15章:星々の共鳴③
【3節.紐解かれる歴史】
リンネの言葉が空気をわずかに和らげたのも束の間、
再び会議室には重みのある声が落ちた。
「“世界の再生”と言いましたが……この世界が、滅びの危機にあるということですか?」
アルフレッド王の問いは穏やかでありながら、底に深い不安を孕んでいた。
アストは一度だけ目を伏せ、慎重に言葉を選ぶ。
「……それは、私自身も長らく疑念を抱いていたことです。
私がうっかり、ミラ様に詳しい事情を尋ね損ねたせいでもあるのですが……」
苦笑を交えつつも、その声音には悔いが滲んでいた。
「表向き、この国の人々は豊かに暮らしているように見えました。
しかし、今回の件を含めて、いくつか気になる兆候があります」
「と、言いますと?」
アルフレッドが促すと、アストは静かに頷いた。
「先ほども申し上げましたが、あの魔素結晶を包んでいた布――魔素遮断布は測定の結果、千年以上前のものである可能性が高く、極めて高度な魔素知識をもって織られた構造をしていました。
つまり、少なくとも千年以上前、この世界には魔素に関する深い理解と技術が存在していた可能性があるということです」
その言葉に、マティアスが思い出したように口を開いた。
「……我が国は、今年で建国996年を迎えます。それ以前の記録は、古文書にもほとんど残されておりません。
最古の記録には、神王ヴィクトリアスが四名の部下と共に人々を受け入れ、この地を人の住める土地として切り開いた――とあります」
「四名の部下……その方々について、何か記録は残っているのでしょうか?」
アストの問いに、マティアスは首を振った。
「詳しいことは伝わっておりません。ただ、現在の四地方の名が、彼らの姓に由来すると伝えられています」
その言葉に、エヴァがぽつりと呟いた。
「……スプリング・フルス、サマー・メーア、オータム・ヴァルト、……ウィンター・ホルン」
名を口にした瞬間、彼女の瞳が揺れ、アストへと向けられた。
アストはその視線を受け止め、静かに頷く。
「お察しの通りです。クロウフォード家は、ゼフィレイア王国建国時におけるウィンター・ホルン統括領主の家系ではありませんでした」
「確かに……他の三地方では、スプリング、サマー、オータムを家名に持つ貴族が統括領主を務めておりますな」
エルバートが補足する。
「では……本来のウィンター・ホルン初代領主は、どうなったのですか? その子孫の方々は……」
エヴァの問いに、アストは穏やかに答えた。
「その血筋は、今も絶えることなく続いています。
エヴァ様もよくご存じのはずです――フロック村の方々ですよ」
「……あの方々が、初代領主の子孫?」
エヴァが目を見開く。
「まさか、我が家はあの方々を……」
アストは首を振り、続けた。
「ご安心ください。統括領主の交代はやむを得ない事情によるもので、不当な行いがあったわけではありません。
約六百年前、極度の飢饉がウィンター・ホルンを襲いました。
その際、十分な備蓄を保っていたクロウフォード家が民を救い、その功績が認められて領主の座を継ぐこととなったのです」
エヴァは安堵の息をつきつつも、なお疑問を抱く。
「……ですが、なぜアスト様はそのようなことをご存じなのですか?」
「私が間借りしているフロック村の屋敷――あれは元々ウィンター家の所有物でした。
そこの蔵書に当時の記録が残されていたのです。そして、その書にはこうも記されていました。
六百年前だけでなく、四百年前、二百年前にも、同様の飢饉がこの地を襲ったと」
アストの言葉が静かに落ちる。
その意味が浸透するにつれ、室内にはざわめきが広がった。
「……二百年周期での飢饉到来。それが、間近に迫っている……。
それが“世界の滅び”ということなのでしょうか?」
その声には、王妃としての責任と、母としての不安が滲んでいた。
アストは慎重に言葉を紡ぐ。
「それは、まだ断定できません。二百年周期というのも偶然の可能性がありますし、原因も分かっていません。飢饉がこの国だけの問題である可能性もあります。
それに、過去三度の飢饉を王国は乗り越えてきました。ですから、現時点では“世界の滅び”と呼ぶには根拠が足りません」
静かだが確かな重みを持つ言葉に、皆が耳を傾ける。
「ともかく、この世界に何が起きているのか――私は、より多くの情報を必要としています」
アストは王へと向き直った。
「王家に伝わる古文書の閲覧を許可していただければ、非常に助かります」
アルフレッドはしばし黙考し、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「それは願ってもないこと。アスト殿がこの世界の危機に立ち向かおうとされるのであれば、我が国は協力を惜しみません」
そして改まった口調で続ける。
「ついては、アスト殿。此度の戦を平和裏に治められたその功績に対し、我が国より褒賞をお受け取りいただきたい。
さしあたり、ゼフィレイア大金貨一千枚。さらに、貴殿を侯爵として迎え入れ、それに見合う土地の領主権を授けたいと考えております」
その瞬間、場の空気が一変した。
「待ってください!」
立ち上がったのはアストではなく――リンネだった。
「アスト様の功績を金銭や土地で報いるというのは理解できます。
ですが――爵位の授与は、いただけませんね。アスト様は、一国の王に下るような存在ではありません!」
リュミナとエヴァが慌てて袖を引くが、
アルフレッド王は静かにその言葉を受け止め、深く頭を垂れた。
「……確かに。女神殿の言う通りであった。私の軽慮浅謀、どうかお許しいただきたい」
アストはわずかに焦りを見せつつも、一礼して応じる。
「いえ……御寛恕いただき、感謝いたします。こちらこそ、彼女の非礼をお詫び申し上げます」
そして静かに続けた。
「私としては爵位そのものに否やはありません。
ただ……金銭や土地については、置き場所もありませんし統治の義務も果たせるか分かりませんので……」
「しかし、それではこの大恩に報いたとは――」
アルフレッドが食い下がる。その声には、王としての責任と、個人としての誠意が滲んでいた。
アストはしばし考え、静かに口を開いた。
「では――いくつか、私の願いをお聞きいただけますか?」
お読みいただきありがとうございます。
次話も引き続きよろしくお願いいたします。




