2章:4節【胡乱な訪問者】
突然の来訪者に、会場がざわめきに包まれた。
扉を押し開けた青年は、ゆっくりと歩みを進めながら、
会場中央の専用席に座るアストをまっすぐに見据えていた。
アストは、その視線にわずかな引っかかりを覚える。
(……あの方は)
しばし見つめ合う二人。
しかし、その沈黙を王が断ち切った。
「許可を得た者の出入りは自由としているが……
そのように大きな音を立てて扉を開き、誰にも挨拶することなく進んでくるとは。
少し礼儀に欠けるのではないか?」
青年はすぐに深々と頭を下げた。
「失礼いたしました。
少々、気分が高揚してしまい……非礼をお詫びいたします」
頭を下げたまま、静かに続ける。
「よろしければ、自己紹介のご許可を」
「……よい。名乗れ」
アルフレッドが頷くと、青年は顔を上げ、
今度は儀礼に則った所作で挨拶をした。
「私、アントス・ヴァリカ・ラグナーダと申します。
エーテ・ミラ神を奉る教団において、“大司教”を務めております」
その肩書に、場の空気が一変した。
「大司教……? あの若さでか?」
「枢機卿の一つ下……教団の実務を担う最高位だぞ」
「そんな人物が、なぜこの場に……?」
一方で、女性陣からは別の囁きが漏れる。
「なんて凛々しい眼差し……」
「あの優雅な所作……貴族の出かしら?」
「不思議な魅力を感じます……」
リンネはパンを口に運びながら、涼しい顔で言った。
「そうでしょうか? 顔は悪くないかもしれませんが……そこまで賞賛するほどでは――」
そこまで言って、隣のリュミナがぽかんと口を開けているのに気づく。
「リュミナ? まさかあなたまで――」
「すごい……あの人、魔素色覚を抑えなくてもはっきり見える……
というか、アストとはまた違って……“見え過ぎる”?」
「え? それはどういう――」
リンネが眉を寄せたところで、王がアントスへ問いかける。
「大司教殿であるか。
しかし、そなたに来訪の許可は出した覚えはない。
誰の了解を得て、この場に来た?」
「……申し訳ありません、アルフレッド王。
私の紹介ということで、お連れしました」
声の主は、アントスの後ろから現れた妙齢の女性だった。
「そなたは……ファルステイン夫人か」
夫人は縮こまるように頭を下げる。
アルフレッドの声は厳しかった。
「確かに、そなたの来訪は禁止してはいない。
ローデリクとの関係を断つことで、ファルステイン家の罪は免罪とした。
しかし、このような真似をするとは……聖獣殿のご配慮を無下にするつもりか?」
夫人は震えるばかりで、声を発せない。
アントスが一歩前に出て、穏やかに口を開いた。
「失礼ながら、アルフレッド王。
無理を言ってお願いをしたのは私です」
「どういうことだ?」
アルフレッドの鋭い視線を受けても、アントスは微笑みを崩さない。
「此度の騒乱――
我らエーテ・ミラ神教の関与が疑われることは、
聡明な国王、そして聖獣様であれば既に見通されていることでしょう」
ざわめきが再び広がる。
「その由、我らが教団の不始末。
弁解と謝罪の機会を賜りたく、参上いたしました」
王の声が低く響く。
「つまり、反乱に教団の者が関与した事実は否定しない……
そういうことだな?
この場でそれを宣言する意味、分かっているのだろうな?」
「もちろんでございます」
アントスは一礼し、続けた。
「ですが、行動を起こしたのはごく一部の者。
ほとんどの信徒は全くの無関係でございます。
そして――此度の件の“首謀者”を連れて参りました。
その処分を、王国のご判断に委ねたく存じます。
どうか、この場にお連れするご許可を」
「……許そう。連れて参れ」
アントスが合図を送ると、
教団の礼服を纏った二人の人物が進み出た。
彼らは深くフードを被っており、表情は見えない。
二人に付き添われるように、手枷を付けられた初老の男が、
うつむいたままゆっくりと歩み出る。
アントスの後ろまで来ると、男は両膝をつき、頭を垂れた。
二人の教団員も片膝をついて控える。
「この人物は、教団において司教の地位にあった者。
名はレミオ・サン=ヴァルといいます」
王が問う。
「貴様がローデリク・ファルステインに聖獣軍を起こさせ、
巨大魔獣発生の原因となった結晶を持ち込ませた主犯ということか?」
レミオは答えず、ただ震えていた。
アントスが静かに語り始める。
「実のところ――
大きな誤解の連鎖が、此度の事件を引き起こしたのです」
会場が息を呑む。
「レミオ殿は非常に信仰心の厚い人物。
ゆえに、一年前から囁かれ始めた“聖獣の存在”に疑念を抱いてしまったのです」
アルフレッドは疑問を浮かべる。
「何故だ?
エーテ・ミラ神の御使いであるという解釈もできよう」
「お言葉ですが王よ、それは“好意的な解釈”に過ぎません。
もし本当に我らがエーテ・ミラ神の御使いであるならば――
なぜ教団本部に降臨されなかったのか。
なぜ今に至るまで、そのお姿を拝し、お言葉を賜れぬのか。
信徒としては疑問に思う者が出るのも、致し方ないことでしょう」
その詭弁に、アルフレッドは眉をひそめた。
「だが、それが騒乱を起こす理由にはならん」
「はい。もちろん彼も“そのつもり”ではありませんでした。
彼はあくまで、聖獣という存在の真偽を確かめる――
その考えのもと動いていたのです」
「回りくどい言い方はよせ、事実だけを述べよ」
アントスは一瞬だけ目を細め、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「失礼いたしました。
では――すべてをお話ししましょう」
青年は静かに息を吸い、
教団の裏で何が起きていたのかを語り始めた。
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