15章:星々の共鳴④
【4節.一つの命、一人の価値】
リンネは不承不承といった様子で腰を下ろしながらも、なお小さく文句を漏らしていた。
その肩を左右からリュミナとエヴァがなだめるように押さえるが、彼女の不満は簡単には収まりそうにない。
そんな中、アルフレッドはアストの方へと向き直り、静かに言葉を紡いだ。
「私にできることであれば、なんなりとお申し付けください」
アストは一礼し、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「差し出がましいとは思いますが……まず、今回の件に関わった人々の処遇を決めるべきかと考えます」
その提案に、アルフレッドの表情が引き締まる。
「……聖獣軍に参加した者たちのことですな」
アストは頷き、整然とした口調で続けた。
「反乱の背後にはエーテ・ミラ神教の影がありましたが、
表立って扇動していたファルステイン伯爵の収監は、やむを得ないでしょう。
しかし、参加したすべての人々に国家反逆罪を適用するのは、あまりに酷です」
その言葉に、マティアスが静かに問い返す。
「ですが、軍を立ち上げた事実は消えません。その点について、アスト殿はどうお考えですか?」
真っ直ぐに向けられた王子の視線は、まるでこの国の未来を測る天秤のようだった。
アストは一度視線を落とし、そしてゆっくりと顔を上げる。
「軍は立ちましたが、乱は起きていません。
彼らは魔獣災害の危機に対して、聖獣である私を頼り、集ってくれただけ――私はそう解釈したいと思います」
「アスト、また詭弁……屁理屈?」
ノヴィアが小首を傾げながら呟く。
「ノヴィア、よく覚えておいてください。マスター曰く、“屁理屈も理屈”です」
「分かった」
「アスト様! ノヴィア様に妙なことを教えないでくださいませ!」
イザベラが慌てて声を上げ、場にわずかな笑いが生まれる。
アストは軽く咳払いし、話を戻した。
「聖獣軍に参加していた人々を、私の預かりとさせていただけないでしょうか?
それから……コーティン・ラグナルド様の身柄を、私が引き受けたいと考えております」
その言葉に、マティアスが勢いよく席を立つ。
「何を言うのです! コーティン・ラグナルドは此度の乱の重要人物の一人。
それに反乱軍に参加した者たちもです! いかにアスト殿といえども、そう簡単に身柄を引き渡すことなど――!」
だが、アルフレッドが手を上げて制した。
「何か、その罪を不問とするに足る理由があるとお考えなのですかな?」
その問いには、王としての冷静さと、臣民を案じる感情が入り混じっていた。
アストは静かに答える。
「まずコーティン様に関しては全くの無罪というのは難しいでしょう。
しかし、聖獣軍には多くの民が参加していました。彼らにとってコーティン様は、魔獣災害から人々を救ってきた英雄です。
その功績は、軍に参加していない人々の間でも語られていたと聞いています」
アストは一拍置き、言葉を続ける。
「もし彼が重罪に処されれば、彼を信じて従った者たちは、自らの行為を“罪”として背負うことになる。
そして、英雄を罰したという事実は、王国に新たな不和を生む火種となるでしょう」
アルフレッドは静かに頷いたが、すぐに表情を引き締めた。
「理屈ではありますが、それだけでは足りません。
魔獣災害が辺境の民を襲った件については、我らの手が届き切らなかった――それは王たる私の罪。
しかし、そのために彼らが反乱勢力を起こした事実を処するには、少なくとも関係した貴族すべてを罰するのが道理。
遺恨の芽は、摘みきらねばなるまい……」
わずかな沈黙の後、王は続けた。
「それに、あやつも無罪を望んではおらぬ。自らの命と引き換えに、兵たちの助命を乞うていると聞いております。
無論、英雄を処刑した事実に対し兵や民への配慮も必要……ならば、その咎は私が背負うべきでしょう。
ことが終わったのち、私も彼らと黄泉路を共にするつもりです。
王位はマティアスに譲る……すべては、この無能な王が引き起こしたこと。
民も、きっと分かってくれるはずです」
そう言って、アルフレッドは深く頭を垂れた。
その姿は王ではなく、一人の人間としての懺悔のようだった。
会議室がざわめき、マティアスが何かを言いかけた、その瞬間――
「馬っ鹿じゃないですか!」
鋭い声が空気を裂いた。
リンネが立ち上がり、テーブルに手を叩きつけていた。
「何のために、アスト様が血を流さずに反乱を抑えたと思っているんですか!
命は一人に一つだけです。あなた一人の死で、処刑される人々の命と釣り合うなんて、あるはずがないでしょう!」
言い終えたリンネは肩を震わせ、俯いた。
一瞬、場に冷たい沈黙が落ちる。
マティアスが睨みつけ、低く言い返そうとする。
「先ほどの発言には納得できる部分もありました。
しかし今の物言いは、王の覚悟を軽んじるもの。
いかに女神殿といえど――」
だが、顔を上げたリンネの表情を見た瞬間、マティアスは言葉を失った。
そこには、怒りと悲しみが鋭く交差した、これまで誰も見たことのない強い感情が宿っていた。
その視線に射抜かれ、マティアスは思わず息を呑む。
リンネが再び口を開こうとしたその時――アストが優しく声をかけた。
「リンネ。ありがとうございます。私の言いたいことを、代わりに言ってくれましたね。
……いえ、一字一句その通り、というわけではありませんが。あなたの想いは、十分に伝わりました。
後は私に任せてください」
リンネは唇を噛んで堪えると、深く息を吐き、静かに一礼した。
「アルフレッド陛下、マティアス王子。先ほどは言葉が過ぎました。
王に対して無礼な振る舞いとなりましたこと、深くお詫び申し上げます」
マティアスは毒気を抜かれたように口ごもり、ゆっくりと腰を下ろす。
その顔には、冷や汗がにじんでいた。
アストは改めて王へ向き直る。
「アルフレッド王。あなたのご意見にも一理あります。
コーティン様は、自らの命を天秤にかけることを厭わない方でしょう。
そして、王がその咎を認め、英雄と共に命を絶つのであれば――民の多くは納得するかもしれません」
アストは静かに、しかし確かな力を込めて言葉を続けた。
「ですが、それは“納得せざるを得ない状況”を押し付けるだけのものです。
人一人には、一人分の価値がある。そして、あなたの命は国民のためだけのものではない。
どうか、それを思い出してください」
アストが周囲に視線を巡らせると、アルフレッドも自然と家族へと目を向けた。
イリーサ、マティアス、イザベラ、リリシア――
皆が、心配そうに王を見つめていた。
そこには、王ではなく、一人の父を案じる家族の姿があった。
「……すまない、アスト殿。リンネ殿。私は、また先走ってしまったようだ」
アルフレッドは苦笑を浮かべながら、静かに頭を垂れた。
アストは柔らかく応じる。
「立場は違いますが……あなた方のように、自らの責任を強く受け止める姿勢。
それは、私のマスターに似ているところがあります。好ましくもあり、同時に――少し、不安でもあります」
一息ついて、視線をまっすぐに戻した。
「まずは、コーティン様の考えを変える必要があるでしょう。彼を、ここに呼んでいただけますか?」
その提案に、アルフレッドは深く頷いた。
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