2章:幕間【結希乃とテップ1】
アストのマスター、香澄結希乃が迎え時を待つ高次元空間。
そこは以前にも増して、生活感のある空間になっていた。
少し前から置かれていたテレビに机、ソファ、ベッド、本棚……。
それに加えて、簡易的なキッチン、調理スペースが出来上がっている。
その一角では、メイド服を着た少女――“那琉”がフライパンを振るっていた。
少し離れた場所ではミラが相変わらず険しい顔で、
テップから預かった“光る玉”と向き合っている。
そして、本来はこの空間の居候であるはずの結希乃が、我が物顔でソファに寝転び漫画を読んでいる。
タイトルは有名な異世界転生作品だった。
机の上には作り掛けのプラモデルが散らばっている。
テップが机の端から覗き込むように顔を出す。
「それもタダじゃないんだから、無駄にしないであげてね~。
ミラが頑張って取り出したあのエネルギーから拝借して作ったんだから」
「えっ!?」
それを聞いたミラが顔を青くさせて振り返った。
結希乃は頭を掻きながら起き上がる。
「へぇ、物質も元を辿ればエネルギーが形を取ったものだとは言うけど、
あんた達ってそんなこともできるのね。
まぁソファとかベッドとか色々作って貰ってるし今更か」
テップは得意げに笑みを浮かべる。
「VIPを退屈させないための、こちらからの心配りだよ。
アストくんには世界を救ってもらっているからね~」
それを聞いた結希乃が質問を投げかける。
「そう言えば、あんたたちってなんで“今の時間”を選んでいるの?
高次元の存在って時間の跳躍とか、パラレルワールドとかも自由に行き来できたりとかしないの?」
テップはどう話したものかと考える。
「そうだねぇ、その質問に答える前に……
結希乃くんの好きな異世界転生作品を見ていて思ったことはないかい?
どうしてこんなに同じ世界があるのか、って」
「え? 基本的にどの作品も全然違うじゃない、世界観とか技術水準とか」
結希乃は両手にそれぞれ別の作品を掲げてみせる。
「僕たちから見たらその程度の差は誤差のレベルだよ。
そもそもこの無数の可能性がある世界において、宇宙があって、惑星があって、そこに生命が生まれる。
その上、君たちと同じような“ヒト”の形を持ってね。
こんな奇跡的な一致、結希乃くんの世界ですらほとんどないだろう?」
「そりゃ……生命の確認された惑星は今のところないって話ではあるけど……
現実と創作を比較しても仕方なくない?」
テップは苦笑を浮かべながら、話を続けた。
「メタなこと言うね……まぁ”創作”であるかはこの際問題ではないんだよ。
その上で、結希乃くんの世界とパルカ・アストリアの類似性についてどう考えるのかな?」
「それは~……
単にあんたたちがここに似た世界にいた私やアストを選んだってだけじゃない?
無数に世界があるってならそんなの一つや二つどころじゃないくらいあるでしょ」
「うん、それも良い解釈だね。でも事実はこうだ。
結希乃くんの世界も、パルカ・アストリアも、元は同じ世界なんだよ」
「は? 何言ってるのかしらこのナマモノは……。
魔素みたいな力もないし全く別の世界でしょ」
呆れたような表情を浮かべる結希乃。
テップが少し手を振ると、ミラが向き合っている球体から虹色の光が飛び出した。
ミラが慌てて手を伸ばすが、それが届くことはなく、
光はテーブルの上で透明な三角柱の形を取る。
「例えばこれ、プリズムというのは知ってるだろう?
ザックリ言うとこれみたいなものさ」
光を受けたそれは、机の上に虹色の光を生み出した。
「地球が青で、パルカが赤みたいな?」
「そうだね。厳密に言えばもっと近い、緑と黄色くらいだけど……。
ここで重要なのは、二つの世界は同じ情報から生まれた、別の像ってことさ」
「だからあんた達から見たら似たような世界になってるってこと?」
「そうそう、そしてさらに世界自体の情報の偏光……分岐をさせる概念があるんだけど、
分かりやすく言うと“極性フィルター”って感じかな?」
「フィルター?」
テップは頷いて、先ほど生み出したプリズムを光に戻してミラに返す。
「フィルターと言っても映画のフィルムみたいな1枚のセルというわけではないよ。
無数の世界、無数の時間、無数の可能性――数えきれないほどの像を生み出す、多層的な構造概念さ」
「じゃあ私たちの世界は映像に過ぎないってこと?」
「それはあくまで概念を分かりやすく言ってるだけで、そこまで単純な話でもないんだ。
逆に言えば無数の可能性世界もただの映像なんかじゃなく、
“干渉した時点”で確実にそこに“存在する”ことになる」
その時、結希乃は何かを察したようにテップに問いかける。
「ってことは、もしかしてあんた達が世界に直接降りて手を出さないってのは……
自分たちを低次元の世界に存在させないため?」
「そう、アストくんが転生したように、
低次元空間に干渉するためには、相互作用が可能な依り代が必要になる。
そして干渉した瞬間、無数の可能性……無数の僕が生まれる」
結希乃は無数のテップを思い浮かべたのか怪訝な表情を浮かべる。
「その無数の僕たちは、それぞれが多次元へ影響を及ぼせる。
そんな力を持った無数の僕たち全員が、”正しい判断”をしてくれるかなんて……
僕でも保証できないんだ」
テップは一瞬だけ、自嘲するように笑った。
自分自身ですら、自分を制御できない。
そんな皮肉を、彼自身もよく理解していた。
「だから僕たちができるのは、極性フィルターに干渉できる存在にお願いして、
世界の運命をちょっと補正して貰う、その程度なんだよ。
だから僕たちは、そこに触れられる存在を探す必要があるんだ」
「ふーん、あんたもただ見殺しにしてるんじゃなくて、仕方なく指をくわえて見てるってことなのね」
「トゲがあるなぁ……まぁ、ヒトデナシと思われるくらいならそれでも良いけどね。
それで、どうして“今の時間、今の世界を選んでいるか”って質問に戻るんだけど……
それは“ここ”が一番極性フィルターの影響が強いからだよ」
結希乃は首を傾げる。
「他の世界は弱いってこと?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。
世界の分岐って言うのは、簡単に言えばお昼に何を食べるかみたいなものだよ。
今日はAランチの気分だったけど、Bランチの献立を見てそれも良いなと思う、
その気持ちの強さ、揺らぎが、君たちが言うところの量子的な可能性分岐。
そしてその可能性は必ずしもフィフティーフィフティーではないだろう?」
テップは両手を左右に振りながら、身振りを手ぶりで説明をする。
「まぁ、そうねぇ。私は基本的に決めてたのを頼むけど、たまーに気が向くこともあるわね。
それがどっちもあり得ると言うこと?」
「そういうことだね。
結希乃くんがAランチと決めているなら、Aランチを注文する世界線になる可能性が高い。
そして影響が大きい地点っていうのは、より多くの可能性が集まっている分岐点ってことなんだ」
いまいち腑に落ちない感じの結希乃は、更に質問を重ねる。
「つまり、あの世界が滅ぶか、滅ばないかという分岐地点に対して、一番影響が大きいタイミング。
それが今だったということ?」
「大体そういうことになるね」
「なるほどねぇ、大体分かったけど……
今の話で思ったのは、無数のあんたが生まれる選択をしてくれなくて良かったってところかしらね。
那琉ちゃんだったらいくら居てくれてもいいけど!」
「そのまとめ方がつくづく結希乃くんらしいね……」
呆れるテップを尻目に、結希乃は立ち上がった。
「それにしてもご飯の話をしてたらお腹が空いたわね、
那琉ちゃんそろそろできた~?」
食事スペースに行くと、那琉は既に盛り付けを済ませていた。
内容は、焼き立てのフレンチトースト、野菜の添えられたポーチドエッグ、涼し気なヴィシソワーズ。
温かな紅茶もすでに準備されている。
「ごきげんな昼食ね! まぁここってそもそも昼なのか分かんないんだけど!
おーいミラ~! いつまでもそんなのと睨めっこしてないでこっちきなさい!
食べないと元気でないわよ!」
呼ばれたミラは作業の手を止め、結希乃たちの方にフラフラと向かっていく。
「僕たちは別に食べなくても問題ないんだけどねぇ。
まぁ“美味しい”って情報は面白いから、食べることは嫌いじゃないけどね」
テップも三人の輪に加わるべく、てくてくと歩いて行った。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第2章本編は終了となります。
このあと幕間を挟み、次章へと続きます。
引き続きよろしくお願いいたします。




