13章:選択が生むもの⑥ ◆章完
【9節.戦場の卵】
戦場には、奇妙な静けさが満ちていた。
先ほどまで響いていた怒号も、剣戟の余韻も、いまは遠い記憶のように薄れている。
レオニスは駆けつけた部下と共に、気絶したローデリクたちを騎馬に括りつけていた。
その動きは迅速で、無駄がなく、日頃の訓練の成果がそのまま形になったようだった。
一方で、コーティンはその様子に目もくれず、ただアストを見つめていた。
その瞳には、敗北でも恐怖でもない――
長い迷いの果てに辿り着いた、ある種の覚悟が宿っていた。
アストはその視線に気づき、静かに問いかける。
「……コーティン様? どうされたのですか?」
しばしの沈黙。
風が鎧の隙間を抜け、乾いた音だけが耳に残る。
やがて、コーティンは自嘲を滲ませた声で口を開いた。
「私は、あの時……あなたの声がいただけなかった。
私は騎士の風上にも置けぬ売国奴、卑劣な裏切り者だ。
ここで逃げたところで行く先もありません。……微力ながら、力添えをさせて頂きたい」
その言葉に、アストは「あ……」と困ったように頭を揺らし、申し訳なさそうに言葉を返す。
「……あの時、私は“良き者”“迷いのある者”と呼びかけましたが、それは“王国に剣を向けることに迷いを覚える者”という意味でした」
アストはパシロッテとの会話から得たヒントを元に、
スターリコールによって彼らの装備や衣類から、従軍するに至った経緯を読み取っていた。
そして、一人一人の背景に適した説得――
平和と安寧を望むのであれば、真に剣を向けるべき先は王家ではないと語りかけていたのだ。
魔素膜によるドームはただの演出ではなく、記憶の読み取り、指向性を持たせた語りかけ、武装の位置把握や破壊干渉……
アストの能力を最大限活かすための“場”を作るためのものでもあった。
「コーティン様の場合は、既にその心の中で決意を固めていたようです。
“王国に剣を向ける”のではなく、“王国のために剣を振るう”と。
そのため、説得の対象からは除外していました……申し訳ありません」
その言葉に、コーティンは息を呑んだ。
アストは続ける。
「……コーティン様。あなたがまだ“騎士”であるつもりならば、ここで命を落とすより、他に果たすべき役目があるはずです。
この場は、私が引き受けます」
コーティンは唇を噛みしめ、何かを堪えるような表情を見せた。
しかし、次第に胸の奥で何かがほどけるように、ゆっくりと目を閉じる。
そして深く頭を下げると、口笛で愛馬を呼び寄せる。
馬に飛び乗ると、レオニスたちと共に王国軍の方へ駆け出していった。
その背には、先ほどまでの迷いが嘘のように、確かな決意の光が宿っていた。
アストはその姿を見送りながら、ぽつりと呟く。
「……しかし、リンネの神算鬼謀には脱帽の極みと言ったところでしょうか」
彼の視線は、遠く戦場の後方――
黒く膨れ上がった“それ”へと向けられていた。
「確かに、魔獣の発生には異常な点がありました。
魔素の淀みがない場所にも発生していたこと。最近においては王国辺境での発生が多いこと……」
アストはフロック村やヴェルディア、グラナテイルでの活動の傍ら、この世界の自然調査も依然として進めていた。
その中で、魔獣の発生には傾向以上に、意図的な“偏向”も見られた。
「それは、何者かが意図的に核となる魔素結晶を配置し、魔獣被害を誘発させていた可能性があるということ。
その上で、魔素結晶を人為的に入手、あるいは生成できる可能性も考慮すべきであり……巨大魔素結晶の存在も、懸念事項ではありました」
一息置き、静かに言葉を継ぐ。
「しかし、現代の人間の魔素技術でここまでのものが?
……いえ、私が見知っている技術レベルはあくまでゼフィレイア王国内のもの、希望的観測だけで動いてはいけないということが、今回のことでよく分かりました。
いずれにせよ、首謀犯はおそらく――エーテ・ミラ神教。
彼らには、いずれこの件の代償を払ってもらうことにしましょう」
そして、黒体を見据えたまま呟く。
「さて……そろそろ出てくる頃かと思いますが」
その言葉通り、戦場の中心に鎮座していた黒体は、内部から脈動するように形を変え始めていた。
膨張と収縮を繰り返し、表面が波打つ。
まるで巨大な心臓が鼓動しているかのように。
やがて、再び球体へと収束したその“卵”は――
上部から、溶けるように崩れ落ちていった。
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これにて第13章は終了となります。
次章も引き続きよろしくお願いいたします。




