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2章:幕間

【幕間:結希乃とミラその2】



「プライマルナレッジィィィ!!!!!」



唐突な叫びが空間に響き渡り、ミラは驚いて茶箱を取り落としかけた。

視線を向けると、結希乃が両手で顔を覆い、俯いている。その隙間から覗く肌と耳は、見事なほど真っ赤だった。



「あの子……なんて名前を付けたの……」



震える結希乃に、ミラは恐る恐る声を掛ける。



「えっ……? とても良い響きかと思いましたが……プライマル・ナレッジ。言葉の意味も深くて……」



言いかけたミラの言葉を、再び結希乃の絶叫が遮った。



「ヤメテェェェ!!! それ以上言わないで!!!」



顔を上げて静止する結希乃。その表情には、羞恥と焦燥が入り混じった色が宿っていた。


しばらくして、彼女は息を整え、ぽつりと呟く。



「それはね……特定の年齢の、一部の子どもに訪れる“独特の感性”っていうか……。ちょっとしたこだわりを詰め込みたくなる時期ってものがあるのよ。でも、今となっては思い出すたびに、穴があったら入りたくなるほどの黒歴史なの……」



ミラは戸惑いながらも、静かに頷いた。

その言葉の裏にある、過去の自分への愛しさと恥ずかしさを感じ取ったからだ。



「今から十数年前のことでしょうか? その頃の記憶を、今でもアスト様は?」


「ログ、全部残してると思う。普段は出してこないけど、思い出したらあの子、きっと嬉しそうに引用するわ……」



結希乃は膝に肘をつき、思考をぐるぐると巡らせる。その姿は、過去と向き合う少女のようだった。



「……つまり今後も、似たようなネーミングやら感性が再登場する可能性があるわけで……」



再び頭を抱える結希乃に、ミラは苦笑しながらティーカップを差し出そうとする。

だが、結希乃がふいに視線を宙へ投げた。



「思ったんだけど、そもそも、テップがアストを呼ばなければこんなことになってないんじゃ?」



思わぬ問いに、ミラの手がぴたりと止まる。



「え……?」


「だって、すごい神様なんでしょ? そもそも自分で何とかできるんじゃない? わざわざアストを連れてくるくらいなら、自分で解決したほうが早かったんじゃないかって」



その口調には、混乱と苛立ちが混じっていた。


ミラは少し考え込み、静かに言葉を返す。



「それは……あの方の望まれるものが、“奇跡”だからです。人々が自らの力で立ち上がり、互いに支え合って未来を切り拓く……その姿を、何より大切にされているのです」



納得しきれない様子の結希乃は、不貞腐れたように言葉を零す。



「ふーん……でも、その“奇跡を見たい”って、つまり見守るだけってこと? すぐに助けられるのに、手を貸さないのって……見殺しに近くない?」



その言葉に、ミラはほんの少し俯いた。彼女の瞳には、迷いと責任の色が浮かんでいた。



「そう見えるかもしれません……けれど、あの方は、人の進化に直接介入してしまえば、それが停滞を生むと考えておられるのです。私に管理神の役割を委ねてくださっているのも、その思いの延長です。だからこそ……」



言葉が途切れ、ミラはティーカップに目を落とす。その沈黙には、重みがあった。



「申し訳ありません…!」



突然の謝罪に、今度は結希乃が狼狽する番だった。



「えぇ!?なんで急に謝るの!? いやいや、今のはただの責任転嫁っていうか! 別にミラのせいじゃ……!」



焦る結希乃を前に、ミラはぽつりぽつりと語り出す。



「いえ、私が悪いのです。アスト様がこの世界に呼ばれた原因、世界の荒廃が始まってから千と余年……あの方、テップ様はパルカ・アストリアをずっと気に掛けてくださっていました。なのに私は……」



ミラは俯きながら、言葉を選ぶように続けた。



「直接手をくだされずにいたのは、私の管理神としての立場を尊重してくださっているからだと思います。ですから、今回お越しになった時も“助けに来られた”のではなく……“そのお役目を降ろされるために来られたのでは”と……怖くて仕方がありませんでした」


「でも、アスト様を紹介していただいて、まだ私にこの世界を任せていただけるのだと分かった時……ただ、感謝するしかなくて……」



しんとする空気の中、結希乃は少しバツが悪そうに頭をかいた。



「てっきりミラは、テップって言う神様? のこと、苦手なのかと思ってたけど……」



ミラは首を横に振る。



「畏敬の念こそあれ、嫌うなどということはありません。……あの方は、私という意識体を拾い上げ、育ててくださった恩人なのです。けれど、今のアストリアを思えば……胸が痛くなることばかりです」



ふと、ミラの顔にほんのり青ざめた色が戻る。



「……最初の頃は、経験を積むようにと、様々な世界の問題を投げかけられたりもしましたが……」



結希乃はしばしの沈黙のあと、ふっと笑う。



「つまりそれが、ミラにとっての“プライマル・ナレッジ”。あまり思い出したくない過去ってことよ」



ぱん、と両手を合わせて、結希乃は空間を見上げる。



「でも……私も何だかんだ助けられてるし、悪く言うのは罰当たりってことで。神様、テップ様、ありがとう~」



ミラはそれを見て、口元に笑みを取り戻す。

結希乃の無邪気さと、アストの歩みを思えば、言葉にならない安堵が、胸いっぱいに広がっていった。

お読みいただきありがとうございます。

これにて第2章は終了となります。

次章も引き続きよろしくお願いいたします

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