13章:選択が生むもの①
【1節.悔恨】
王都を目前に構える聖獣軍の陣地。
その中心に張られた指令本部のテントでは、
コーティンが静かに作戦の最終確認を進めていた。
「作戦案、部隊編成、物資の積み込み……すべて完了。今日中には本隊も到着する。そうなれば、あとは――進軍の号令を待つのみか」
淡々とした声とは裏腹に、
その胸中には重い鉛のような感覚が沈んでいた。
卓上に広げられた地図へ視線を落とし、
自陣から王都へと目を滑らせる。
ある一点に辿り着いた瞬間、
コーティンの表情がわずかに歪んだ。
「……王都ヴィクター。本作戦の最終目標」
その呟きが落ちた直後、
テントの入口が勢いよく開く。
「失礼します! ローデリク・ファルステイン様が到着されました!」
沈んでいた思考が一気に引き締まり、
コーティンは素早く顔を上げた。
「分かった。私が迎えに上がろう。お前は装備と物資の最終確認を各隊に伝えてくれ。
……この軍には義勇兵、つまり民間人も多い。彼らを守るのも我ら騎士の務めだ。
その事を忘れぬようにな」
「はっ!」
兵士は敬礼し、足早に去っていく。
その背を見送りながら、
コーティンは静かに息を吐いた。
腰の剣を引き抜き、掲げる。
刀身はテントの隙間から差し込む光を受けて、淡く輝いた。
「……何が“騎士”か」
低く、苦い声が漏れる。
「過去には民どころか部下すら守れず……その責を負って王国軍を離れた。
それが今では反乱軍の総大将……私がしたかったことは……本当に、こんなことだったのか……?」
剣の平に映る自分の顔は、
かつて誇りを胸に抱いていた青年の面影をほとんど残していなかった。
「確かに、魔獣の横行で辺境の民は疲弊していた。それを王族の怠慢だと責める声もある。
だが――彼の聖獣は王を誅することなく、ただ人々を助けているという。
その行いこそ“義”というものではないか。そんな彼に……私は胸を張れるのか?」
握りしめた拳に力がこもる。
剣に映るのは、迷いと憂いを宿した男の顔。
その迷いは、
これから迎える戦の重さを誰よりも理解しているがゆえのものだった。
【2節.奸臣ここに極まれり】
テントを出たコーティンは、
到着した貴族を迎えるため陣地の外れへ向かった。
そこには、戦場には不釣り合いなほど豪奢な馬車が停まっていた。
四輪の車体には細やかな金細工が施され、
側面には家紋と“聖獣”の紋章が大仰に描かれている。
屋根には絹張りの天蓋、
車輪には泥除けまで付けられていた。
「……あの様式。チャリオットでもカレッジでもない……まさかバルーシュか。
戦場に持ち込むような代物ではないな」
眉をひそめながら、
コーティンは馬車から降り立つ人物を見つめた。
「民のために剣を取ると言いながら、足元は絹と金か。これが“聖獣軍の象徴”とは……。
いや、戦場に姿を見せるだけ、まだマシと言うべきか」
憤りを通り越し、
呆れが混じった独白は風に溶けて消えた。
「ローデリク・ファルステイン閣下、お迎えに上がりました。
聖獣軍総大将を拝命しております、コーティン・ラグナルドです」
膝をついて挨拶すると、
ローデリクは当然のように顎を上げて言った。
「うむ、面を上げよ。状況はどうなっている?」
コーティンは膝をついたまま、淡々と報告する。
「滞りなく進んでおります。最終確認も完了し、兵たちはいつでも進軍可能です。
あとは閣下の号令をいただければ」
ローデリクは満足げに頷き、
従者へ馬車の移動を指示した。
その際、コーティンは一際大きな荷車に目を留める。
そばには、エーテ・ミラ教団の礼服を纏った神官が控えていた。
「あれは……?」
問いかけると、ローデリクは不快そうに眉をひそめた。
「君が気にすることではない。それより司令部のテントに案内したまえ。
ここまでの移動で少々疲れた。進軍前に少し休ませてもらおう」
(……何を悠長な)
胸中で毒づきながらも、
コーティンは「こちらです」とだけ答え、テントの方を示した。
ローデリクが黙って歩き出す。
その後ろを歩きながら、コーティンが声をかける。
「一つ、気がかりな点がございます。よろしいでしょうか?」
「なんだね?」
「陣地を設営して一週間は経ちますが、王国軍に一切動きがありません。
定石であれば、我々の体制が整う前に一撃を加えるべきところ。
偵察すら来ないというのは……不自然かと」
コーティンの懸念を、ローデリクは鼻で笑った。
「何を言うかと思えば。それだけ今の王国が腑抜けているということだ。
魔獣の横行を許すばかりか、自らを守ることすらできぬとはな。
貴公の話を聞いて、私はますます此度の戦の意義を確信したぞ」
愉快そうに笑いながらテントへ入っていくローデリクに、
コーティンは頭を下げて言葉を返す。
「左様でございますか。では私は兵たちの様子を見て参ります。
進軍の際には、閣下のお言葉を賜れれば皆の励みとなりましょう」
「うむ」
短く返し、ローデリクは幕舎の奥へ消えた。
コーティンは頭を下げた姿勢のまま、深く思考に沈む。
(……もしこの戦に勝利し、あの男が国を統べることになればどうなる?
いや、王都を落としたところで、聖獣軍に与していない民や貴族が素直に従う保証などない。
そうなれば――戦乱の世の始まりか……)
想像した未来に、背筋に冷たいものが走る。
コーティンは天を仰ぎ、静かに息を吐いた。
「……いずれにせよ、私は忠義に背いた“悪名高き騎士”として歴史に名を刻むことになるだろう。
ならば――いっそ、その道を突き進んでしまうのも悪くない。
いざとなれば、次代の悪しき王も……私が……」
その胸中に、仄暗い決意が静かに満ち始めていた。
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