3章:観測と邂逅①
【1節.宇宙の目】
人々の声から離れるように森の奥へ足を運んだアストは、大きな木の根に腰を下ろし、ひとまず落ち着いた。
腕を組み、今後の方針をどうすべきか思案する。
「まず当初の方針通り、人との接触は避けるべきでしょう。先ほどの音を聞きつけて、彼らも確認しに来たのだと考えられます」
森に響き渡るほどの音を立てた謎の獣。警戒されるのも当然だ。
「とはいえ、世界の状況を知るには人々の生活から情報を得る必要があります。しかし、無暗に村や町を歩けば、姿を見られるのも時間の問題……。GPSや衛星画像のように現在地と周囲の情報を確認できればいいのですが」
思考の隙間に、わずかな後悔が顔を覗かせる。
「マスターと見ていた作品では、そのような能力を持つスキルや魔法がありましたが……。ミラ様に周囲探知の能力もお願いしておくべきでした」
今さら悔やんでも仕方がない。だが、何か手を打たなければ動きようがない。
「そういえば、魔素には様々な情報が記録されていました。魔素をソナーのように飛ばし、反射して戻ってきた情報から周囲を把握することは……可能でしょうか?」
試してみる価値はある。アストは立ち上がり、少し開けた場所で魔力素子に意識を集中させた。
「周囲に広げるように、波長を持たせる感じで……」
尻尾の毛が逆立ったかと思うと、アストの魔力が一気に放たれた。
「っ……これは……!」
反射して戻ってきた魔素が膨大な情報を叩き込んでくる。突然の頭痛に頭を抱え、膝をついた。
「これは少し……不味いかもしれません」
咄嗟に“CRYSTAL”へ接続し、情報処理を分担させる。
すると、頭痛は徐々に和らいでいった。
「先ほどの負荷は、スーパーコンピュータの処理を生身で負担した痛み……でしょうか。しかし、想定以上の情報を得られそうですね」
だが、“CRYSTAL”を通じて“プライマル・ナレッジ”に書き込まれていく情報量を見て、一抹の不安がよぎる。
「マスター曰く『情報こそパワー!』。まさしく値千金の能力ですが……仕入れた情報は自分で分析しなければなりません。この量は私でも骨が折れそうです。まるで……」
ふと、結希乃の言葉を思い出す。
『へぇ、数年前に撮られた衛星画像から新たな発見だって。人工衛星が自動で撮ってるだけだから、実際に何が映ってるかは人が確認するまで知られてないものも結構あるものなのね~』
膨大な情報を得られる反面、分析は自分で行う必要がある――まさに衛星画像のような能力。
「さしずめ、『サテライト・アイ』といったところでしょうか」
名前を付けることに少し楽しさを覚え、アストは僅かに微笑む。
“プライマル・ナレッジ”への書き込みが終わると、本格的な分析に入った。
「有効距離は半径約4.2km。磁気情報から暫定的に方位を決定。
反射波形を既知の情報と照会……各情報をマッピング……地形、生体反応、資源、魔素密度……。
謎の空白地点は要検証。先ほどの場所に多数の生体反応……人が集まり始めているようですね。
北に2kmほど離れた地点にも多数の反応。規模からして村でしょうか?
……北東にも反応あり。これは森の奥の方ですね。
人と同等サイズの生体反応……それを囲むように、やや小さな反応が多数。大型の個体を中心とした動物の群れでしょうか?」
計測範囲内で人より大きな生体反応は樹木程度。だが、数値情報だけでは確定できない。
「どの反応が何を示しているのか、把握する必要がありますね」
アストは各反応を分類し、鉱物などの静的な反応を除外する。
「『プライマル・ナレッジ』にナビゲート機能を記述。『サテライト・アイ』で得た情報と連動させて……」
最も近い生体反応を目標に設定する。
「まずは北東に行きましょう」
これまで鳥や虫などは確認できたが、四足の獣はまだ見ていない。
「哺乳類などの獣が、私とどの程度異なるのか。確認しておきたいですね」
未知の動物たちへの好奇心が、アストの行動をさらに強く後押ししていた。
【2節.リンネ・トゥリシュナー】
森の中を必死に駆け続ける――どうしてこんなことになったのか。
思えば、密航に使った船が難破した時点で運の尽きだったのかもしれない。
「っ……!はっ……はっ……!」
船員に見つかるのを恐れ、彼らが積み荷の確認をしている隙に森へ逃げ込んだ。
その結果、今は獣たちに追われている。
しかし、並の人間が四足の獣から逃げ切れるはずもなかった。
「ひっ……こっちに来ないで!」
体力の限界を迎え、巨木を背に形見の白杖を振って威嚇する。
だが、震える腕では獣たちの包囲を止められない。
「きゃあ!」
死角から飛びかかってきた獣を反射的に杖で受け止める。
鋭い牙と爪は辛うじて防げたが、衝撃で杖は弾かれ、手元から離れた。
同時にローブが裂け、フードが滑り落ち、背中から地面へ倒れ込む。
恐怖に支配された手足は震え、立ち上がる力もない。
目の前の獣が姿勢を低くし、飛び掛かろうと足に力を込める――
それはまるでスロー映像のようで、ただ茫然と見つめることしかできなかった。
「っ……!」
目を瞑りかけた瞬間、陽光を受けて二色の光が輝いた。
それは稲妻のように降り立ち、襲いかかる獣を一瞬で叩き伏せた。
突如現れた存在に獣たちは臨戦態勢を取るが、閃光を捉えることは叶わない。
瞬く間に周囲の獣がなぎ倒されていく。
絶望に染まった意識の中、その姿はあまりに鮮烈だった。
何が起きているのか分からず、ただその光景を見守るしかなかった。
やがて獣をすべて倒し終えたその存在が、静かに立ち止まる。
ようやく姿を捉えることができた。
森で見かけた動物に似ていたが、陽光を受けて輝く毛並みはそれとは違い、どこか神聖な気配を纏っていた。
彼はじっとこちらを見つめると、ゆっくりと歩み寄ってくる。
人を襲う獣を一瞬で退けた存在――それなのに、不思議と恐怖は感じなかった。
触れられるほどの距離まで来ると、彼はローブにそっと手を当て、目を閉じる。
ローブがふわりと光を放ち、裂け目も汚れも、旅の痕跡すら消えていた。
一通り状態を確認したらしい彼は、ある方角を指さす。
「あちらに進めば村があります。今から向かえば、途中で動物に襲われることはないでしょう」
その言葉に、私は思わず目を見開いた。
「美しい……青い毛並みの……話す獣……」
あまりに突然の出来事に、絞り出せた言葉はそれだけだった。
彼は安堵したように微笑み、近くの木の枝に飛び乗る。
「彼らは気絶させただけなので、しばらくしたら目を覚ますでしょう。急いだ方が良いですよ」
おそらく、私を襲っていた獣たちのことだろう。
周囲を見渡した瞬間、頭上からガサガサと音がした。
「あっ……!」
慌てて視線を戻すが、そこに彼の姿はもうなかった。
「名前を聞くことも、お礼も言えなかった…」
後悔にうつむきかけるが、彼の言葉を思い出す。
このまま留まっていたら、再び獣に襲われるかもしれない。
恐怖に支配されていた手足の震えはいつの間にか止まっていた。
力を入れると軽やかに立ち上がることができた。
「また、会えると良いな……」
ぽつりと呟きながら、彼の指し示した方へと歩みを進める。
脳裏に焼き付いたあの姿を思い浮かべると、胸の奥に久しく忘れていた温もりが灯るのを感じた。
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次話も引き続きよろしくお願いいたします。




