12章:幕間
【幕間.結希乃とミラ6】
結希乃とミラが過ごす空間には、静かな時間が流れていた。
そこに置かれた大きなモニターには、アストの視界を通した映像が映し出されている。
「そういえばこの世界の人の言葉、いつの間にか私も分かるようになってるけど……どうなってるの?」
結希乃が首をかしげると、ミラはリモコンを置き、画面を指さした。
「この映像はアスト様の認識を通して映っているので、翻訳されたものとして届いているんです」
「あ〜、アストが三ヶ月くらいソロで頑張って言語覚えてた時期あったもんね。ってことは、アストの意訳が混ざってる可能性もあるんじゃ?」
「そうですね……でも、ほとんど合っているとは思いますよ。特にリンネさんの話し方なんて――」
ミラが言いかけたところで、ふと横に気配を感じた。
そこには、いつの間にか二人の間に座っている子カピバラ──テップの姿があった。
「テ……テップ様!? いつの間にいらしていたのですか!?」
「ついさっきだよ~。ちなみに那琉はあそこでお茶を淹れてくれているよ」
視線の先では、那琉が湯気の立つポットを静かに傾けていた。
「……あんたがテップなの? 子どもカピバラ? 所謂“神様の仮の姿”ってやつかしら?」
「そうでもあるし、そうでもないとも言えるかな〜」
「まぁ見た目は可愛いけど……あんたに言いたかったことがあるのよね。
ミラや那琉ちゃんに迷惑かけてるんじゃないの? 話を聞く限り、かなり苦労してるみたいだけど?」
「ちょっ、結希乃さん……!」
「へぇ、僕の話ねぇ……」
ミラが慌てて補足する。
「いえ、その……パルカ・アストリアを任される前の頃の話を少々ですね……」
テップは前足を揃え、少しだけ視線を落とした。
「うーん、確かに今思うと、幾らか無茶ぶりをしてしまった気はするね」
「二人がお人好しだからって、あまり傍若無人な態度はどうかと思うわよ?」
テップはじっと結希乃の顔を見つめた。
その丸い瞳に、妙な含みがある。
「……何よ?」
「いや〜、何でもないよ。ただ、人のことはあまり言えないのではないかと思ってね〜」
「なんでもあるじゃないのよ! このナマモノが!!」
結希乃は反射的にテップを抱き上げ、その首元を締めあげた。
「ギブ! ギブ! 助けて那琉〜!」
那琉が湯気の立つカップをそっとテーブルに置くと、
結希乃はテップを放り投げ、すぐさまそちらへ吸い寄せられた。
「わぁ! 那琉ちゃんのお茶久しぶりね! 私やミラが淹れるのとはまた違って格別なのよね〜!」
「えぇ、本当に……良ければコツを教えていただきたいほどなのですが……」
那琉は嬉しそうに微笑む。
だが、その目の奥にはほんの少しだけ寂しさが滲んでいた。
「うーん、那琉が作るのは“特別”だから、君たちでは無理かなぁ」
テップも自分の前に置かれたカップを啜りながら口を挟む。
「ふーん、神様特有の力みたいな? まぁ美味しければなんでもいいけど!
そういえばあんたなりに無茶ぶりだったって反省してるのって何なの?」
「そうだね〜。生命のスープが出来たばかりの星で、ちゃんと命が生まれるか見守ってってお願いしたら、一万年くらい掛かっちゃったこととか?」
「……何かが大変だったというわけではありませんが、あの時は植物のような気分でした……」
ミラは遠い目をした。
その表情は、妙にリアルだ。
「今の僕たちからすると誤差の範囲ではあるんだけど、あの頃のミラにはまだ辛かったかもしれないね」
「へぇ、神様でもそういうのって辛いものなの?
それこそ一万年を誤差と言えるくらい生きてるんじゃない?」
「うーん、まぁ存在によるのかな。でも正直、何の面白みもない光景をずっと見続けるなんて苦痛でしかなくない?」
「そりゃそうでしょ。って、それが分かるならなんでそんな試練を課したのよ!」
「いやぁ、僕的には試練というより、命の成り立ちを実際に見て経験にして欲しいかなって程度だったんだけど……あんなに真面目に待ち続けてくれるとは思わなくてさ〜」
「そういういい加減なところが迷惑をかけてるって言うのよ?」
「反省しきりだね。今度お願いする時は、君たちの世界で言うカンブリア紀くらいの生命の進化を観察して貰うことにしようかな。その方がまだ面白いよね」
「そういう問題じゃないと思うけど。どっちにしても、ミラのことはもうここを任せるつもりで、他にやるつもりなんてないんでしょ?」
テップの動きが止まった。
ミラも息を呑む。
「え……?」
結希乃の確信めいた言葉に、ミラが驚いた顔を向ける。
テップは静かに頷いた。
「そうだね。この世界そのものが熱的死を迎えるまで……もしくはミラ自身が嫌だと言うまでは、お願いしたいと思っているよ」
「テップ様……」
「……あんたね。ミラにこの世界を任せてから、もうかなりの時間経ってるんでしょ?
神様の時間感覚とか良く分かんないけど、その間ずっとミラは“ミスしたら役目を下ろされるかも”って気に病んでたのよ。
そのつもりなら、ハッキリ言ってあげないとダメでしょ」
テップはしばらく黙り、やがて深く息を吐いた。
「……そうだね。確かにその通りだ。
ありがとう。本当に、君たちには教えられてばかりだね」
飄々とした態度は影を潜め、テップは穏やかな眼差しで結希乃を見つめた。
「え、急に何よ……まぁ反省してるなら良いけど。
自分で言っておいてなんだけど、神様に説教して感謝されるってちょっと複雑ね……」
「さっきも言ったけど、別に僕たちは“神様”なんていう、君たちが考えているような高尚な存在じゃないよ。
ただちょっと違う次元から君たちの世界を見ることができるってだけの存在。
そして僕たちの本来いる次元は、熱くも寒くもないし、ただ事象が淡々と積み重なっていくだけ……そんなところなんだ」
「……あんたたちも、あんたたちなりの悩みがあるってことかしらね」
「そうそう。だから僕たちは、変化に富む君たちを愛してるんだ」
「最終的にペット扱いか!」
「ペットというのは語弊があるな〜。
例えばそう……結希乃くんだって、お気に入りの物語の一つや二つくらいあるだろう? それと同じさ」
「大して変わらんわ!」
結希乃の声が、空間いっぱいに響き渡った。
ミラと那琉は思わず肩を震わせ、テップは前足で耳を押さえながら転がった。
お読みいただきありがとうございます。
次章も引き続きよろしくお願いいたします。




