13章:選択が生むもの③
【5節.謁見】
レオニスとエルバートの同伴もあり、謁見の段取りは驚くほど円滑に進んだ。
王都の中枢――謁見の間へと向かう一行は、静寂に包まれた長い回廊を進んでいた。
石造りの床に足音だけが反響し、その音が緊張をさらに際立たせる。
リュミナが小さく呟いた。
「……ちゃんと出来るかな……」
その不安げな声に、後ろからカイルが柔らかく声をかける。
「大丈夫ですよ。リュミナさんなら、きっと立派にこなせます」
リンネがさらりと続ける。
「あなたがすることなど、何もありませんよ」
「話の進行はアスト様とエヴァちゃんがします。
あなたは私が教えた通り、皆に合わせてお辞儀をしたり、膝をついていれば良いのです」
「それが出来るか不安なんだよ!」
リュミナの小声の抗議に、一行の間にふっと笑いが漏れる。
だが、その空気もレオニスの一言で引き締まった。
「皆様、静粛に願います。間もなく謁見の間です」
その声に、誰もが自然と背筋を伸ばす。
やがて、重厚な扉の前に辿り着いた。
左右の衛士が無言で頷き合い、ゆっくりと扉を押し開ける。
「聖獣アスト・ロカス殿、並びに随行の者、謁見の間へ参上仕る!」
案内役の声が高らかに響くと同時に、扉の奥から荘厳な空気が流れ出した。
玉座の間は高天井の広間で、ステンドグラスを通した陽光が床に色彩の帯を落としている。
奥には一段高く設えられた玉座が二つ。
向かって右に国王、左に女王が鎮座していた。
王の傍らには凛々しい青年。
女王の側には気品を湛えた女性と、まだ幼さの残る少女。
その少し後方には、王国の礼服を纏った壮年の男性が静かに控えている。
リンネが小声で囁く。
「……国王アルフレッド・ゼフィレイア・シーズン、そして女王イリーサ。
王の側にいるのが第一王子マティアス。女王の側にいるのが第一王女イザベラ、第二王女リリシア。
そして控えているのが宰相ジェラルド・クレイ。王政の実務を担う人物です」
アストは小さく頷き、玉座の面々へ視線を移していく。
(あの方が……エヴァ様の御学友でもある王女イザベラ様……そして……)
その隣に立つ少女――リリシアに視線を移した瞬間、アストはわずかに目を見張った。
リリシアもまた、アストを見つめ返していた。
その瞳には、年齢に似合わぬ静けさと、どこか懐かしさが宿っている。
「謁見者、入室を許可されました。進まれよ」
衛士の声に、一行は静かに歩を進めた。
赤絨毯の上を進む足音だけが、広間に淡く響く。
イザベラはエヴァの姿を見つけ、思わず表情を綻ばせた。
だがすぐにその感情を抑え込み、胸元で手を組み直す。
王女としての立場が、旧友への歩み寄りを許さなかった。
玉座の前に辿り着いた一行は、定められた位置で膝をつき、頭を垂れる。
まずはエヴァが口を開いた。
「ヴェルディア領主、クロウフォード家当主、エヴァ・クロウフォードにございます」
続いてエルバートが穏やかな声で続ける。
「王国名誉騎士、エルバート・グレイ、謁見の栄を賜り、感謝申し上げます」
国王アルフレッドは静かに頷き、落ち着いた声で告げた。
「楽にされよ」
その言葉に、一行は立ち上がる。
リュミナは少し慌てたように膝をついた姿勢から立ち上がり、リンネがそっと手を添えて助けた。
アルフレッドはエヴァに目を向け、柔らかく言葉を継ぐ。
「見違えたな、エヴァ。クロウフォード家の名に恥じぬ成長ぶりだ。
そして、エルバート殿……変わらぬ壮健、何よりである」
エヴァとエルバートは軽く頭を下げ、礼を返す。
アルフレッドは頷き、視線をその背後へ移した。
中央に立つリンネ、そして彼女の腕に抱かれた蒼き獣――アストへ。
「その者たちが?」
エヴァが静かに頷いた。
「はい。我がヴェルディアの町を血咳症から救った女神、リンネ・トゥリシュナー様。
そして、聖獣アスト・ロカス様にございます」
その言葉が響いた瞬間、謁見の間にざわめきが走った。
廷臣たちが互いに顔を見合わせ、低く声を交わす。
アルフレッドは手を軽く上げ、そのざわめきを一瞬で鎮めた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「聖獣様、よくぞ参られた。
王都にてその御姿を拝すること、我らにとってこの上なき光栄にございます」
その口上に、アストは静かに頭を下げた。
「アスト・ロカスと申します。
此度の騒乱、私の存在が一因であるならば、責を負うべきは私。
真実を見極め、平和を取り戻すため、参上しました」
アルフレッドは深く頷く。
「ヴェルディア、グラナテイルにおける血咳症の治療、そして各地の魔獣討伐の件……すでに聞き及んでおります。
アルフレッド・ゼフィレイア・シーズンの名を持って、感謝を申し上げます」
アストは静かに礼を返した。
アルフレッドは一拍置き、表情を引き締める。
「聖獣軍……いや、貴殿が関わっていないのであれば、もはや反乱軍であるか。
我らもそれに備え、軍備を整えているところ。
もし助力を願えるのであれば、これ以上ない僥倖にございます」
だが、アストは穏やかに首を振った。
「失礼ながら、その件については、我々より提案がございます。
この戦争を、武によらず治める案が」
アルフレッドは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに真剣な面持ちで言った。
「……詳しく聞かせて頂こう」
その言葉に、謁見の間の空気が再び張り詰める。
アストは静かに頷くと、
計画の全てを語り始めた。
――そして今。
あの日から数日が経ち、
アストは空の上にいた。
巨大な魔素膜が揺らめく戦場の上空。
彼の視線は、地上に広がる十万の軍勢を静かに見下ろしていた。
お読みいただきありがとうございます。
次話も引き続きよろしくお願いいたします。




