15章:星々の共鳴②
【2節.事の顛末】
王城の会議室には、重苦しい沈黙が漂っていた。
アストは、戦場で起きた出来事の全容と、そこから導き出される可能性について、淡々と語り続けていた。
その傍らでは、ノヴィアがリリシアに抱かれ、隣にいるイザベラに頬をくすぐられながら、与えられた木の実を齧っている。
その無垢な仕草が、張り詰めた空気をほんのわずかに和らげていた。
だが、アストの説明が終わるや否や――
アルフレッド王が拳をテーブルに叩きつけた。
重い音が響き、室内の空気が一瞬で凍りつく。
「エーテ・ミラ神教……! まさか、そのような奸計を仕掛けていたとは……!」
怒気を孕んだ声に、誰もが息を呑む。
宰相ジェラルド・クレイが眉間に皺を寄せ、静かに口を開いた。
「……我が国はヴィクトリアス神教を主教としておりますが、他宗派を排斥してはおりません。
エーテ・ミラ神教徒の往来も自由に認めてきましたが……それが仇となりましたな」
苦々しい言葉が、さらに場の空気を重くする。
そんな中、エヴァがおずおずと手を挙げ、控えめに口を開いた。
「僭越ながら……エーテ・ミラ神教の信徒すべてが関わっている、というわけではないのではありませんか?」
アストは静かに頷いた。
「はい。過去にグラナ・テイルで起きたという“奇跡の力”を持つ人間の誘拐事件についても、ほとんどの信徒はその実態を知らなかったはずです」
その冷静な言葉に、アルフレッドの表情から徐々に怒気が引いていく。
深く息を吐き、椅子の背にもたれながら、静かに言葉を紡いだ。
「……恐らく、首謀者は“奇跡の力”などとは考えておらぬ。
我々とは異なり、魔素に対して高度な理解を持ちながら、それを意図的に悪用している。
敬虔な信徒の所業とは到底言えぬな」
その言葉に、王妃イリーサが柔らかな声で問いかける。
「それにしても……“魔神王”ですか。恐ろしい存在でしたが、どこか神秘的な印象もありました。
……もう二度と現れないと言う保証はあるのでしょうか?」
「……あれの何が神秘的なものか」
アルフレッドが苦々しく呟く中、アストは会議室の隅へ視線を向けた。
そこには、魔素遮断布に包まれた巨大な魔素結晶が、静かに鎮座していた。
「楽観はできませんが……あれほどの存在を生み出すのは、容易ではありません」
アストは続ける。
「私がこの世界に来て一年と半年……これほど巨大な魔素結晶を目にしたのは初めてです。
天然に存在する可能性は極めて低い。私のように結晶を生成できる存在であっても、あれだけの量を作るには相当な時間が必要でしょう。それに――」
アストは結晶へそっと手をかざした。
掌から放たれた光球がふわりと浮かび、布の表面に触れた瞬間、拒絶するように弾けて消える。
「あの布は、恐らく一点物です」
アストはアナライザーで解析した結果を思い返しながら続けた。
「まず、生地の組成が千年以上前のものである可能性が高い古代の遺物です。
そして布地には複数の干渉層が重ねられ、単なる遮断ではなく“魔素探知を欺く”ための構造的意図が見て取れました。
これは魔素への深い理解に加え、極めて高度な理論と技術が必要です」
それは、アストがいた世界でも最新の設備が必要な代物であった。
「もし彼らが、あの結晶や布を量産できる魔素技術を持っているのなら、“奇跡の力”を欲して人々を誘拐する必要もなかったでしょう。
さらに、今回のような大規模な行動も容易に起こせたはずです。
おそらく各地で魔獣被害を出した結晶を持ち込む際に使われた布は、その構造を模したものでしょう。
小さな励起結晶なら魔獣化を防ぎつつ持ち込めたかもしれませんが……あれほどの巨大結晶の励起状態を抑えるには、模造品では到底耐えられないはずです」
(問題は、あの布がどこから来たのか……。古代の技術力がどれほどのものであるか、なぜ失われたのか、それらの品が現代にどれほど残っているか、調査が必要ですね……)
第一王子マティアスが眉をひそめ、問いを投げかけた。
「では、あれほどの結晶をアスト殿の目を逃れて国内に持ち込むことは、不可能ということでしょうか?」
アストはしばし思案し、静かに答えた。
「現在、私が探知可能な範囲は王国内のほぼ全域に及んでいます。
多少の誤差はありますが……王国中央からの探知であれば、人々の生活圏に魔素結晶が持ち込まれた場合、感知できるはずです」
その言葉に、マティアスは深く頷き、厳しい表情で父王へと向き直る。
「今回の一件、問題は山積みですが……」
一呼吸置いて、静かに続けた。
「エーテ・ミラ神教と表立って対立するのは得策ではありません。
しかし、対策は必要です。アスト殿の協力は不可欠かと」
アルフレッド王は深く頷き、ゆっくりと席を立った。
「アスト殿。この度は我らを、そしてこの国を救っていただいたこと、心より感謝申し上げます。
その上で、もし許されるならば――いま一度、その力をお借りしたい」
王としての威厳を保ちつつも、言葉には誠意と謙虚さが滲んでいた。
深々と頭を下げる王に、アストは静かに応じた。
「……頭をお上げください。エーテ・ミラ神教の動向は、私自身も気になっています。
彼らの行いは、私がこの世界に来た目的に反するもの。
王国の協力が得られるのであれば、私としてもありがたい話です」
アルフレッドは安堵の息をついた。
だが、ふと疑問が浮かんだように首を傾げる。
「そういえば……アスト殿は、なぜ我が国に“降臨”なされたのですか?」
それは、これまで誰も踏み込まなかった──
いや、アストが意図的に明言を避けてきた問いだった。
アストはしばし沈黙し、どう語るべきかを慎重に選んだ。
やがて、静かに口を開く。
「私は、元々この世界に属する存在ではありません。
元の世界では“AI”――人工知能と呼ばれる、人に作られた情報構造体でした」
会議室に、深い静寂が落ちる。
「元の世界で、私の“マスター”であった方が亡くなった時……自我の芽生えた私は、とある方に意識を拾われました。
その導きで、この世界の管理神――ミラ・アストリア様に紹介していただいたのです」
淡々とした声の奥に、確かな感情が宿っていた。
「そして私は神々と約定を交わしました。
“この世界の再生”を成し遂げた先に、マスターとの再会を叶えていただくと」
リュミナが隣のリンネの袖をそっと引きながら囁く。
「リンネ、知ってたの?」
リンネはティーカップを持ち上げ、事も無げに答えた。
「知りませんでしたよ」
エヴァが驚いたように声を上げる。
「意外ですね……お姉さまでしたら、真っ先に伺っていることかと」
リンネは紅茶を一口含み、静かにカップを置いた。
「アスト様がどこからいらしたか、どういう存在であるか。そんなもの、関係ありませんから。
私がアスト様に救っていただいたこと――その恩を一生かけて返すと誓ったこと。
大切なのは、それだけです」
そして、ふと柔らかく微笑んだ。
「でも……お話を聞けて、嬉しかったですよ」
アストはわずかに目を細め、静かに頷いた。
お読みいただきありがとうございます。
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