第38話 火と銀貨
日が落ちるのは早かった。
馬車の揺れが、
同じリズムに落ち着く。
草道の匂いが濃くなる。
手綱を握る二人は、前で揺れていた。
ゼルドは、
時々外を見ている。
商人の二人はほとんど喋らない。
俺たちも、
無理に口を開かなかった。
夜。
風が冷たくなる。
前から、レヴァルが笑い混じりに言った。
「寒いねー。夜は」
ミレイアがローブの襟を引く。
「……ほんとだ」
声が少し弾む。
嫌がっている感じじゃない。
「だろ?
この辺、日が沈むと一気にくる」
馬車が止まった。
外に出る気配がして、
しばらくして、また戻ってくる。
暗がりから、レヴァルとヴァルシアの影が
馬車に滑り込んだ。
「ちょい休憩」
軽い言い方。
でも、
空気が少し緩む。
その時、
商人の片方が荷を開いた。
金具が鳴る。
小さな箱みたいなものが出てきて、
芯が見えた。
火がつく。
灯りが広がる。
そして、
熱がじわっと近づく。
「ランタンストーブだ」
低い声。
「少しなら水も沸かせる」
隣の男が、短く頷いた。
俺は、
その灯りを見て息を吐いた。
ミレイアが目を丸くする。
「すご……」
「遅くなったけど」
ストーブを出した男が言う。
「バルクス・ローディン」
名乗るだけ。
もう一人も、
一拍遅れて口を開いた。
「セルヴァン・ミュレク」
それで終わりだった。
レヴァルが笑う。
「堅いなあ」
ゼルドは、
何も言わずに見ている。
灯りの中で、
皆の顔が見える。
ヴァルシアは、
まだ震えていた。
けれど、
目は開いている。
ユラは肩を動かして、
眉をしかめた。
痛いのか、
寒いのか。
ユイは、
静かに火を見ている。
俺は、
その横で手を温めた。
しばらく、
言葉が減った。
馬が鼻を鳴らす音。
布が擦れる音。
その間を、
レヴァルが埋める。
「俺らさ」
軽い声のまま、
少しだけ落ち着く。
「夢があるんだよね」
ゼルドが、
小さく息を吐く。
「いつか、落ち着ける場所が欲しい」
それだけ。
長くは続かない。
でも、
馬車の中の空気が、少し柔らかくなる。
ミレイアが頷く。
「いいね」
短い。
ユイは何も言わない。
否定もしない。
俺も、
返さなかった。
ただ、
火を見ていた。
バルクスが、
ストーブを少し持ち上げる。
「……ああ」
思い出したみたいに言う。
「使用料」
言い方は事務的だった。
「一人、銀貨一枚」
火の近さが、急に遠くなった。
ミレイアが固まる。
レヴァルが笑う。
「出た、商売」
セルヴァンは表情を変えない。
ユイが、
袋を一度だけ見てから言う。
「……分かった」
柔らかい声だった。
火は消えない。
灯りも、
そのままだ。
馬車の外は暗い。
俺は手を引っ込めて、
膝の上で指を組んだ。
あたたかさが残っている。
それが、
少しだけ怖い。




