1章:幕間【歪な信仰】
霊峰エテミラスティアの奥深く。
教団施設の最奥にある静謐な部屋には、淡い光を宿した魔素結晶が整然と並んでいた。
空気は澄み切り、わずかな魔素の揺らぎすら神聖な気配を帯びている。
アントス・ヴァリカ・ラグナーダは、その中でもひときわ大きな結晶が据えられた台座を見上げていた。
その表情は、祈りにも似た静けさを湛えている。
やがて、扉が控えめに叩かれ、教団員が姿を見せた。
「……巨大魔獣が、聖獣様によって撃退されたとの報告が入りました」
アントスはゆっくりと瞬きをし、わずかに微笑む。
「そうですか。あの方は、やはり……」
その声音には、確信と敬意が入り混じっていた。
しかし教団員は、どこか不安げに続ける。
「ですが……王国の民にも被害が出ております。
死者は出ていないようですが……これは、教義に照らせば問題視されるのではと」
アントスの微笑が、ほんの一瞬だけ止まった。
だが次の瞬間には、穏やかな表情に戻っている。
「あなたは、まだ聖獣様を直接拝したことはありませんでしたね?」
「は、はい……」
「ならばその懸念も無理はありません。
見たことのない奇跡を、正しく理解するのは難しいものです。
私も、かつてはそうでした」
アントスは視線を結晶へ戻し、静かに言葉を紡ぐ。
「民の被害は、あの方が最も心を痛められているでしょう。
ですが……あの方は必ず、最善の形へ導かれる。私はそう信じています」
教団員は返す言葉を失い、ただその背中を見つめた。
「今回の件で王家との繋がりが生まれたのなら、いずれ正式な場でお会いすることもあるでしょう。
その際は、あなたも同行させてあげましょう。聖獣様の御姿を見れば、きっと理解が深まります」
柔らかく微笑むアントスに、教団員は安堵と緊張の入り混じった声で答えた。
「……光栄です」
アントスはふと、別の方向へ視線を向ける。
「それと……手土産を用意しておきましょう。
魔獣災害の“首謀者”とされる神官を捕らえておきなさい」
教団員は驚いたように目を見開いた。
「し、首謀者……? しかし彼は、ただ――」
「ええ。残念ですが……彼は欲に目が眩み、王国を乗っ取る計画を貴族と共謀した“疑い”があります」
アントスは静かに首を横に振り、穏やかに微笑んだまま淡々と続ける。
「王国は“責任ある対応”を求めているでしょう。
あの方の御前に立つのです。教団として、そのくらいの誠意は当然でしょう」
その声音は優しいのに、どこか冷たく、“揺るぎない確信”を帯びていた。
教団員は深く頭を下げるしかなかった。
「……承知しました」
その返答を聞くと、アントスは穏やかに微笑んだ。
「ええ。それでいいのです」
そう言って、巨大な魔素結晶へと視線を戻した。
教団員が静かに去って行く気配。
再び一人になった部屋の中で、アントスはわずかに表情を歪ませた。
「どうか、お許しください」
そう呟いた顔には、先ほどまでと変わらぬ穏やかな微笑みが浮かんでいた。
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これにて第1章は終了となります。
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