15章:星々の共鳴⑦ ◆第一部完
【7節.共鳴の都】
アルフレッドとマティアスは少し相談があるということで、アストたちは先に退出することにした。
リンネに抱かれて会議室を出ると、廊下にはリュミナとエヴァ、カイル、そしてリュミナの頭の上に張り付くように乗ったノヴィアの姿があった。
「アスト!」
リュミナがぱっと顔を明るくして駆け寄る。
エヴァも続くが、その表情には安堵と、わずかな不安が混じっていた。
「面会が終わったと伺いました……将軍は、どうなりましたか?」
「彼は、私の提案を受け入れてくれました。これからは、共に歩んでもらうことになります」
その答えに、二人は胸を撫で下ろした。
会議室からエルバートが出てくるのを確認し、アストは皆へ軽く目配せする。
「少し、お話があります。よろしいでしょうか?」
促された一行は、テラスへ向かう廊下を歩き始めた。
「リンネとエルバート様には話しましたが……
私は、町を起こそうと考えています」
「アスト、町つくるの?」
リュミナの腕の中から顔を覗かせたノヴィアが問いかける。
「ええ。国王陛下にもお伝えしました。場所は――アスフェル荒原。あなたが生まれた、あの地です」
ノヴィアは瞬きを一つしただけで、感情を読み取るのは難しかった。
その時、背後から声がかかった。
「アスト殿。我々はこれにて失礼いたします。
会談の日取りが決まり次第、改めて連絡を送りましょう。それまでは、どうかごゆるりと」
振り返ると、アルフレッドとマティアスが並んで立っていた。
二人は静かに一礼し、廊下の奥へと歩み去る。
その背を見送り、アストたちも頭を下げた。
姿が角に消えたところで、リンネが息を吐いた。
「さあ、アスト様。少し日に当たりに行きましょう。会議室の湿っぽい雰囲気にはもうウンザリです」
その軽い口調に、リュミナとエヴァはほっとしたように微笑む。
「リンネ、機嫌直ったの?」
リュミナが訊ねると、リンネは惚けたように首を傾げた。
「何の話ですか?」
エヴァが控えめに続ける。
「国王陛下が……その、“退位の意志”を示された時のお姉さまは、少し怖かったですから……」
「別に。単に私は、ああいうのが嫌いなだけです。それ以上でも以下でもありません」
あっさりと言い切るリンネに、エルバートが含み笑いを漏らす。
「なんですか?」とリンネが眉を寄せると、エルバートは肩をすくめた。
「いえいえ。リンネ殿が言ってくださらなければ、私が声を上げていたかもしれませんので。
ですが、私の立場ではエヴァ様……ひいてはクロウフォード家に迷惑が掛かっていたかも知れません。
感謝いたしますぞ」
その言葉に、エヴァは思わず目を瞬かせた。
エルバートがそこまで考えていたことに、少し驚いたのだ。
だがすぐに表情を和らげ、静かに頷く。
「確かに、私としても助かりました。王に対してあれほど強い言葉は、私には言えませんでしたから……ありがとうございます、お姉さま」
思いがけない感謝に、リンネは少しだけ視線を逸らした。
「リンネ、照れてる?」
ノヴィアが無邪気に首を傾げると、リュミナが慌てて「シー!」と口元に指を当てる。
リンネが振り返って睨むが、ノヴィアはきょとんとしたまま。
リュミナとエヴァは苦笑いでごまかした。
やがて一行はテラスへ出た。
差し込む光にリンネが手をかざす。
その隙にアストが腕から抜け出し、ノヴィアもリュミナの頭から飛び立って、二人並んで手すりに降り立つ。
リンネは伸びをし、駆けていくリュミナの背を見送りながら、エヴァがゆっくりとその後に続いた。
カイルとエルバートは少し離れた場所でその様子を見守る。
テラスからは、戦場が一望できた。
遠くには、魔神王の爆発で生まれた巨大なクレーターが静かに横たわっている。
リュミナが手すりに手を置き、目を輝かせる。
「……あの時は見る余裕なんてなかったけど……綺麗だね!」
追いついたリンネが頬杖をつきながら答える。
「そうでしょうか? ただの岩原ですよ」
エヴァが感嘆の息を漏らす。
「あそこに、アスト様を祭る町ができるのですね……」
「エヴァ様も、考え方がだんだんリンネ殿に似てきましたな」
エルバートが笑い、カイルが頭を抱えた。
「アストの町、どうするの?」
ノヴィアが首を傾げる。
「まずは、魔獣災害で行き場を失った方々が暮らせるようにすることですね。
土地と街道の整備、住居の建築……研究施設も置きたいと考えています」
カイルが不思議そうに眉を寄せる。
「しかし、被災者の救助は王国の務め。アスト殿がそこまでする必要は……」
「私はあくまで手助けです。それに、打算もあります。
あの地は王国の中央に位置し、王都にも近い。町ができれば、自然と情報が集まります」
「名前はどうするの?」
リュミナが楽しげに訪ねると、アストは戸惑った。
「名前は大事。リリシアも言ってた」
ノヴィアが真顔で頷く。
「あなた、王女様を呼び捨てに……まあ、リリシア様が気にしていないなら良いのですが。
しかし名前、ですか……」
アストの脳裏に、結希乃との会話がよみがえる。
(“なんとかオブなんとか”って響きがカッコいいわよね……
レクイエム、オブリビオン、ルイン、トーメント、ヴェンジェンス……どれも雰囲気はあるけど、ちょっと暗すぎるかしら。
もっと前向きな意味で、響きの良い言葉……協調とか、共鳴とか……アコード、アフィニティ、ハーモニー、ユニティ……)
その記憶の中で、結希乃の声がふっと重なる。
「レゾナンス――」
アストの唇が、自然と同じ言葉を紡いでいた。
「レゾナンス・オブ・アストリア、というのはどうでしょうか?」
リュミナが囁くように復唱する。
「レゾナンス・オブ・アストリア……」
「素敵です! 言葉の意味は分かりませんが、アスト様のお名前が入っているのが最高です!」
リンネがアストを抱え上げ、誇らしげに持ち上げる。
「いえ、アストリアというのは、ミラ・アストリア様からいただいた名で……」
「良いではありませんか! ミラ様とアスト様を象徴する、二重の意味ということで!」
エヴァが微笑む。
「ええ、良い名だと思います」
エルバートとカイルも相槌を打つ。
「みんなで一緒に住むの?」
ノヴィアがリンネの頭に飛び乗り、アストと目線を合わせる。
「皆それぞれ生活がありますから、常に一緒とはいきません。ですが、気軽に訪ねられる町にしたいと思っています」
「そう」
ノヴィアは短く答えると、次はリュミナの頭へ飛び移った。
リンネはアストを胸元に抱え直し、視線を遠くの地平へ向ける。
そこには、まだ何もない荒野が広がっていた。
だが、彼らの胸の内には――未来の町の姿が、確かに芽吹き始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第15章、そして第一部本編は終了となります。
次話は幕間となります。
本筋とは少し離れた短いお話ですが、お読みいただければ幸いです。




