13章:選択が生むもの②
【3節.詭弁】
翌朝。
整然と並んだ兵士たちが、張り詰めた空気の中で進軍の号令を待っていた。
その最後尾には、櫓のような巨大戦車が鎮座し、
エーテ・ミラ神教の教団員たちが不気味な沈黙をもって控えている。
コーティンは騎馬の上から部隊を見渡し、
ふと後方の異様な構造物に目を留めた。
「……なんだ、あれは。巨大なラッパか?」
戦車の左右には、直径三メートルはあろうかという金属製の円筒。
その異様な装置に目を細めていると、後方からローデリクが悠然と戦車へと乗り込んだ。
従者が、チューブのついた奇妙な器具――マイクのようなものを差し出す。
ローデリクはそれを受け取り、わざとらしく一呼吸置くと、口元へ寄せた。
「諸君――これは聖戦である!」
瞬間、左右の円筒から轟音のような音波が放たれ、
戦場全体に声が叩きつけられる。
「我らが歩んできた平和の時代は尊い。
だが今、その安寧は魔獣の爪に裂かれ、村は焼かれ、子らの笑顔は奪われている!」
「それを前にして王族は沈黙し、玉座は揺るがぬまま!
その怠慢こそが災厄を招いたのだ!」
兵士たちの視線がローデリクへと吸い寄せられる。
「私は民の声を聞いた!
飢えに耐え、恐怖に震える者たちの祈りを胸に刻んだ!」
「だからこそ、私は立ち上がる!
繰り返す! これはただの戦ではない――聖戦である!」
声は戦場の空気を震わせ、兵士たちの心を揺さぶった。
「神王ヴィクトリアスは天より我らを見守っておられる! そして我らには聖獣様の加護がある!」
「この地に生きる者の尊厳を守るため、我らは剣を取る! 意志ある者よ、我らと共に立て!」
「この戦は、未来を取り戻すための戦いだ! 神と聖獣と共に、我らは進む!」
「そして必ず――勝利を掴むと誓おう!!」
締めの言葉と同時に、兵士たちの雄叫びが陣地を揺らした。
ローデリクは満足げに笑みを浮かべ、手を前方へと掲げる。
歓声が静まるのを待ち、再び声を張り上げた。
「総員――進軍開始!!」
号令と共に、各隊の隊長が次々と指示を飛ばし、部隊は一斉に動き出す。
コーティンもまた、部隊の指揮を執りながら進軍を開始した。
「名演説だな……。これで騎馬にでも乗って共に進んでいれば、私も絆されていたかもしれないが……」
ちらりと後ろを振り返る。
ローデリクは戦車に据えられた豪奢な椅子にふんぞり返り、
まるで戦場の中心にいる自覚すらないようだった。
「いい気なものだ……これから何万という騎士や民が死地に向かうというのに……」
苦々しく呟きながらも、コーティンは頭を振る。
「いや、今は戦いに集中するべきだ。戦を長引かせず、少しでも被害を抑えられれば……」
そう自らに言い聞かせ、前方へと視線を戻した――その瞬間。
コーティンの瞳が大きく見開かれた。
前方に広がる光景は、常識では説明できない“異常”だった。
【4節.その者、聖獣につき】
「さて、そろそろ頃合いでしょうか」
聖獣軍の駐屯地と王都の中間――
戦場予定地である原野の上空。
風の流れを無視するように、アストは空中で静止していた。
薄い魔素膜が周囲を揺らぎ、空気をわずかに震わせている。
「それにしても、可能とは言いましたが……リンネの注文は少々過剰ではありませんかね」
小さくぼやきつつも、視線は遠くの王都へ向けられていた。
その瞳に映るのは、これから始まる戦ではなく――少し前の記憶。
――遡ること、十日前。
馬車の車輪が石畳を軋ませながら、王都の門前に到着したとき。
アストは車内で静かに息を整えていた。
手綱を握るのはカイル、隣にはエルバートが座っている。
リンネ、リュミナ、エヴァも同乗し、
緊張と警戒が狭い空間にじわりと満ちていた。
門衛が手を上げ、馬車を停止させる。
エヴァが窓を開け、毅然と名乗った。
「私はヴェルディアの領主、クロウフォード家当主、エヴァ・クロウフォードです」
しかし、門衛の表情は微動だにしない。
緊急事態下であるため、領主であろうと通行は許可されていない――そう告げられた。
エヴァの脳裏に、リンネの言葉が重くよみがえる。
『あなたは今、疑われる立場にある』
歯がゆさが胸を絞めつける。
沈黙の中、エルバートが馬車を降りる。
門衛たちは警戒し、武器に手をかけた。
だが、エルバートが胸元から何かを取り出した瞬間――
門衛の一人が目を見開き、慌てて門の奥へ駆けていった。
「……何を見せたのですか?」
アストが問うと、エルバートは馬車に戻りながら穏やかに笑った。
「まぁ、今はゆっくりと待ちましょう」
やがて、門の奥から一人の騎士が現れる。
「エルバート・グレイ様!」
馬を駆りながら声を張るその男に、エルバートは軽く手を上げた。
「久しいな、レオニス。元気そうで何よりだ」
騎士――レオニスは嬉しげに頷きつつ、馬車の窓へ視線を向ける。
エヴァへ丁寧に挨拶を済ませると、車内の面々へ目を移した。
「こちらの方々は……?」
エルバートは順に紹介する。
「手前に座っているのはリュミナ・バルクス、グラナテイル都市長補佐、グレン・バルクスのご息女だ。
そして奥にいるのはリンネ・トゥリシュナー、フロック村で医者をしておられる」
レオニスの表情が驚きに揺れる。
「あなたが……ヴェルディアを血咳症から救ったと噂される女神、リンネ・トゥリシュナー殿。
では、そこにおわす方は……」
リンネの膝に座る蒼き獣へ視線が向けられる。
エルバートはにやりと笑い、静かに告げた。
「アスト・ロカス殿。彼の名高き聖獣様だ」
その言葉に、レオニスの瞳が揺れる。
敬意、驚き、そして何かを悟ったような静かな感情が浮かんだ。
――石畳を踏む馬の蹄音が、王都の朝を穏やかに揺らす。
馬車の横を並走しながら、レオニスが改めて名乗った。
「改めてご挨拶を。王国騎士団大隊長、レオニス・ヴァルグレインと申します」
リュミナの膝に移っていたアストは、顔を上げて応じる。
「アスト・ロカスです。王都への入城を許していただき、感謝いたします」
レオニスは微笑み、首を振った。
「いえ、エルバート様がご一緒であれば、通さぬわけに参りません」
そしてエルバートに視線を移すと、誇らしげにその功績を語り始める。
「この方は私の師であり、現在の王国剣技の基本体系を築いた始祖でもあります。
その功績により、王国から名誉騎士の称号を授かっておられます。
門衛に示されたのは、その証となる印章です」
馬車の中で聞いていたエルバートは、肩をすくめて笑った。
「基本体系などと……古来の由緒正しい剣技に、無粋にも少々手を加えただけです。
しかし、門衛の者がしっかり勉強してくれているようで助かりましたな。
騎士にだけ通じる裏技といったところでしょうか」
エヴァとリュミナは驚き、リンネは涼しい顔で外を眺めている。
レオニスは苦笑しつつも、すぐに真剣な表情へ戻った。
「それで……聖獣軍に、アスト様は関わっていないというのは本当でしょうか?」
アストは静かに頷く。
「はい。私は聖獣軍の編成にも作戦にも関与していません。
ただ、私の存在が発端となったのであれば、責任はあると考えています。
だからこそ、解決のために王都へ参りました」
レオニスは複雑な表情を浮かべた。
安心と、別の懸念が入り混じったような顔。
アストが視線を向けると、レオニスは慌てて前方を指し示した。
「……まもなく王城です」
リュミナが窓から身を乗り出す。
朝の光を受けて輝く王城が、王都の中心にそびえていた。
「……すごい……!」
リュミナの感嘆が漏れる。
アストもまた、静かにその光景を見つめていた。
その瞳に映るのは――ただの城ではない。
これから向き合う、王国の記憶と未来の象徴だった。
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