14章:聖と魔の境①
【1節.戦場の魔神王】
王都――王城最上階。
戦場を一望できるテラスには、国王アルフレッドをはじめとする王族、
そしてアストと共に王都へ赴いた面々が集っていた。
女王イリーサ、第一王子マティウス、第一王女イザベラ、第二王女リリシア。
そしてエヴァ、リンネ、リュミナ、エルバート、カイル。
全員の視線が、ただ一点へと吸い寄せられていた。
「……何だ、あれは……」
マティウスの呟きが、張り詰めた空気を震わせる。
魔獣の上半身は、神王ヴィクトリアスの偶像に酷似していた。
だが、下半身は四足の獣。
全身を覆う紫黒の魔素は濁流のように揺らぎ、禍々しい気配を放っている。
「神王ヴィクトリアス様の御姿を借りた魔獣など……エーテ・ミラ神教め、あのような化け物をこの地に顕現させるとは……なんたる冒涜……!」
憤るアルフレッドに対し、リンネは冷静そのものだった。
「魔獣は吸収した魔素に刻まれた“記憶”から姿形を借ります。
あの魔獣が取り込んだ魔素には、戦場にいた人々の信仰が強く含まれていたのでしょう。
――つまり、神王ヴィクトリアスを強く思う者が多かった、というだけの話です」
淡々とした説明に、場の空気が一瞬沈黙する。
だが、リンネはすぐに眉を吊り上げた。
「……そ・れ・よ・り! なんなのですかあの姿は!?
アスト様の演出に対する畏敬の念が混ざった結果だとは思いますが! よりによって下半身!?
常識的に考えてアスト様の方が上半身を担うべきところでしょう!!」
突然の怒りに、場の全員がわずかに引いた。
エヴァが慌てて取りなす。
「アスト様の御姿を知っている方のほうが少ないですし……。
多くの方々にはヴィクトリアス様の方が周知されていますから……」
これまでの聡明な淑女然とした様子からの変貌ぶりに、
アルフレッドは思わずエルバートに耳打ちする。
「……女神殿は、いつもこうなのか?」
「ええ、まあ。ことアスト殿が絡むと特に、ですな」
エルバートが苦笑し、リュミナが呆れて深くため息をつく中、
興奮冷めやらぬリンネを呆然と見つめるアルフレッド。
その瞬間――
戦場から閃光が走った。
「下がってください!」
リンネが咄嗟に全員の前へ飛び出し、両手を構える。
直後、テラス近くに張られた魔素膜が光線を屈折させ、王城の遥か後方へと逸らした。
「い、今のは……!?」
突然の出来事にイザベラが声を上げてよろめく。
エヴァは彼女を支えながらリンネを見た。
「……ただの魔素を圧縮した光線ですね」
リンネが手を払いながら淡々と答えると、リュミナが目を輝かせた。
「今の、リンネが弾いたの!? すごい! どうやったの!?」
胸を張ったリンネは、誇らしげに語る。
「弾いたのではなく、魔素の膜を作って屈折させただけです。
アスト様が先に魔素膜で光線の威力を大きく弱めてくださっていたので、私でも逸らすことができました。
つまり――二人の共同作業ですね!!」
(……いつでもアスト様の“姿見”を作れるように魔素膜を使う練習をしていたのが……まさかこんな形で役に立つとは思いませんでしたが……!)
自分で言った“共同作業”という表現に、頬に手を当てて身悶えるリンネ。
だが、他の面々はその様子に呆れを見せる余裕もなく、
今起きた命の危機に、ただ沈黙するだけだった――
「……今のは危なかったですね。
咄嗟のことで“92%ほど”しか軽減できませんでした。
残りの8%でも十分致命傷に至ったはず……それを正確に屈折させて防ぐとは。
魔素膜の運用練習をしていることには気づいていましたが、まさかこの状況を見越していたとは……
流石リンネですね」
アストは後方を一瞥し、すぐに魔獣へと視線を戻す。
異形の魔獣は、開いた口を閉じ、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「文献で見た神王ヴィクトリアス様の姿に似ていますね。
魔獣の神王――“魔神王”と言ったところでしょうか。
しかし、口から魔素の収束光線とは……これまでの魔獣にはなかった能力ですね。
体内に魔素を充填して放射する器官でもあるのでしょうか?」
呟きながらも、アストは魔神王の巨体を見据える。
魔素による巨大化を施したアストよりもさらに大きく、
空中に浮かぶ彼と視線を合わせるほどの高さ――
その体躯は三十メートルを優に超えていた。
「考察は後にしましょう。興味を引かれるとつい分析してしまいます……悪い癖ですね。
さて、リンネのプランに乗って誕生まで待ちましたが、これ以上同じようなことをされては困りますし、早急に対処することにしましょう」
アストの瞳が静かに光を帯びる。
立ち上がった魔神王の巨影が、戦場の空気をわずかに震わせていた。
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