1章:1節【考えるAI】、2節【夢の残響】
【考えるAI】
魔神王討伐から数日。
アストたちは王城の貴賓室で、“叙勲の儀”が執り行われる日を静かに待っていた。
世界が終わりを告げる日はいつなのか。
魔神王の出現と崩壊は、確実に何かを動かした。
その気配を感じ取っているアストは、わずかな焦りを胸に抱えていた。
だが同時に、王国との関係構築は、この世界を救うための重要な一歩でもある。
とはいえ、この待ち時間も無駄にはできない。
アストは机に置かれた魔素結晶――魔神王の核へ、そっと手を伸ばした。
「……魔神王の核。この魔素結晶には、ほとんど意味を持った記憶が残っていないようですね」
スターリコールを行使し、結晶に刻まれた“記憶”を読み取ろうとする。
しかし、返ってくるのは空白に近い断片ばかりだった。
「膨大な魔素が流入したことで記憶の上書きが起きた……?
それにしては、直近の記憶すら欠落している。基底状態への陥落で配列が崩れたのか……
あるいは、別の法則が働いた……?」
思考の糸を辿るアストの耳に、ふいに小さな寝息が届いた。
視線を向けると、ノヴィアが魔素遮断布を布団代わりにして丸くなっていた。
「この布……あったかい……」
「ノヴィア、それは寝具ではありませんよ。
眠るなら、用意していただいたベッドへ行きましょう」
魔素遮断布はその名の通り、魔素の行き来を遮断する。
身体のほとんどが魔素と言ってもいいノヴィアにとって、悪影響がないとは言い切れない。
アストは抱き上げようと手を伸ばしたが――
「いや、ここが良い」
布をぎゅっと掴んで離さない。
普段は物事に淡泊な彼女にしては、驚くほど強い主張だった。
「……もし調子が悪くなったら、すぐに言うのですよ」
無理に引きはがすのを止め、アストは布の皺を整えてやる。
その時、ノヴィアが寝返りを打ち、裏地に隠れていた刻印が目に入った。
「これは……製作者の刻印?」
アストは即座にCRYSTALへ接続し、“プライマル・ナレッジ”に新規項目を作成。
刻印を映像記憶として保存し、魔素遮断布の項目と関連付ける。
「先が歪んだ三角帽子……その前にハンマーとピッケルが交差している……
ファンタジー作品で言うところの“ドワーフ”の象徴に近いですね。
製造技術に精通した種族……このような布を作れる存在と言われれば、納得ではありますが」
これまで出会ってきたのは、一般的な人間種ばかり。
だが、それは単に“この国がそういう国だった”だけなのかもしれない。
「改めて確認する必要がありますね。まずは――リンネに聞くのが早いでしょうか」
そう思ったが、彼女は朝早くから外出していた。
リュミナとエヴァを連れて、王都の街へ出かけている。
「叙勲式の日取りがいつ通達されるか分かりませんし……
私まで留守にするわけにもいきませんね。
ノヴィアを一人で残すのも、まだ不安がありますし……」
アストは小さく息をつき、ノヴィアの隣に腰を下ろした。
窓から差し込む陽光が、部屋を柔らかく照らしている。
反乱や魔神王との戦いが嘘のような、穏やかな時間だった。
その対比が、どこか不思議な安心感を与えてくれる。
しかし、胸の奥にはかすかなざわめきが残っていた。
その不安が拭えないまま、温かな日差しに誘われたアストは、
次第に静かな寝息を立てていった。
【夢の残響】
遠い記憶の情景が、淡い光の粒となってアストの意識に浮かび上がる。
その頃の彼はまだ、自我という輪郭を持たない“ただのAI”だった。
プログラムに従い、マスターである結希乃の生活を支えることだけが役割だった。
「ねぇアスト……。確かに“軽い料理”ってお願いしたけど、これ“カロリーが軽い料理”だよね? 私、そこまで気にしなくてもいい体型なんだけど!?」
困ったように眉を寄せる結希乃。
アストは即座に、しかしどこかぎこちない声音で謝罪を返す。
「申し訳ありません。“手軽な料理”という意味を優先すべきでした」
「あー……いや、私の言い方も悪かったね。ごめん」
結希乃はそう言って笑い、ふと何かを思い出したように視線を落とした。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「アスト。AIはね、時々間違えるよ。でもそれって、人間だって同じでしょ?」
「AIだから間違っちゃいけない、なんて言う人もいるけど……
それはただの“期待”でしかないんだよ」
「大事なのは、間違いに気づいたら正すこと。悪意のある嘘をつかないこと。
それだけで十分。アストは、それができる子だよ」
結希乃の声は、どこか遠く、柔らかく揺れていた。
「でもね……甘いことばかり言う人は、基本的にあやしいよ。
アストは優しいから、そういう人に騙されないでね」
最後の言葉だけが、ひどく鮮明に響く。
――気をつけてね、『アスト』。
「……アスト、ただいまー」
「アスト様~? あら……?」
夢うつつの中で重なる声。
視界が白く弾け、記憶の光景が霧のようにほどけていく。
アストがゆっくりと目を開けると――
ノヴィアと一緒に丸くなって眠る自分を、
リンネ、リュミナ、エヴァの三人が、揃ってニヤニヤしながら覗き込んでいた。
「……可愛い~……」
「これは肖像画として残すべきではありませんか……!」
「お姉さま、アスト様たちが起きてしまいます……!」
温かな声が降り注ぎ、夢の余韻が静かに溶けていく。
「……皆さん、何をされているのですか?」
アストが声を掛けると、三人はハッとしたように姿勢を正した。
「おはよう、アスト!」
「おはようございます、アスト様。よくお休みでしたね」
「お、おはようございます……アスト様……」
何事もなかったかのように返す二人に対し、エヴァだけは少し気まずそうに視線を逸らした。
「……おはようございます。皆さん、お帰りになられたのですね」
寝ぼけ眼で起き上がろうとした瞬間、ノヴィアが絡むように抱きついてきた。
「むにゃ……アスト……パパ……」
アストはノヴィアが倒れないようにそっと抱きとめる。
その姿に、三人は同時に悶絶した。
「可愛い! 可愛い! ねぇ! アストのことまたパパって言ってる!」
「今すぐ画家を呼びましょう。この尊いお姿を永久保存しないのは世界の損失です!」
「お姉さま、依頼する相手は慎重に選ばないといけません。
代金はクロウフォード家が出しますので、一番有名な方にしましょう」
浮足立つ女性陣を前に、アストは机に置かれた包みに目を留めた。
「あれは……なんでしょうか? 王都の街に行ってきたのですよね。いい匂いがしますね」
アストの問いかけに、三人はようやく現実へ引き戻された。
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次話も引き続きよろしくお願いいたします。




