2章:1節【華やかな舞台】
開かれた扉の向こう側。
玉座の間には、これまでにないほど多くの人々がアストたちの登場を待っていた。
以前の緊迫した空気とは違い、王国の危機を乗り越えた安堵と、
功労者を称えようとする温かな雰囲気が満ちている。
リンネはいつもの様に涼しい顔を保っていたが、リュミナは圧倒されたように息を呑んだ。
「聖獣アスト・ロカス殿、ノヴィアーナ・セレイア殿、
リンネ・トゥリシュナー殿、リュミナ・バルクス殿、前へ」
呼び声に従い、アストたちは粛々と王の前へ進み出る。
参列者の中ほどには、戦争前の謁見で見た顔ぶれも多い。
王都内で立場を確立した中央貴族、権力者たちだろう。
対して手前並ぶのは、初めて見る者たち――おそらく王都近郊の貴族、地方諸侯。
その間を進む中、荘厳な雰囲気の裏で、わずかに聞こえてくる囁き声があった。
「美しい……あれが“女神”と噂されるリンネ殿か」
「この後に会食の時間はあるのか? 長男を紹介したいものだ」
「やめておいた方が良いですよ。どうやら第一王子が気に入られているとか……」
「まことか? それは分が悪いな……」
「もう一人の少女は? まだ幼さが残るが、あれもまた……」
「バルクス? グラナテイルの都市庁補佐もそのような姓だったような……。
庶民の出でその地位に上り詰めると言うことで一時話題になったな」
「血咳症を収めたのは女神殿だけでなく、あの少女が協力していたとか。
今回の式典には、その功績も含まれているということか」
「庶民の娘か……だがこれを機に立場は変わる。機会があれば三男あたりを……」
下世話な会話に、アストは内心でため息をつく。
だが視線を巡らせると、クロウフォード家の面々――
エヴァ、マルコム、セリーヌ、エルバートの姿が見えた。
(中ほどが中央貴族……手前に行くほど衣装の質が落ちていく。地方貴族、諸侯の方たち……)
(立ち位置が格を示すのであれば――)
エヴァたちのさらに奥へ視線を向ける。
そこには気品ある妙齢の男女、対面には穏やかな紳士と夫人。
少し手前には屈強な肉体を持つ男性と、王妃イリーサの面影を宿す女性、
そしてリリシアと同じくらいの少女。
(……四大地方の統括領主。千年前、神王ヴィクトリアスと共に国を開いた家系。
ウィンター家とは異なり、今も貴族として続く血筋……。
それぞれ別の視点での情報が得られるはず。いずれ訪問の機会を得たいところですが……)
思考を巡らせているうちに、アストたちは定められた位置へと進み出ていた。
リンネとリュミナが膝をつく、アストもリンネの腕の中で静かに頭を下げた。
アルフレッド王が立ち上がり、場に響く声で宣言した。
「――よくぞ参られた。
聖獣アスト・ロカス殿、そしてその従者たちよ。
此度の叙勲式は、王国を救った英雄たちへ、
ゼフィレイア王家より正式な感謝を示す場である」
会場の空気が引き締まり、ざわめきが静まる。
王はゆっくりとアストへ視線を向けた。
「アスト殿をこちらへ」
促されたリンネは、王の前に設えられた台座へアストを乗せ、
リュミナの横へ戻る。
アストは王と真正面から向き合った。
「アスト殿。
そなたは此度の反乱を血を流さずに鎮め、
さらに魔神王なる巨大魔獣を討ち果たした。
その偉業は、王国千年の歴史においても比肩するものがない」
一呼吸置いたアルフレッド王は、その場の人々に宣言するように言った。
「よってここに、ゼフィレイア王国は聖獣アスト・ロカス殿へ――
ゼフィレイア大金貨一千枚の授与を決定する」
会場がどよめく。
王はざわめきを制するように、言葉を続けた。
「ただし、アスト殿の要請により、この褒賞金は“必要に応じて支払われる形”とする。
そなたが望む時、望む分だけ、王国はその責務を果たす」
アストは静かに頷いた。
「また、そなたに侯爵位を授ける。
領地として――アスフェル荒原一帯、その開拓権を与える」
会場の空気が一変した。
「侯爵……!?」
「聖獣殿が領地を……?」
「あの荒野でいったい何をなさるおつもりか……?」
ざわめきが広がる中、王は手を上げて静めた。
「アスフェル荒原は、これまで不毛の地とされてきた。
だが、そなたの手であれば――
あの地は新たな未来を得るであろう」
アストは深く頭を下げた。
続いて、王は後ろへ視線を向ける。
「リンネ・トゥリシュナー殿。
ヴェルディアにて“不治の病”とされた血咳症を治療し、多くの民を救った功績は計り知れぬ。
よって、そなたには――聖獣アスト殿と同等の地位と権利を認める」
会場が再びざわめく。
「侯爵位と同格?」
「子爵程度では相手にならなくなってしまったな……」
「授与ではなく、認めるとは……?」
リンネは静かに頭を垂れた。
「リュミナ・バルクス殿。
魔素という未知なる力の解明において、アスト殿へ多大な助力を果たした。
よって、バルクス家に――男爵位を授ける」
リュミナが驚きに目を見開き、
横で見守っていたエヴァは自分のことのように微笑んだ。
貴族たちの間で囁きが広がる。
「新たな貴族家の誕生か」
「庶民の出から男爵とは……」
「都市長補佐の息女でもあったか。これは将来性があるぞ」
そして最後に、王はクロウフォード家へ向き直る。
「クロウフォード家。
血咳症治療への尽力、ウィンター・ホルン地方でのアスト殿の活動支援。
そして此度の乱において、アスト殿を伴い王都へ赴く決断をした、その功績――
まこと貴族の誉れである」
王は高らかに宣言した。
「よってここに、略式ではあるが、クロウフォード家を伯爵位より侯爵位へ昇格させる」
エヴァは息を呑む。
クロウフォード家の名が響くと、
貴族たちの間に様々な声が広がった。
「おめでとうございます、マルコム様、セリーヌ様」
「ふむ、思えばむしろ今まで伯爵位であったのが不思議なくらいだ。
これで四大領主の格が揃ったな……」
「近頃マルコム殿は、ご息女であるエヴァ殿へ領主の座を譲ったと言う」
「婿入りとなるが、我が家の次男辺りで見合いを申し込んでみるのも……」
称賛、納得、そして密やかな思惑。
明るい話の裏側に滲む貴族社会の本音に、アストはやはり呆れるしかなかった。
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