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3章:観測と邂逅②

【3節.アンスビー】


ガンッ!


洞窟内にツルハシの音が響く。



「ちっ、クソついてねぇ……」



カランとツルハシを落とし、アンスビーは悪態をついた。

幾度も振り下ろしたせいで手は痺れ、よろよろと壁際に下がる。


背を預け、片膝を立てて腰を落とすと、脇に置いたランタンの火を確認した。



「燃料も、あと少しか……」



これが尽きれば、周囲は完全な暗闇に包まれる。

少しでも長持ちさせようと、灯りを絞った。



「どうしたもんかね……」



天井を見上げながら、これまでの経緯を振り返る。



「珍しい鉱石があるって話に釣られて来たが……実家を捨てて飛び出したツケが回ってきたってやつか」



確かに、この山には見たことのない鉱石が多かった。

最初は喜び勇んで掘り進んでいた。


だが数時間前、突然地響きが鳴り響いた。


慌てて振り返るも、入り口は落石で塞がれ、一筋の光も差し込まない。



「崩落で押し潰されなかっただけマシってもんだろうが……これじゃ、そのうち息ができなくなっちまう」



実際、呼吸はすでに苦しくなり始めていた。

意識が遠のくのも時間の問題だ。



「あ~あ、何とかなんねぇのかよ。神様よぉ」



天を仰ぎ、目を閉じる。

普段は信じてもいない神に祈る自分が、少し滑稽だった。




――どれほどの時間が経っただろうか。


ランタンの火は消え、浅い呼吸を繰り返すばかり。

朦朧とした意識の中、洞窟内がかすかに振動していることに気付く。

周囲の小石がカラカラと跳ねた。


次に大きな揺れが起きれば、ここも崩れるかも知れない。

終わりを覚悟し、残った力で目を開ける。


入口の隙間から、一筋の光が差し込んでいた。



『助かる……!』



その一念で頭が満たされ、目を見開く。


だが、新鮮な空気を吸い込むにつれ、疑問が湧いた。



「……なんで、光が?」



ガラリと大きな岩が崩れ落ち、外の光が一気に差し込む。

暗闇に慣れた目には眩しすぎて、思わず手をかざした。


薄く目を開けると、入口に小さな影がひょっこりと顔を出していた。



「……神様の使いか?」



突拍子もない言葉が漏れる。

しかし、あれだけの落石を退かせる力を持つ存在など、並ではない。


徐々に目が慣れてくると、影の正体が見えて来た。


小さな耳、大きな尻尾。

深い紺色の輪郭、逆光でも際立つ白のコントラスト。


最初は人かと思ったが、それは人の頭ほどの獣だった。


この世の神秘を詰め込んだような美しさに、アンスビーは時間を忘れて見惚れた。


獣はしばらく鼻をピクピク動かし、こちらを窺っていた。

しかし不意に左を向き、チラリと一瞥すると、素早くどこかへ去ってしまった。



「……見つけたかもしれねぇ」



呆けたまま座り込んでいたが、胸の奥にこれまでなかった感覚が芽生え、思わずニヤリと笑みがこぼれる。



「よっ、と……」



体力が戻ってきたところで、採集した鉱石を詰めたリュックを背負う。

落ちていたツルハシを拾い、杖代わりにして入口に向かった。


洞窟を抜け、周囲を確認する。

助けてくれた存在は影も形もない。


だが山の方を振り返った瞬間、その光景に目を見開いた。



「やはり、ただ者じゃねぇな……あの御仁は」



洞窟の入り口は、まるでゲートのように固められていた。

落石を建材として組み直したのだろう。


先ほど芽生えた思いは、間違いではなかったと確信する。



「決めたぜ。武具、装飾、工芸品、何でも構わねぇ。あの御仁の存在感に少しでも近づける物を、俺を作る」



これまで燻っていた心が、ピタリと定まり、喜びに震える。



「そうと決まれば、腰を据える工房を見つけねぇとな」



カラカラと笑いながら地図を広げ、近くにある村の方角を確認する。


そして、これから己の進むべき道を一歩一歩確かめるように、ノシノシと歩みを始めたのだった。




【4節.パシロッテ・エルミナーズ】


エルミナーズ家は王国随一の大商会であり、各領地から貢納金や物資の輸送も請け負っていた。


その年、パシロッテは初めてキャラバンの頭領を任された。


担当区域はウィンター・ホルン地方。

森と山岳に守られ、平和な土地とされている。


その日、彼女の一団は貢納品を受け取り、王都へ向かっていた。



「せっかくならサマー・リーフに行きたかったわ。なのにウィンター・ホルンだなんて、おままごとも良いところだわ」



荷車の中で携帯食をつまみながら、ふてくされた声を漏らす。



「あなたも私に付き合わされて大変ね? シーディ」



馬車を操る初老の男性が穏やかに返す。



「港の貢納品は輸入物も多く、価値の確認や交渉を商会が代行することになっております。お嬢様にはまだ早いと判断されたのでしょう。ここらの品なら、数さえ揃っていれば十分ですからな」



ムスッと顔を向けると、シーディは苦笑しながら続けた。



「失礼。お嬢様は、エルミナーズ商会のキャラバンを率いる立派な頭領様でしたな」



幼い頃から世話になっている彼にそう言われては、返す言葉もない。



「いいわ。あなたにとって私は、いつまで経ってもエルミナーズのお嬢様なのだから」



荷馬車の前に出て、シーディの隣に腰を下ろす。



「何か……物語みたいな出会いでもないものかしらね……」



ポケットから虹色の石を取り出し、陽にかざす。

隣でシーディが微笑ましげに見ているのが、少しむず痒かった。


ぼんやり空を眺めていると、ふいに大きな影が過ぎる。


なんだろうと思ったのも束の間、後方から叫び声と衝撃音が響いた。


馬車を止めさせ、御者台から身を乗り出す。

隊列中央の一台が横転しているのが見えた。



「何が起きたの!?」



確認に向かおうとするが、シーディに腕を掴まれ振り返る。



「ここは護衛の方々にお任せを!」



再び馬車の方を見ると、騎馬隊と兵士が横転した荷車を囲んでいた。


幌で隠れており良く見えないが、布の隙間から黒い体が見え隠れしていた。



「これほど大きな獣、この地域にいたか?」



兵士の一人が呟いた直後、幌がバサリと剥がれ落ちる。


中から禍々しい紫黒色の羽を持つ巨大な怪鳥が姿を現した。


その嘴には、大きな結晶のようなものを咥えていた。



「あれはっ……!?」



私が持っていた石と、そっくりの輝きを放っていた。



「同道している学者から買い取ったものです! 珍しい鉱石でしたので、旦那様へのお土産にと……!」



後方を確認していたシーディが説明する。



「私の知らない間にそんなものを……。まぁいいわ、あの鳥の目的があれなら、これで立ち去って――」



しかし、淡い期待は怪鳥が放った風圧と共に吹き飛ばされた。



「なんでぇ~!?」



馬車にしがみついて耐える。

シーディは御者台にうずくまりながらも、手綱を握り叫んだ。



「馬車を出します! 逃げましょう! お嬢様!!」


「でも、荷物が!」



一瞬の迷いが命取りになる。


商売においてもそれは同じだと分かっているはずだった。

しかし、初めて任された仕事という重圧が判断を鈍らせた。


怪鳥は道を塞ぐように馬車の前に降り立ち、翼を羽ばたかせながら迫ってくる。



「っ……!」



怯えた馬が暴れ、馬車は動かせない。


無駄だと分かっていても御者台の影に身を隠し、恐怖から逃れるように目を瞑った。


だが、その瞬間は訪れることはなかった。


恐る恐る目を開けると、黄金色のベールが怪鳥の侵入を阻んでいた。


爪や翼の攻撃を受けるたび、ベールはぐにゃりと形を変えるが、突き抜けることなくしっかりと受け止めている。


怪鳥は攻撃を繰り返すが、やがて動きを止め、思案するような仕草を見せた。


ゆっくりと嘴を押し付けると、これまで猛攻を防いでいたベールを徐々に通り抜け始める。



「ダメ……!」



そう思った瞬間、鋭い閃光が怪鳥の側面に衝突した。


木々をなぎ倒しながら、怪鳥は吹き飛ばされていく。


あまりの出来事に頭が追いつかない。

だが、その“何か”はすたりと馬車の前に降り立った。


それは、紺と白の毛並みを持つ、一匹の獣だった。


御者台から顔を覗かせていた私を一瞥すると、再び閃光となって怪鳥が飛ばされた方へ走り去る。



「今のは何……? シーディ! あなたは見た!?」



恐怖は吹き飛び、胸が高鳴る。



「そんな場合じゃありません! 早く逃げますよ! 皆の者! 無事な馬車に荷を積み直すんだ!」



指示を始めるシーディを見て、自分の立場を思い出す。


 

「無事な馬車と馬を確認して!袋物は壊れた馬車を引いていた馬に背負わせて! 空いた場所に箱や樽を積み直しなさい! ケガ人は手当を、こちらの馬車に!」



テキパキと命令を出しながらも、心の中では先ほどの出会いに胸を弾ませていた。


そして、商人の感がある事実を告げていた。



「謎の鳥も、あの綺麗な子も、虹色の鉱石が目的だったに違いないわ。この旅が終わったら出所を確認しなくちゃ!」



誰から入手したのか、シーディに問い詰めなければ。被害にあった荷物や鉱石の損失分も。


この後、少々頭の痛い問題が控えているとは、指示を続ける彼は知る由もなかった。


パシロッテが指示を出しながらシーディの方へ目を向けると、背後には数人の商人や従者たちが呆然と立ち尽くしていた。


怪鳥の襲撃に足が竦んでしまったのか、荷物にも馬にも手を伸ばせず、ただその場に立ちすくんでいる。


その中に、獣たちが消え去った方をひときわ静かに見つめ続ける青年の姿があった。


彼は何かを言うこともなく、ただじっとその方向を見つめていた。


まるで、今この瞬間に何かが始まったかのように。



隊列を整えたキャラバンが進む中、パシロッテはふとポケットの中の虹色の石に手を伸ばす。


握りしめたそれは、先ほどまではただ綺麗なだけの石だったはずなのに、今は何か別の意味を帯びているように思えた。



「物語みたいな出会い……本当に、あるかもしれないわね」



小さく呟いたその言葉は、誰にも聞かれることなく、荷車の揺れに紛れて消えていった。

お読みいただきありがとうございます。

次話も引き続きよろしくお願いいたします。

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