2章:7節【魔素講義】 ◆章完
アストを中心に卓を囲み直した領主たちは、
初めて聞く“魔素”という概念に、それぞれ異なる反応を示していた。
アレクシスは目を輝かせる。
「つまり……我々もアスト殿のような“奇跡の力”を扱える可能性がある、ということですか?」
グレゴリーは腕を組み、低く唸る。
「魔獣発生や血咳症の原因にもなる……恐ろしくもある力だな」
エリオットは興味深げに顎を撫でた。
「エルバート殿の強さの秘密がそこにあったとは。兵の訓練にも導入すべきではないか?」
アルフレッドは慎重に言葉を選ぶ。
「だが、その域に至ったのはエルバート殿自身の研鑽の賜物。一朝一夕に習得できるものではあるまい」
同じ話を聞いても、
好奇、危機感、実益、疑念――
これほど多様な反応が生まれる。
アストはその光景に、人間という存在の底知れぬ多様性を感じていた。
「残念ですが、全ての人が同等に扱えるものではありません。
魔力素子の量、性質、体質……個人差が大きいのです」
領主たちの表情が複雑に揺れる中、アストは続けた。
「ですが――魔神王の核となった魔素結晶。
アントス大司教は“エーテ・ミラ神教の至宝”と言っていましたね。
あれを包んでいた魔素遮断布も、同じ技術の産物でしょう」
「つまり、かつてこの世界の人類は魔素に対する高度な理解と技術を持っていた。
今の人々も、魔素を制御できる素地があるということです」
その言葉に周囲の雰囲気は明るくなった。
「アスト殿は魔素適応者の調査をされていると聞きました。我々も協力させていただけませんか!」
「血咳症以外にも魔素が原因の病があるかもしれんな。
早急に調べ直さねば。アスト殿、ぜひ力を貸していただきたい」
「自然現象にも影響があるとなると……これまで作物の実りに原因不明の変化があったが、
研究の余地がありそうだ」
「そういえば、確か王国でも“奇跡の力”を研究していた者たちがいたはずだが……」
最後に零されたマティアスの言葉に、アストは反応する。
「本当ですか? その方々は今どちらに?」
彼らは苦い顔を浮かべ、アルフレッドが沈痛な声で答えた。
「……いっこうの成果が上がらぬことで研究価値がないとされ……
多くは国を離れたか、別の学派へ移ったと聞く」
「そうですか……研究資料などがあれば、
魔素への理解がどの程度まで進んでいるのか、照らし合わせることができたのですが」
アルフレッドは申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまぬ……我々の理解が及ばぬばかりに」
アストは首を振った。
「いえ、仕方のないことです。
そうなると……奇跡の力に関してはアントス大司教から直接聞くのが早いかもしれませんね。
魔素遮断布の出所も気になります」
リンネが眉をひそめる。
「“本当のこと”を話すなら良いのですが……あの男、少し胡散臭いですよ?」
アストも頷く。
「一筋縄ではいかないかもしれません。
ですが、誤魔化すのであれば“誤魔化さねばならない理由がある"ということ。
何も聞かないよりは良いでしょう」
そのやり取りに、ルリシーが不思議そうに首を傾げた。
「お二人は大司教様に何か含むところがあるようですが……何か問題があったのでしょうか?」
リンネは呆れたように答える。
「何を言ってるんですか。魔獣災害への関与を濁していた時点で誠意の欠片もありませんよ」
アレクシスはおずおずと反論する。
「そ、そもそも関与していないのなら、説明する必要もない……ということには……?」
リンネが睨むと、アレクシスは肩をすくめて縮こまった。
その時、エルバートが穏やかに口を開いた。
「まぁまぁリンネ殿。
しかしアレクシス様、別件ではありますが私共としてもレミオ司教の話には疑問が残りますな」
「と言いますと?」
エヴァが静かに続ける。
「……あの方は巡礼の中で聖獣軍やファルステイン家に関わっただけ。
魔素結晶を運び込む責任者であったにせよ、運搬の手配は大司教様が行ったと……。
魔神王の出現を“事故”とするなら、責任は教団そのもの。
あの方一人を“首謀者”として扱うのは……少し大げさな気がします」
彼女のまとめにエルバートが頷く中、
周囲の人間はハッとしたような表情を浮かべる。
「確かに、あの時は納得していましたが、
まるで分かりやすく仕立て上げられているような……」
改めて指摘されたことで、ようやく皆が疑問を持ち始める。
アストは静かに思考する。
(……あの方の話術だけでは説明できない“納得の偏り”。何かあるかもしれませんね……)
アストは口を開いた。
「いずれにせよ、アントス大司教が私の元に来るという提案を、多くの人々の前で否定せずに終わりました。
今さら反故にすることは難しいでしょう、思えばこれもあの方の巧妙な作戦だったのかもしれません」
皆が俯く中、リンネが言葉を継ぐ。
「ですが、目的が何であれ、今回の前後で“変化した部分”を照らし合わせれば、いずれ意図は透けてきます。
大司教に位置する人間を見殺しにすれば、信徒への精神的な影響は甚大。
形式的とはいえアスト様の下につくと言った以上、知らぬ存ぜぬは通りません。
使えるものは使わせてもらいましょう」
アストは頷いた。
「はい。
不安を煽るようですが……全容が不明な以上、今回のような事件が再び起こらないとも限りません。
皆さまには、今後も警戒と連絡を密にしていただきたいと思います」
領主たちも重々しく頷く。
その時――。
「アスト、話し終わった?」
テーブルの隅からノヴィアの声が響いた。
そこにはリリシア、フィオナ、そして妹たちの世話係になっていたイザベラが座っていた。
「すみません、退屈な時間を過ごさせてしまいましたか」
「リリシアたちと遊んでたから大丈夫。でも、美味しいものなくなった」
アルフレッドは苦笑する。
「ふむ、逆に我々は食事が進んでいなかったな……アスト殿の話が興味深くて手が止まっておった」
アストは軽く頭を下げた。
「そうですね、お話はこの辺りにしておきましょうか」
「うむ。皆の者、食事の続きしよう。幸いまだ冷め切ってはおらん。
おい、あの子らにはデザートを用意してやれ」
皆は一礼し、静かに食事を再開した。
子どもたちは運ばれて来たデザートを嬉しそうに頬張っている。
その光景を眺めながら、アストは静かに思考を巡らせていた。
“アントス・ヴァリカ・ラグナーダ”。
彼とどう向き合うべきか。
どこまで踏み込むべきか。
これまで出会って来た人々とはまた違う関係を築く必要があると、
アストは感じていた。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第2章は終了となります。
次章も引き続きよろしくお願いいたします。




