1章:4節【王家の食卓】
その日、アストたちはアルフレッド王からの招待を受け、王城の一室へと案内された。
長い卓の奥にはすでに王族が着席しており、アストたちは立礼の姿勢で迎えられる。
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
アストが丁寧に頭を下げると、他の面々もそれに倣った。
アルフレッドは穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと頷く。
「いや、こちらこそ来てくれたことに感謝する。
後処理と今後の予定が概ね整ったゆえ、報告も兼ねて少し語らいたいと思いましてな。
本日は身内の会食と思ってくれてよい。クロウフォード家の従者も遠慮なく席に着くがよい。
……エルバート殿が不在なのは残念であるが……」
王の視線が、一つの空席へと向けられる。
エヴァがわずかに頭を下げ、控えめに答えた。
「エルバートはヴェルディアへ戻っております。
私が王都に滞在しているため、父マルコムとエルバートで領地の仕事を進めねばならず……」
申し訳なさそうにするエヴァへ、アルフレッドは大らかに手を振った。
「気にすることはない。彼が忙しい人物であることは承知している。
マルコムもまだ病み上がりの身だと聞く。これは私の我儘ゆえ、そなたが負い目を感じる必要はない」
そう言うと、王は軽く手を上げた。
「さて、皆楽にされよ。席に着きなさい」
その合図で、皆一様に着席する。
アストには少し高めの専用席が用意されていた。
「専用の席までご用意いただき、ありがとうございます」
アストが礼を述べると、アルフレッドは満足げに頷いた。
「クロウフォード家にもアスト殿専用の椅子があると聞きましてな。急ぎ準備させました。
気に入ってもらえたのであればなにより。
ただ……ノヴィア殿の席は少し難しかったようで、そこは許してほしい」
そう言った瞬間、当のノヴィアはリュミナの腕からひょいと抜け出し、
一直線にリリシアの元へ飛び込んでいった。
「ノヴィア、いらっしゃい」
「リリシア、今日は一緒にご飯?」
「ふふ、いらっしゃいノヴィアちゃん、今日は一緒に食べましょうね」
リリシアが嬉しそうに受けとめると、隣のイザベラも席を寄せて微笑む。
「ノヴィアはリリシア様の元を気に入っているようです。
もしご迷惑でなければ、そちらでご一緒させていただければと思います」
「うむ、そうか……」
アストの言葉に、アルフレッドは目を細めてその光景を見守った。
「では、食事の準備を」
王が軽く手を振ると、侍従長が給仕たちへ指示を送る。
その合図を皮切りに、温かな香りをまとった料理が次々と運ばれてきた。
貴族との会食には慣れてきたリュミナだったが、さすがに“王族”となると勝手が違うようだった。
背筋は伸びすぎ、手元はぎこちなく、視線は泳ぎっぱなしだ。
その様子に、隣に座るリンネが呆れて肩をすくめる。
「固くなりすぎですよ、リュミナ。
せっかくですからここは一つ、王宮式のテーブルマナーのレッスンをしましょうか」
「ほんとにリンネって何者なの……? いくらなんでも平然としすぎでしょ……」
「私にとってアスト様以外の存在に、大した差はありませんから」
さらりと言い切るリンネに、リュミナは思わずむせそうになる。
そこへエヴァが、落ち着いた声で言葉を添える。
「グレン様はグラナテイルの都市長補佐として、貴族に近い地位を与えられています。
リュミナはその息女となったのですから、今後このような場を持つ機会は増えるでしょう。
難しいことではありませんから、一緒に覚えていきましょう」
茶化すリンネと、諭すエヴァに挟まれ、リュミナは観念したように小さく頷いた。
アストはその様子を微笑ましく眺めていたが、ふと視線を対面へ向ける。
そこでは、リリシアがちぎったパンをノヴィアに差し出していた。
「ノヴィア、美味しい?」
「美味しい。リリシア、もっと」
「ノヴィアちゃんは小さいのですから、パンだけでお腹がいっぱいになってしまいますよ。
ほら、こちらもどうぞ」
イザベラが小皿に野菜のソテーやキッシュを取り分けて差し出す。
「ありがとう、ベラ」
ノヴィアはキッシュを両手で持ち上げ、口いっぱいに頬張った。
その光景に、マティアスが小さく咳払いをする。
「二人とも、身内の場とはいえ少々行儀が悪いぞ。リンネ殿を見習ったらどうだ。
食事マナーを教えながらも、自身の作法を崩しておられぬ。
王侯貴族の振る舞いとは、かくあるものだ」
王女二人はしゅんと肩を落とす。
しかし、リンネが涼しい顔で口を挟んだ。
「もっともですが……女性の食事風景をあまり凝視するのも、礼法としては推奨されませんよ?」
「……っ」
マティアスは言葉を失い、視線を逸らすしかなかった。
アルフレッドが苦笑しつつ、話題を変えるように口を開く。
「まぁよいではないか。しかし、確かにリンネ殿には王族の風格すらある。
失礼ながら、どこで作法を学ばれたのですかな。
……息子が、そなたを高く評価しておるようでな」
リンネは一瞬だけ思案し、人差し指を唇に当てて片目を閉じた。
「女神には秘密がつきものですので」
その仕草はどこか神秘的な美しさを感じさせるもので、
王女二人は目を輝かせ、マティアスは完全に見惚れていた。
アルフレッドは肩を揺らし、息子へ水の杯をそっと差し向ける。
「ふむ……女神殿はまだ我々に心を許してくれてはいないようだ。
先は長いぞ、マティアス」
「……父上……」
気まずそうに俯くマティアスをよそに、食卓には柔らかな笑いが広がっていった。
――食事を終え、卓上には穏やかな余韻が漂っていた。
アルフレッドは場を引き締めるように手を叩くと、アストへ視線を向ける。
「さて、アスト殿。早速で恐縮だが、いくつか報告をさせていただこう」
アストは静かに頷く。
「まず、叙勲式の日取りだが……五日後で問題ないだろうか。
その頃には、各地方の領主たちも王都へ揃うはずだ」
「承知しました。ラグナルド様や聖獣軍の参加者……
アスフェル荒原の件も、その時にまとめて公表されるのでしょうか?」
「うむ。すでに手配は進めてある。
ローデリクとその側近、反乱を扇動した者以外を実質不問にする采配にも、大きな不満は出まい。
……皮肉なことだが、今回の反乱は王家に反意を持つ貴族をあぶり出す結果にもなった」
わずかに悔しさを滲ませる王へ、アストは穏やかに言葉を返す。
「結果論を悔やんでも仕方がありません。今は無事に収束したことを喜ぶべきでしょう。
難民の方々はその後どうされていますか?」
アストの気遣いに、アルフレッドは笑みを返す。
「彼らはアスフェル荒原で過ごしている。
仮設住宅の建設や、衣食の手配は進めているので心配は無用だ。
費用はそなたの希望通り、授与する予定の報奨金から使わせてもらっている」
そして、アルフレッドは思い出したように続けた。
「そういえば……彼の巨大魔獣の爆心地から水が湧き出ているらしい。
清涼な地下水で、当面水源に困ることはなさそうだと報告があった」
アストは興味深げに目を細める。
「湖ができたのですね。
あの辺りは水源が乏しいようだったので、町を作る上では助かります」
その言葉に、リンネがすかさず口を挟んだ。
「アスト様、以前から申し上げようと思っていたのですが……
あの人数の難民を受け入れるとなれば、“町”では収まりません。
いっそ“都市”と呼ぶべきではありませんか?」
「都市……ですか。私としては呼称にこだわりはありませんが……」
「意気込みと格が違ってくるのです!」
「そういうものでしょうか……ですがマスターも『形から入るのも大切!』と言っていましたし、
確かに意識の問題は大きいですね」
アルフレッドが興味深げに頷く。
「なるほど……王都はこれまでアスフェル荒原に阻まれていたことで、
ウィンター・ホルンとの連携が難しい部分があった。
そなたの都市が中継役となってくれるなら、各地方の繋がりはより強固になるだろう」
その提案に、アストは少し悩みながら答える。
「しかし、王都の近くに目立つ都市を作るのは、格式などの面で問題が生じるのではありませんか?」
「なに、心配はいらぬ。
元より規模だけで言えば、サマー・メーアやスプリング・フルスの方が大きい都市を持つ。
格式とは規模ではなく“精神”だと私は思っている。
して、都市の名前はもう決まっているのだろうか?」
アストは誇らしげに答えた。
「“レゾナンス・オブ・アストリア”。そう名付けたいと考えています」
「良い名だ……ただ、少々長いな。通称として“都市アストリア”というのはどうだ?」
「いいですね! 採用!」
リンネが勢いよくテーブルを叩き、王を指差す。
「やめなさい」
アストがくるりと宙返りをして、尻尾でリンネの手を軽く叩き落とした。
「失礼しました……。
では正式名称を“レゾナンス・オブ・アストリア”、通称を“都市アストリア”として進めたいと思います。
表向きには、今回の魔獣被害への対応が後手に回ってしまったことを受け、
より国の中心に近い場所へ“即応都市”を置く……とするのはいかがでしょうか?」
「重ねて、そなたの配慮に感謝する。
救国の聖獣とはいえ、土地を与えて都市建設を許すとなれば、王権派の重鎮たちが良い顔はしまい。
……私を慕ってくれるのはありがたいが、政治とは難しいものだ」
苦笑を浮かべつつも、王は最後に場を締めた。
「では、アスト殿の功績を讃える叙勲式は五日後に行う。それまでの間、皆ゆっくり過ごすがよい」
その言葉を合図に、一同は静かに頭を下げた。
――こうして、新たなアストの計画は静かに形を成そうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
次話も引き続きよろしくお願いいたします。




