2章:3節【四大領主】
一刻ほど経った頃。
アストたちは王宮の会食場へと案内されていた。
式典用の装飾は外され、アストとノヴィアはいつもの姿に戻っている。
リンネとリュミナも動きやすい服装へ着替え、
場の空気は式典の緊張から一転して柔らかいものになっていた。
テーブルには色とりどりの料理が並び、香りが会場を満たしている。
「さて、せっかくですから美味しいものをいただきましょうか。
王宮の料理は中々のものですが、式典の料理はまた違った趣がありますね」
リンネが早速物色を始めると、リュミナは椅子に座り込んで呆れたように言った。
「よく食べる気になれるね……私はさっきの式典でお腹いっぱいだよ……」
「リュミナ、何か食べてた?」
「言葉の綾というものです。人は極度の緊張に陥ると、食欲がなくなることがあるのです」
「ふーん」
アストとノヴィアは専用の小さな椅子に座り、カリカリと木の実を齧っている。
その光景に、リュミナは少し癒されたように微笑んだ。
そんな中、アルフレッドが歩み寄ってくる。
「アスト殿、食事は楽しんでおられるかな?」
「はい。この木の実はとても品質が良いですね。いつもいただいているものともまた違った風味です」
「それは良かった。時に食事中のところすまぬが少々よろしいか?
紹介したい者たちがおりましてな」
「はい、構いません」
王が身を引くと、その後ろには式典で顔を合わせた四大地方の統括領主たちが控えていた。
「まずはサマー・メーア地方を治める統括領主、アレクシス・サマー。
そして妻であり、私の妹でもあるルリシー・サマー・シーズンだ」
二人は優雅に進み出る。
「聖獣アスト・ロカス殿。お目にかかれて光栄です。
アレクシス・サマーと申します。どうかアレクシスと」
「ルリシー・サマー・シーズンです。私のことはルリシーとお呼びくださいませ」
アルフレッドが言葉を添える。
「二人の間には双子の兄妹がいるのだが、学院での勉学を優先させたいとのことでな。
すまないが式典への参列は叶わなかった。
私としてはあの子らにもアスト殿を紹介したかったのだが……」
「いえ、謝罪には及びません。
式典という場も得難い経験になるとは思いますが……
マスターも“学生の時間は貴重”と言っていました」
「あら、アスト様のマスター様は兄上とは違って理解のある方のようですわね」
「むぅ……そういうものですかな……」
ルリシーが得意げに笑うが、アレクシスは冷や汗を浮べている。
その時、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「すまんな、エリオット。
次はスプリング地方を治める統括領主――いや、今は“元”統括領主か。
エリオット・スプリングと、ヘレナ・スプリング夫人だ」
「どうも、聖獣殿。エリオット・スプリングです。
今は息子に家督を譲りましてな、仕事を丸投げして自由にさせてもらっております」
「ヘレナ・スプリングと申します。
アスト様のことはよく聞いておりますわ。とても聡明で可愛らしいお方だと」
「ご丁寧にありがとうございます。……私のこと、というのは?」
「マルヴェラさんが話していらしたの、とても仲良くさせていただいているんですよ」
「なるほど……エルミナーズ商会の拠点があるのはスプリング・フルスでしたね」
アルフレッドが笑う。
「スプリング・フルスはゼフィレイア王国における経済の中心です。
それゆえエリオットは経済界にも顔が広い。
アスト殿が必要とするならこき使ってやって欲しい」
「ふむ、確かに王宮に引きこもっているアルフよりは、聖獣殿のお役に立てるかもしれませんな」
その言葉を皮切りに、睨み合った二人が声を荒げる。
「なんだとオットー! いくつになっても口が減らん奴め!
今でも下町を歩き回っているという噂を聞くが、そろそろ落ち着きを持ったらどうだ!」
「ふん! 腰を落ち着けて情報が集まるなら楽なことはないわ!」
「息子に家督を譲ったのも、本音は執務室にいるのが堪えられなかったからだろう!」
「ワシはいつでも現場主義、書類仕事などしゃらくさいわ!」
突然始まった喧嘩にアストは呆然とする。
ヘレナが身を屈めてそっと耳打ちした。
「この二人は学院時代からの付き合いなのです。気にしないでくださいまし」
「なるほど……気の置けぬ間柄、というものですね」
いがみ合う二人を落ち着かせるように、王妃イリーサが促す。
「あなた、そろそろお姉さまたちを……」
「く、あとで覚えておけよ!」
アルフレッドに対して舌を出すエリオット。
アストはエルバートとはまた違った意味で、油断のできぬ好々爺であると感じた。
咳払いをして落ち着きを取り戻したアルフレッドは、最後の紹介へ移る。
「こちらがオータム・ヴァルド地方を治める統括領主、
グレゴリー・オータム、ベラ・オータムです。
そして息女のフィオナ・オータム、リリシアとも仲良くしてくれています」
紹介を受けた三人は、アストの前に歩み出る。
「グレゴリー・オータムと申します。どうかグレゴリーと」
「ベラ・オータムです。私のことはベラとお呼び下さい」
「ご丁寧にありがとうございます。
……つかぬことをお聞きしますが、イリーサ王妃とベラ様はもしや……?」
「お気づきになりましたか。イリーサとベラは姉妹でしてな。
年や立場こそ私の方が上ではあるが……オータム夫妻は関係上、私の兄上と姉上にあたる方です」
「やはり……お二人ともよく似ていらっしゃいます。見目の麗しさも負けず劣らずですね」
アストの言葉に、アルフレッドとグレゴリーが同時に詰め寄る。
「「でしょう!」」
それぞれの夫人に引っ張られ、二人はアストから引きはがされた。
その時、小さな声が漏れる。
「パパ……?」
「おっと、すまないフィオナ。さあ、アスト様にご挨拶を」
グレゴリーが少女を抱き上げる。
「初めまして……フィオナ・オータムです。フィオナと、お呼びください……」
「ご丁寧にありがとうございます。フィオナ様。私のことはアストとお呼びください」
「……っ」
フィオナは照れたように父の胸に顔をうずめた。
「申し訳ない、アスト殿。どうにも人見知りでしてな」
「いえ、とても上手にできていましたよ」
「ほら、アスト殿が褒めてくださったぞ!」
フィオナはおずおずと顔を上げる。
「……できてた?」
「ええ、とても立派でした」
その言葉に、フィオナはぱっと笑顔を咲かせる。
その時、これまで静かに木の実を食べていたノヴィアが口を開いた。
「アスト、お腹いっぱい。ここ飽きた」
「では、フィオナ様と一緒にリリシア様のところに行ってはどうでしょう。
フィオナ様、ノヴィアをお願いできますか?」
ノヴィアが飛び出すと、フィオナは優しく抱きとめた。
二人はベラと共に王女たちの元へ向かい、すぐに仲良く話し始める。
アストはその様子を見て呟いた。
「フィオナ様とリリシア様は同じくらいの年頃でしょうか……奥方様にとても似ていらっしゃいますね」
その瞬間、アルフレッドとグレゴリーが再び詰め寄る。
「「でしょう!!」」
そこから始まる二人の妻子自慢に、アストが引き気味に応対していると――
会場の扉が、突如として開かれた。
人々の視線が一斉に向く。
差し込む光の中から現れたのは――
神官のような礼服を纏った、一人の青年。
その姿が現れた瞬間、
会場の空気が、わずかに――しかし確かに揺らいだ。
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