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王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


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12/16

12.二人きりの面会

「どうであった?」


 グレゴールの元を辞したエドガーは、その足で王の執務室へと向かった。


 執務室には、机に向かって腰掛ける王と、その後ろに控えるように立つ、王太子ギルバートの姿があった。


「大公閣下は何もご存じないでしょうな」


 先ほどまでの柔和な表情を消したエドガーは、冷静な眼差しで告げる。


「……そうか」


 王は小さく息を吐いた。


「王妃が拘束されていると知ったときも、罪状を不義密通と伝えたときも、どちらも不自然な反応はありませんでした。間近で瞳孔の確認もしましたが、あの驚きと怒りは演技ではないでしょう」


「ひとまず安心……か」


 エドガーの報告に、王はギルバートへと視線を向ける。


「ええ。何もご存じないのであれば、婚礼の場で何かを企むこともないでしょう。少なくとも、こちらが大公閣下の動向まで警戒する必要はなさそうです」


「私も同意見です。最低限の見張りは必要ですが、過剰に警戒する必要はないかと」


 エドガーも頷いた。


「それから、大公閣下が王妃殿下との面会を希望されています。いかがなさいますか?」


「ふむ……本人から直接話を聞きたいのだろう。面会は許そう。ただし、護衛を複数配置せよ。怪しい言動を見逃すな」


 ――こうして三日後、グレゴールと王妃クラリッサの面会が行われることとなった。



 ◇



 人払いされ、しんと静まり返った王宮の廊下を、グレゴールはエドガーの先導を受けて歩いていた。


 たどり着いたのは、貴賓との密談にも使われる王宮の応接間。重々しい木製扉の両脇には、護衛が四人、静かに佇んでいた。


 身体検査を受け、腰の剣を渡すと、エドガーが扉を開ける。


「どうぞ、お入りください」


 グレゴールが室内へ入ると、中でぽつんと佇む王妃クラリッサが、ゆっくりと顔を上げた。


「……お兄様」


 小さく握りしめられた手が、かすかに震える。


 エドガーは落ち着いた様子で室内を見回し、二人を一瞥すると、静かに口を開いた。


「では、私はこれで失礼いたします」


「……よいのか?」


 グレゴールは眉を上げた。


「ええ。出入り口には護衛がおります。ですが――」


 エドガーは扉へ視線を向けた。


「お話の内容まで、こちらが聞く必要はないでしょう」


 そう言って一礼すると、そのまま部屋を出ていった。


 室内にはグレゴールとクラリッサ、二人だけが残された。


 グレゴールはしばし閉じられた扉を見つめ、それからゆっくりとクラリッサへ視線を戻す。


「クラリッサ……」


「お兄様……申し訳ございません……」


 クラリッサは深く頭を下げた。


 質素ではあるものの、仕立ての良いワンピースを纏い、髪や肌もきちんと手入れされている。


 裁判を待つ身とはいえ、まだ王妃としての身分を失ったわけではない。


 それでも―― 目の前の妹は、グレゴールが知るクラリッサとは別人のように憔悴していた。


「……とにかく、座れ」


 グレゴールはソファにどかりと腰を下ろした。


 しばしクラリッサを黙って見つめたあと、ようやく重い口を開いた。


「……本当なのか?」


 その言葉に、クラリッサの肩がふるりと震える。


「ノエルは、ルシアンとの子で間違いないのか?」


 グレゴールは鋭い視線でクラリッサを見据えた。


「はい……」


 視線を上げないまま、クラリッサが小さく頷いた。


「なぜそんなことを……!」


 グレゴールは拳を震わせる。


 クラリッサは視線を落としたまましばらく黙り込むと、やがて、ぽつりと呟いた。


「……わたくしはずっと、ルシアンを慕っていました」


「何?」


「本当はルシアンと結ばれたかった……! けれどルシアンは伯爵家の三男です……王女であるわたくしが嫁げる相手ではなかった……!」


 クラリッサは堰を切ったように話し始めた。


「レグナートへの輿入れが決まり、諦めようと思いました。けれど、ルシアンが護衛騎士として共に来てくれた。……すぐそばにいるルシアンを、どうして諦められるでしょう」


「まさか……お前たち……」


 グレゴールは信じられないものを見るかのように、クラリッサを見やった。


「王との初夜を終え、ひどく気落ちしていた私を、ルシアンが抱きしめてくれたのです。そのとき……初めて関係を持ちました」


 クラリッサはそう語ると、ほんのわずかに目を細めた。

 その表情には、今もなおルシアンを想う気持ちが滲んでいた。


「……ではもしや、ライオネルも……」


 グレゴールは躊躇うように問いかけた。


「いいえ。ライオネルは間違いなく王の子です。……わたくしはルシアンとの逢瀬のために、ヴァルネから避妊薬を取り寄せていました。ですが、逢瀬のたびに服用していたせいでしょうか。王との子にも恵まれなかった。そこで私はルシアンとの逢瀬をやめ、避妊薬を絶ったのです。その後に身ごもったのが、ライオネルですわ」


 避妊薬は身体に負担をかけるものだ。頻繁に服用していれば、妊娠しにくくなることも十分に考えられた。


「一度関係を絶ったのに、お前はまた……」


 グレゴールは言葉を失った。

 ()()()()()()()()などではなかったのだ。


「第二王子さえ産めば、王との逢瀬は必要なくなる。そう思って、ライオネルの出産から三年間は、ずっとルシアンとの関係を絶っていました。けれど、どれだけ待っても王との子はできなかった……。だからわたくしは、もう妊娠できない身体になったのだと思い込んでしまって……」


「避妊薬は……?」


「ライオネルを産んだ後から、一度も使っていません……」


 クラリッサは、力なく答えた。


「バカな……なぜすぐに告白しなかった!?」


 グレゴールは机に拳を叩きつけた。

 ドンッという鈍い音が部屋に響く。


「そんな……ッ! すぐに告白すれば、ノエルは産まれる前に殺されていたでしょう! ルシアンとの子を殺すなど、わたくしにはできなかった……ッ!」


 クラリッサは両手で顔を覆い、頭を振る。


「だがそんなもの……隠し通せるわけがないだろう」


 グレゴールは、机に叩きつけた拳をそのままに、肩から力を落とした。


「いいえ! 隠し通せていたのです! ヴァルネから無茶な指示がなければ……ッ!」


 クラリッサは唇を噛み締める。


「なに?」


「ノエルを王位につけるために、ライオネルを排せ、と……ッ!」


「まさか……国は全て承知していたのか!?」


 グレゴールは目を見開いた。


「……? 当然ですわ。妊娠時期や出生記録の偽装も、ノエルを一年間ヴァルネに置いておけたのも、すべて祖国の協力があってこそですわ」


 クラリッサはそこで、ふと眉を寄せた。


「……まさか、お兄様、本当に何もご存じなかったの……?」


「バカな……我が国がそんな計画に手を貸すなど……」


 グレゴールは、クラリッサの問いかけなど聞こえていないかのように、青ざめた顔で呟いた。やがて、はっと顔を上げる。


「……いや、待て。お前は今、『ライオネルを排せと指示を受けた』と言ったな。ならば、ライオネルが継承権を失ったのも……」


「ええ。本国から送り込まれた諜報員に唆され、駆け落ちするよう仕向けられたからですわ。……最初は『殺せ』と指示されましたの。ですが、ライオネルとて私の子。それだけはできませんでした」


 クラリッサは、まるでそれが当然のことであるかのように語った。


「……お前はそれでも母親か!!」


 グレゴールは思わず立ち上がった。


「仕方なかったのよ!!」


 クラリッサも負けじと立ち上がる。


「ノエルを守るためには、指示に従うしかなかったの……! 私とて、ノエルをルシアンと共にヴァルネに留まらせたかった! 『早産だったノエルは体調を崩して亡くなった』――そうレグナートには伝えてほしいと、何度もお願いしました……。けれど、聞き入れてはもらえなかった……ッ」


 二人とも立ち上がったまま、重い沈黙が流れる。


 そのとき、部屋にノックの音が響いた。


「そろそろよろしいでしょうか」


 顔を覗かせたのはエドガーだった。


「……ああ」


 グレゴールは短く答え、クラリッサに背を向けた。

 そして、そのまま扉に向かって歩き出す。


「――待って!!」


 クラリッサが叫んだ。

 グレゴールが足を止め、ゆっくりと振り返る。


「お兄様、お願いです! どうか、どうか、ルシアンとノエルを守って……。お願いします……ッ」


 クラリッサは深々と頭を下げた。


 その懇願に答えることなく、グレゴールは再び扉へ向き直った。

 そして、何も言わぬまま、静かに部屋を後にした。


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