1章:3節【もぐもぐタイム】
三人と二匹がテーブルを囲んでいた。
アストはリュミナの膝に、ノヴィアはエヴァの腕に抱かれている。
この配置は、事前に行われたジャンケンの結果だった。
「アスト様に教えていただいたこの勝負方法は、不公平な気がします……」
不貞腐れた声を漏らしながら、リンネはまだ温かいマフィンを口に運ぶ。
「リンネの運が悪いだけだよ」
リュミナはアストの口元へ細かくちぎったマフィンを運び、
エヴァも同じようにノヴィアへ食べさせていた。
「エヴァちゃんとの勝負はそうだと思います。
ですが、あなたの場合は少しあやしい気がしますね!」
指摘され、リュミナは目線を逸らす。
「え~? そんなことないけどな~。リンネはどこがおかしいって言うの?」
惚けるリュミナに、リンネは咄嗟に手を出した。
「最初はグー! ジャンケン……!」
「ポン!」
釣られたリュミナも反射的に手を出す。
結果はリュミナがチョキ、リンネがパー。
「ほら! あいこもなしにこんなに勝ちが続くなんて絶対おかしいですよ!!」
アストも意外そうに首を傾げる。
「単純な確率で言えば三分の一なので、数回続く程度ならありえないこともありませんが……。
これまでのリンネとリュミナの勝負では、リュミナの勝率は八割を越えていますね。
乱数のブレと言えなくもないですが……」
アストからの“事実陳述”に、リュミナが狼狽える。
「アスト、今までの勝負全部数えてたの!?」
リンネは尻尾を掴んだとばかりに詰め寄った。
「やはりタネがあったのですね! さぁ白状しなさい! どんな手を使ってるんですか!?」
リュミナは少しシュンとしながら口を開く。
「だって……リンネは特に分かりやすいから……」
「どの手を出すか顔に書かれているとでも言うんですか!?」
「顔というか……魔素? みたいな?」
その答えに、アストは合点がいった。
「なるほど。ジャンケンをする際、多くの人は出す手を事前に決めていると聞きます」
リュミナは続ける。
「うん……グー、チョキ、パーで見える色とか強さがちょっと違うんだよね。
だから、そのまま出してくれるなら勝てる手を出せば……」
「勝率は上がると……。
出すつもりの手によって筋肉の予備動作や思考が変わり、
魔素の放射濃度や色覚に影響するのですね。興味深いです」
リンネは眉を寄せる。
「……理屈は分かりますが、私は特にってどういうことですか? エヴァちゃんは?」
「エヴァお姉ちゃんも最初は分かりやすかったんだけど、
最近はリンネと比べると魔素の光に強弱の差が少なくて……。
それに、たまに直前で手を変えてくるから読みづらいんだ」
評されたエヴァはにっこりと微笑んだ。
「エヴァ様は読み合いの経験を着実に積んでいるようですね。
では、リンネのことはどう見えているんですか?」
アストが問うと、リュミナは少し苦笑いしながら答える。
「リンネはいつも澄んだ緑色の魔素を纏っているよ。
それで、グーの時は青、パーの時は赤っぽく見えるから……すごく分かりやすいの。
出す手もほとんど変えてこないし……」
「やっぱりイカサマじゃないですかっ…………!」
リンネは天を仰ぎ、リュミナはバツが悪そうに肩をすくめる。
「いかさま?」
ノヴィアが口の端にマフィンの屑をつけたまま首を傾げる。
「相手に分からないようにズル……勝ちやすくするための工夫です。
ですがリュミナ、それを多用するのはおすすめできません。
知られた時には他者の信頼を失い、時には報復を受ける可能性もあります」
アストに諭され、リュミナはしゅんとしながらも素直に謝る。
「ごめんなさい……リンネの魔素ってすごく綺麗だから、色覚を抑えててもつい見ちゃって……。
今度からはやめるね……」
リンネは照れくさそうに顔を逸らす。
「まぁ……魔素の理解において一日の長がありながら、見抜けなかったのは私の落ち度でもあります! それに、タネがそういうことでしたら構いません。
今度からあなたでも見抜けないように、しっかりと魔素の流れを調整しますからね!」
一件落着とみたエヴァが、静かにティーポットを差し出す。
「さぁお姉さま。声を上げて喉が渇いたでしょう。おかわりをどうぞ、リュミナも」
一同が一息つくと、アストは話題を変えるようにお菓子について話し始める。
「しかし、これは美味しいですね。どこで買われたのでしょうか?
これほどの腕前であれば、私の世界のレシピも再現できるかもしれません」
「この間の木の実より美味しい」
「アスト様の世界のお菓子……興味がありますね。
ですが、アスト様たちは木の実を好まれていると思いましたが、
このような食べ物も食されるのでしょうか?」
エヴァの疑問に、アストは答える。
「私もノヴィアも雑食性の動物の姿を借りていますし、そもそも体の構造が通常の動物とは違います。
むしろ、大抵の生き物よりもエネルギーに変換可能な食べ物の種類は多いですよ」
感心するエヴァの手元で、ノヴィアが「けぷっ」と小さく鳴いた。
「美味しいもの、もっと食べたい」
マフィンを一つ平らげており、小さな体がコロコロと丸くなっている。
「ノヴィア様、それ以上はいけませんよ。
可愛らしいお姿が……さらに可愛らしくはなっていますが、腹八分目という言葉もあります」
リンネに注意され、ノヴィアは素直に「わかった」と頷いた。
「それにしても、リンネはノヴィアも“様付け”なんだね?
ママ宣言をスルーされてたから、面白くないと思ってるのかと思ったけど」
リュミナが不思議そうに尋ねると、リンネは当たり前のように答える。
「当然です。私にとってアスト様は至高の存在。
その方が生み出したノヴィア様もまた至高の存在です。
母の立場をいただけなかったのは少々残念ですが……それはそれ、これはこれです」
そのさっぱりとした考え方を好ましく思い、アストは思わず微笑む。
リンネはアストの視線に気づき、にこりと笑った。
「どうしたんですか? アスト様。
リュミナではなく私のところが良くなりましたか? 私のここ、空いてますよ?」
膝をぽんぽんと叩きながら催促してくるリンネ。
少し慣れてきたとはいえ、その踏み込みの深さにたじろいでしまう。
「……いえ、結構です。そういえば皆さんに少し聞きたいことがありました」
「なんでしょう?」
エヴァが首を傾げる。
「この世界に、あなた方とは異なる容姿を持つ人間の種族は存在しますか?
例えば、長い耳を持つ者や、動物の耳や尻尾を持つ者……
あるいは背が低く、ヒゲを蓄える男性が多い種族など」
三人はしばし考え込んだが、まずエヴァが口を開いた。
「王国の南にある大山脈に、ノームと名乗る小柄な人々が主体となった国家があります。
ヘファイスカディ・スーリト皇国といって、王国とも貿易を行っているため交流があります」
リンネも思い出したように続ける。
「そういえばオリギオ大河を挟んで王国の西方に位置するケーテ国内の大森林に、
尖った耳を特徴とする原住民が集落を作っていると聞いたことがあります。
残念ながら種族名などは分かりませんが……」
アストは頷いた。
「とても参考になりました、ありがとうございます。
当面やることは山積みですが、ノームという方々にはなるべく早く接触を図りたいところですね……」
アストに礼を言われ二人とも嬉しそうに頷くが、
リュミナはどこかしょんぼりしていた。
「他の国のこととか、私分からない……ごめんね、アスト……」
アストは優しく微笑む。
「人それぞれ得手不得手や領分があります。
それに、あなたはすでにジャンケンの勝負で魔素に関する興味深い話をしてくれました。
十分、私の力になっていますよ」
「ほんと?」
アストの頷きにリュミナはぱっと笑顔を咲かせると、
そのまま抱き上げて顔を寄せた。
「私のこともいっぱい頼ってね」
その声音は、先ほどまでの賑やかさとは違い、
胸の奥にじんわりと広がるような温かさを帯びていた。
アストが気恥ずかしさを感じて視線を逸らすと、ノヴィアがいつの間にか満腹で眠っており、
丸くなったお腹を小さく上下させながら寝息を立てている。
「……アスト、またいっしょに……たべたい……」
無邪気な寝言に、三人と一匹は思わず頬が緩んだ。
エヴァはその様子を静かに見守り、柔らかく微笑む。
「ふふ……なんだか微笑ましいですね。
こうして皆でお茶会を楽しめるのは、とても幸せなことです」
「うん、そうだね!」
リュミナはアストを、エヴァはノヴィアを優しく撫でる。
それを見ていたリンネが羨ましそうに視線を送ってきた。
「アスト様。次のジャンケン勝負では負けないと言いましたが……
できれば次はもう少し公平な勝負を提案していただけませんか?」
「構いませんが……それはそれで、また別の弱点を突かれてしまうかもしれませんよ?」
アストの返しに頬を膨らませるリンネ。
その様子に皆の口から笑い声がこぼれた。
テーブルの上には、食べ終えたマフィンの包み紙と、湯気の立つティーカップが並んでいる。
午後の光が差し込む室内は、穏やかな温もりに満ちていた。
お読みいただきありがとうございます。
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