13.悩む者たち
面会を終えたグレゴールは、眉を寄せ、唇を固く結んでいた。
そのまま王宮の廊下を歩いていると、先を歩いていたエドガーの足がピタリと止まる。
「?」
グレゴールも足を止める。
「あちらにいらっしゃるのが、ノエル殿下です」
エドガーは窓の外を覗き込みながら言った。
そこでは、まだ幼さの残る少年が、懸命に剣を振っていた。
グレゴールは目を見開いた。
その少年の面差しが、あまりにもルシアンにそっくりだったからだ。
もしルシアンがあのままクラリッサの護衛を務めていたなら、二人の関係はもっと早くに露見していただろう。
それを見越して、ルシアンは早々に国へ返されたのかもしれない。
そこまで考えたところで、グレゴールはきつく目を閉じた。
その様子を見たエドガーが、静かに語りかける。
「かのお方に掛けられている嫌疑は、不義密通だけではありません。他国との内通、そして国家内乱の罪にも問われています」
「……そうか……」
グレゴールは、それだけ答えるのが精一杯だった。
窓の外では、何も知らないノエルが剣を振っている。
その姿を見つめながら、グレゴールは拳を固く握りしめた。
◇
一方その頃――
マリアベルは、婚礼準備のために用意された一室で、結婚式の席次に頭を悩ませていた。
「……どうしろというのよ」
今の席次は、今回の一件が明らかになる前に組まれたもの。
定石通り、王妃クラリッサの兄でありヴァルネの大公であるグレゴールには、王族に近い席を用意していた。
だが、事情が変わった。
クラリッサは王妃の座を失うどころか、不義密通に他国との内通、さらには国家内乱の罪にまで問われている。
当然、親族であるグレゴールを、王族の近くに座らせることなどできなくなった。
だからといって、ヴァルネの大公である彼を、あからさまに末席へ追いやるわけにもいかない。
だが、クラリッサの罪と処遇を知ったグレゴールが結婚式に参列するのかさえ、今となってはわからないのだ。
「……いや、参列するかどうかはさておき、ひとまず出席する前提で席は用意しておくべきよね。……そうなると、急遽欠席になった場合の変更案も必要か……」
マリアベルは目の前の席次表を見つめ、深いため息をついた。
「何を悩んでいるんだ?」
不意に背後から声をかけられ、マリアベルは振り返った。
「ギルバート……」
「ああ……席次か」
ギルバートは机の上の席次表を覗き込み、納得したように小さく息をついた。
「ええ。大公閣下のお席がね……」
「……そうだな」
「そもそも、参列を辞退されるようなことはないかしら?」
「まあ……本人の気持ちからすれば、式など出ずに、すぐにでもヴァルネへ戻りたいだろうな。だが、だからと言って使節団が式を欠席すれば、ヴァルネがこの婚姻を快く思っていないと受け取られかねない。これ以上、両国の関係を悪化させるつもりがないのなら、参列するだろう」
「そうよねえ……」
マリアベルはこめかみを抑えた。
グレゴールの人間性を知らない以上、彼がどれほど理性的な判断を下せるかは未知数だ。
感情に任せて動く男なら、国同士のしがらみなど無視してあっさり欠席するかもしれない。
そもそも、先の件で両国の関係はすでに先行き不透明なのだ。今さら表面上だけ取り繕っても意味がない――彼がそんな考えに至っても不思議ではなかった。
マリアベルは席次表に目を落としたまま、ぽつりと呟いた。
「外交を弁えている方ならいいのだけれど……」
ギルバートは腕を組み、少し考えるように眉を寄せた。
「大丈夫だろ」
「ずいぶんあっさり言うのね」
「グレゴール殿は、そこまで短慮な人には見えなかったからな」
「あら、あなた大公閣下にお会いしたの?」
マリアベルは顔を上げた。
「いいや、覗いただけだ」
「ああ……面会の場はあの部屋だったのね」
あの部屋には、隣室から鏡を通して室内を覗ける仕掛けがある。
王太子妃候補として選別された際、あの部屋に通されたマリアベルは、その仕掛けを見破っていた。
そう、二人きりの面会のように見せかけながら、実はあの面会の様子は、多くの者に見張られていたのだ。
「うーん……じゃあ、欠席されることは考えなくてもいいかしら」
マリアベルはギルバートを見上げて、首を傾げる。
「もしもの場合は空席にすればいい」
ギルバートは淡々と答えた。
「でも、それでは……」
「来賓の前で、ヴァルネの使節団が感情に任せて婚礼を欠席した――そういう話になるだけだ。その印象を取り繕うのは、ヴァルネ自身の仕事だろう。こちらが尻拭いまでしてやる必要はないさ」
「……まあ、それもそうね」
マリアベルは席次表のグレゴールの名に目を落とした。
「では、王妃様の親族としてではなく、ヴァルネ王国の大公として、外国からの高位の賓客にふさわしい席次に変更しておくわ」
「ああ、それが一番波風を立てずに済むだろう」
ギルバートも頷いた。
――婚礼そのものが取りやめになることはなかった。
これまで進めてきた準備も、そのまま使える。
それはマリアベルにとって喜ばしいことだった。
だが、席次・来賓の扱い・警備・外交上の対応など、再調整が必要なことも多かった。
「ふう……」
マリアベルは小さく息を吐く。
「あまり手伝えなくてすまないな」
ギルバートは、疲れた様子のマリアベルを見て眉を下げた。
「いいのよ。あなたの方が忙しいでしょう。それに全部の準備が無駄にならなかっただけ、いいわ」
マリアベルは肩をすくめて苦笑した。
「苦労をかけるな、王太子妃殿」
「よろしくてよ、王太子殿下」
二人は顔を見合わせ、笑った。




