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アスト・プロトコル ―心を得たAIの異世界再生記録―  作者: 手封錦
第一部:ゼフィレイア王国編
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14章:聖と魔の境②

【2節.魔素構造の壁】


戦場の空に浮かぶ蒼き聖獣が、静かに手を前へと差し出した。

その掌から放たれた魔素収束光線が一直線に走り、魔神王の肩部へと着弾する。


紫黒の膜がわずかに歪む。


だが、次の瞬間には元の形状へ戻り、魔神王は微動だにしなかった。


王城のテラスで見守っていた面々が、息をのむ。



「……効いてない……?」



リュミナが不安げに呟き、エヴァが思わず身を乗り出す。

リンネは顎に手を添え、冷静に考察を始めていた。



「ただの魔獣であれば、貫通くらいはするはず。単純に層の厚みで受け止めた……ということでしょうか?」



だが、アストの瞳は別の可能性を見据えていた。



「いえ、それだけであれば、着弾箇所で魔素が拡散するはず。

それが無いということは……あの結晶、まだ魔素を吸収している?

あるいは魔獣の体内魔素循環に変換されているのでしょうか……。

いずれにせよ、単純な威力だけで霧散させるのは難しそうですね」



アストは淡々と分析を重ねる。


魔獣を倒すには、核となる魔素結晶を破壊するのが基本。

だが、魔神王の核は外部から視認できなかった。


アストはサテライト・アイとアナライザー・スキャンを併用し、表層を解析する。

しかし、サテライト・アイの探知波は吸収され、アナライザーでも結晶反応は得られない。


あまりの巨大さに、結晶が体内深くに包まれているのだ。



「直接触れれば内部構造を探れるかもしれませんが……。遠距離からでもアナライザー・エコーが行えれば……」



そう考えているうちに、魔神王が再び口を大きく開いた。

魔素が収束し、光線の放射準備が始まる。


だが、その照準はアストではなく――王城。



「私を敵として認識していないのでしょうか?

……この魔獣は、戦場に残る魔素を吸収して誕生した。

それには、駐留していた聖獣軍の兵士たちの魔素が多く含まれている。

もしかすると……」



アストは試しに、光線の射線上へと移動する。


すると、魔神王は貯めていたエネルギーを霧散させた。

そして、アストを避けるように王都へと向かい始める。



「攻撃の目標は王都……いえ、王族ということですね」



魔神王の照準は、アルフレッドたちが立つテラスを正確に捉えていた。


その挙動を見て、アストの中で一つの結論が形を成す。


住処を守る怪鳥。

飢餓に駆られた獣の襲撃。

川を堰き止める岩を壊そうとしていたイノシシ。



「形はどうあれ、魔獣はそこに生きる命が抱える“想い”の影響を受ける。

“彼”もまた、この国の行く末を憂う騎士なのですね……」



静かに呟いたその言葉は、戦場の空に溶けていく。


魔神王の歩みは止まらない。

その巨体が王都へと向かうたび、空間の魔素が揺らぎ、再び収束し直す。


アストは空中に留まりながら、魔素膜を展開して魔神王を包み込んだ。

だが、その進行は一歩も止まらなかった。



「やはり無理ですか……。

結晶状態で魔素を吸収していた時にも、最初に張っていた魔素膜が吸収されていましたね。

力を注いでる間は維持できますが、こうしている間にも吸い取られている感じがします。

これでは彼に力を与えているようなものですね……」



アストが注力を止めると、膜は瞬く間に崩壊した。


空間の魔素が再び魔神王へと流れ込み、紫黒の身体がわずかに脈動する。



「安定した魔素結晶のように、完全に基底状態に固めてしまえば吸収も防げるかも知れませんが……。

あれほど高密度に渦巻いている魔素を固めるまでに、どれほどの時間が掛かるか。

魔素を用いた手段では手間が掛かりすぎますね……」



思案を続けるアストの前で、魔神王は着実に王国へと歩みを進めていた。


進行速度は遅い。

だが、アストが射線上から外れれば、すぐに光線の発射態勢に移行する。


最初の一射目で分かっていたことだが、構えから発射までの時間が驚くほど短い。



「普通のエネルギー兵器であれば、物質破壊に至るほどのエネルギー充填には時間が掛かる。

しかし、魔素はキャリアとして驚異的な速度で応答する性質を持っている……」



アストは周囲の魔素濃度を確認する。



「あれほどの魔素を吸収していながら、大気中の魔素濃度は既に平均値に戻っている……。

十全に魔素が使えるのはこちらとしても好都合ですが、それが効かないのでは意味がないですね……」



思考を巡らせる中で、アストは最初に結晶の存在に気づかなかったことを思い出す。



「仮に励起していなかったとしても、あれだけの巨大な結晶……存在に気がつかないはずが……。

マスター曰く『疑うべきは周りから』。

結晶に気づく前は、どのような状態だったか……。“周り”……確か、布に包まれて……」



ハッとしたアストは、魔神王の後方――櫓のような戦車に引かれていた荷台に目を向ける。


そこには、一枚の大きな布が残されていた。


アストはサテライト・アイの探知波を布へと向けて放射する。



「布の下にある荷車が知覚できない……吸収……いえ、表面は感じられる。

これは遮断と反射、魔素に対するシールドのようなもの? それで存在を隠していたのですね」



魔素による念動力で布を手元に引き寄せ、アナライザーで構造を分析する。



「これは……回折、屈折、散乱の段階層……さらに弱めた魔素の吸収に加えて、その吸収したエネルギーを逆位相化した反射波による打ち消し作用まで……」



感嘆しながらも、アストは細部まで確認を進める。



「なんと高度で緻密な構造……これを作った人物は正しく天才ですね。

探知波が遮断されてしまうのも頷けます、“魔素遮断布”と言ったところでしょうか。

これで励起させた結晶を包み込み、王国に持ち込ませたのですね」



布を握りしめたアストの指先に、わずかな力がこもる。

その視線は、もはや分析者のものではなかった。

静かに、しかし確かな意志を宿した瞳が、魔神王を真っ直ぐに射抜いた。

お読みいただきありがとうございます。

次話も引き続きよろしくお願いいたします。

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