ヴァルネめ……!」

「断じて許せぬ!」


場が混乱と怒号に包まれる中、新たな王太子ギルバートが姿を現す。


王は手を上げて場を鎮めると、ギルバートの背に手を当てた。


「このような状況で、ライオネルを王太子の座に置き続けることはできん。よってこのギルバートを新たな王太子として任命した」


ギルバートは丁寧に頭を下げる。


「なお、このギルバートは、メルヴィル公爵令嬢エレノアとの間に生まれた私の実子である」


王がそう言い切ると、貴族たちが再びざわめいた。


「なんと……!」

「養子ではなかったのか!」

「では、ギルバート殿下は本当に陛下の御子……!」

「しかも、メルヴィル公爵令嬢との間に生まれた子だというのか……!」


「……エレノアは、法に則り愛妾とした。しかしギルバートの懐妊が、王妃のライオネル懐妊と時期が重なった。このため、ヴァルネとの関係を慮り、ギルバートを王族として認めることができなかった」


王はギルバートに向き直る。


「長らく日陰の身に置いて、悪かった」


王の声音は穏やかで、その目には溢れんばかりの慈愛が込められていた。


周囲を囲む貴族たちは、息を呑んだ。

ギルバートという青年は、決して突然どこからか湧いて出たような者ではない。王に気にかけられ、その成長を見守られながら、人知れず大切に育まれてきたのだと、誰もがその一瞬で悟ったのだ。


「とんでもありません」


ギルバートは目元を和らげた。


「母も私も納得の上です」


「素晴らしい!」


エドガーが一歩前に進み出る。


「国のためとはいえ、長らく日陰の身に甘んじるなど、そうそうできることではない。まさに王家への忠義の証ですな」


「確かに……」

「実子でありながら、王族としての特権を受けることもなく……」

「国のために、黙って耐えてこられたとは」


ギルバートに向けられる視線の色が、少しずつ変わっていく。


「しかも、宰相府では若くして頭角を現していたと聞きますぞ」


グランフォード公爵が、さも当然のことを語るように続けた。


「ほう。あの宰相府で……」

「まだ若いというのに、大したものですな」

「では、王太子としても、十分に務まるのでは?」

「ああ、人柄も実務能力も申し分ない」


いつしか、ギルバートに向けられる視線には、期待がこもっていた。


王は満足そうに頷いた。


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