2章:6節【色のない詭弁】
王宮の広間。
会食場の中央で、アントスは一呼吸置き、静かに語りを締めくくった。
「――レミオ司教がファルステイン伯爵を信用してしまったのは、ひとえに人の良さゆえ。
そして伯爵もまた、結晶を“聖獣様への献上品”ではなく、
“聖獣軍の切り札”と誤解してしまったのでしょう……」
その声音は穏やかで、どこか哀悼すら滲んでいた。
アルフレッドは、じっとアントスを見据える。
「ローデリクの勘違いがあったにせよ、結果的に巨大魔獣を生み出し王国を危機に陥れた。
その点については、どう説明するつもりだ?」
アントスは深く頭を下げた。
「誠意をもって謝罪する他ありません。
古代技術には未知の部分が多く……あのような事態を招くとは、我々も想定しておりませんでした」
「意図的ではなく、偶然の事故であったと?
そなたらの本意はアスト殿のためにあった――そう言いたいのか?」
「はい。全ては我々の不手際が招いたこと。
ファルステイン伯爵にも、あれほどの事態を起こす意図はなかったでしょう。
その点について、エーテ・ミラ神教の名を持って釈明をさせていただきたく」
アルフレッドはファルステイン夫人へ視線を向ける。
夫人は頭を下げたまま、震えているだけだった。
「……よいだろう。
此度の件、国家転覆を狙ったものではなく、不慮の事故として扱う。
だが――王国の安寧を脅かした事実は消えぬ。謝罪だけで済むとは思わぬことだ」
アントスは静かに頷いた。
「もちろんです。
エーテ・ミラ神教は可能な限り王国に全面協力し、魔獣災害にあった人々の救援に尽力いたします。
そして……この私、アントス・ヴァリカ・ラグナーダの身柄を、
聖獣アスト・ロカス殿にお預けしたく存じます」
その一言に、会場が騒然となる。
「大司教殿が……聖獣様の元に?」
「アスト殿が教団の庇護下に入のか?」
「いや逆だ、アスト殿が教団を動かせる立場になるということだ……!」
王が手を上げ、ざわめきを制した。
「大司教殿。そなたが自ら来たのは、“人質として差し出す”ためか?」
アントスは微笑み、静かに答える。
「誠意をもって接すれば、相応の扱いをしていただけると信じております」
その胆力に、王はわずかに目を細めた。
「……よい。沙汰は追って出す。
その者どもを引き下げよ。
ただし牢ではなく、見張りを付けた客室に。屋外の警備も怠るな」
アントスは一礼し、従者に合図を送る。
レミオが立ち上がり、アストと視線を交わした。
退室を促される中、レミオは震える声で問いかける。
「聖獣様……あなたと……我が主エーテ・ミラ神とは、どのような……」
アストは少し考え、穏やかに答えた。
「私がミラ様に遣わされ、この世界に来たことは事実です。
教団に直接降り立たなかったのは――
この世界に慣れるまでの猶予を与えるための、ミラ様の配慮でしょう」
「で、では……」
「あなた方に元に行けなかったのは、私の落ち度です。
いずれ、ご挨拶に伺います」
その言葉に、レミオは一筋の涙を流した。
「……エーテ・ミラ神……聖獣様……愚かな私を……どうかお許しください……」
うなだれたレミオは、衛兵たちに静かに連れられていく。
アントスは最後にアストへ向き直り、柔らかな笑みを浮かべた。
「では、私も失礼いたします。
聖獣様――またお目にかかれる日を楽しみにしております」
アストは返事をせず、ただその背を見つめていた。
アルフレッドがひと息つくと、まだ会場に残っている者がいたことを思い出す。
「……ファルステイン夫人。今日はアスト殿を讃える良き日、特別な日だ。
それに免じて此度の兼は不問にする。
ファルステイン家の罪も、大司教殿の言を元に再考しよう。今日はもう下がるがよい。
だが……その前に、顔を見て行きたい者がいるのではないかな?」
その言葉に、これまで頭を下げたままだった夫人がようやく顔を上げる。
「……アルフレッド王」
「衛兵、夫人をお連れしろ。“面会者”として丁重にな」
「……ありがとうございます」
再び頭を下げた夫人が、静かに退室していく。
扉が再び閉じられると、その場はようやく落ち着きを取り戻し始めた。
アルフレッドは深く息を吐く。
「……少々甘かったですな」
王がぽつりと呟くと、リンネが呆れたように口を開いた。
「まったくですね。
ファルステイン夫人の面会を許したことではありませんよ?
あの大司教の詭弁を、のうのうと受け入れたことです」
「詭弁……でしたかな?
魔神王への関与については、筋は通っていたように思えたが……」
一同も何がおかしかったのかと疑問を浮べていた。
「違います。“魔獣災害そのもの”に関してです。
魔獣被害が辺境に集中していたこと――アスト様が指摘していたでしょう?
あれは明らかに意図的です」
その言葉に、場の空気が変わる。
王は悔しげに眉を寄せた。
「……肝心な点を見落としていたな。
そもそも事態は魔神王の出現や、聖獣軍の乱以前から始まっていたのだ」
アストは首を振る。
「いえ。あの方の話し方はとても巧妙で、場を支配していました。
それに……何か、雰囲気がおかしかった気がします」
リュミナが勢いよく手を上げた。
「そう! あの人、魔素の感じが変だった!」
リンネが目を細める。
「魔素色覚を制御しなくても、姿がはっきり見えると言っていましたね。
つまり魔素の放射がない……魔力素子が存在しないのでしょうか?」
アストは静かに答える。
「仮に魔力素子がなくとも、通常の細胞からも少なからず代謝は発生します。
つまり私のように魔素を制御している可能性がありますね」
リュミナは首を傾げながら続ける。
「それもちょっと違う感じかな……。
アストは周りの空間との境がはっきりしてる感じだけど……
あの人の場合は、周りの色もよりはっきりしてるというか……。
上手く言えないんだけど、“濃く見える”感じ?」
「なるほど……代謝による放射がなく、更に周りの空間も鮮明に見える……。
そうなりますと、無意識下で魔素を吸収する体質である可能性が考えられます」
リンネが続ける。
「無意識での魔素吸収……そんなことあるのでしょうか?
確かめるなら、アスト様のサテライト・アイで――」
「どうでしょう、魔素色覚に反応する魔素とは性質が違うので吸収されない可能性もあります。
確実に調べるなら……直接触れてアナライザーで調査させて貰うのが一番ですが……」
三人が頭を抱え始める中、周囲の諸侯は完全に置いていかれていた。
アルフレッドが苦笑しながら口を開く。
「……失礼、アスト殿。我々はまだ魔素という力に疎い。
申し訳ないが、何の話かさっぱりでな……」
アストは姿勢を正し、穏やかに微笑んだ。
「そうですね。
少し慌ただしくなってしまいましたが――
よろしければ食事をしながら、魔素についてお話ししましょう」
こうして、王国の重鎮たちを前に、
アストによる“魔素講義”が始まった。
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