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12章:人々の思い、一人一人の想い⑤ ◆章完

【5節.produced by リンネ】


エヴァの一声に、場の空気が再び引き締まった。



「いやいや、エヴァちゃんもちゃっかり乗っかっていたじゃありませんか」



戻ってきたネックレスを首にかけ直しながら、リンネが軽快にツッコミを入れる。


エヴァは「コホン……」と照れたように咳払いし、気を取り直して続けた。



「アスト様は、何か良案を思いつかれたようです。ただ、この作戦を成功させるには、アスト様が“噂の聖獣”であると信じていただくことが何より肝心です」



その言葉に、リンネが何気なく肩をすくめる。



「ですね~。ただ制圧するだけなら、十万の兵なんてアスト様お一人でもどうとでもなりますから」



あまりに自然な口調で言い放たれたため、一同は揃って目を丸くした。



「訓練中の王国軍を半壊させた魔獣を撃退したという噂も聞いたことがありますが……アスト殿は、そこまでの強さをお持ちなのですか?」



ヴァルドが恐る恐る尋ねると、隣のパシロッテが胸を張って答える。



「言ったでしょ? アスト様は、馬車くらい大きい鳥の魔獣を、一発で森の向こうに蹴り飛ばしたんだから!」



アストも穏やかに補足する。



「仮にエルバート様のような強者が十万人いたとしたら、さすがに大変だと思いますが……多くの方々は民兵だと聞いています。鎮圧するだけなら、問題はないかと」



さらりと言ってのけるアストに、エルバートは苦笑しながら呟いた。



「逆に言えば、私が十万いても『大変』の一言で済むのですか……。まだまだ精進が必要ですな……」



その皮肉めいた返しにアストが慌てて言葉を探すより早く、エヴァが静かに口を開く。



「ですが、彼らは魔獣を恐れ、その脅威から救いを求めて立ち上がっただけ。できる限り穏便に済ませられるなら、それが最善だと思います」



その言葉に皆が頷く中、リンネが胸を張って宣言した。



「ということで、アスト様を利用すること、ましてや剣を向けることがどれほど無意味で、無駄で、愚かしい行為か――はっきりと分からせてあげないといけませんね!」



リンネは勢いよく立ち上がると手を打ち鳴らす。


すると、どこからともなくシーディが黒板を持ってきて、チョークをリンネに手渡した。



(リンネお姉さま……いつの間にシーディを手なずけて……?)



リンネは黒板をバンッと叩き、第一段階を指し示す。



「まずは王国軍に接触しましょう。クーデターの情報はすでに国中に広まっていますし、王都でも準備が始まっているはずです」



シーディは“王国軍”“反乱軍”と書き、その上段に大きく“アスト”と記して王国軍へ矢印を伸ばす。


エルバートが補足する。



「今の王国軍の兵力を考えれば、王都を前に軍を再編している“聖獣軍”が整う前に一撃を加えるのが定石。先に動く可能性が高いのは王国軍の方でしょうな」



リンネは頷き、話を続ける。



「ええ、この馬鹿騒ぎはアスト様がどうにかするので、無駄なことはしないようにと説得する必要があります。どなたか王族か軍の上層部に顔の効く方はいらっしゃいますか?」



エヴァが手を挙げる。



「クロウフォード家は王家とも懇意にさせていただいております。また、私は王国の学園で第一王女イザベラ様と同窓生で、親しくさせていただいていました」



アストとエヴァが目を合わせて頷き合うが、リンネは少し難しい顔をした。



「王女様とお知り合いなのは心強いですが……今回のクーデターは多数の貴族が起こしたもの。あなたは今、疑われる立場にあります。反乱軍による奸計を疑われる可能性もあるでしょう」



そこでエルバートが手を挙げる。



「では私が軍の方から働きかけましょう。現在の王国騎士団大隊長には多少顔が効きますのでな」



リンネは満足げに頷いた。



「王国騎士団長ですか……その方から王様に話が通るのであれば問題ありませんね。少し待ってもらえれば十分ですし。――反乱軍の方に関しては、アスト様にお考えがあるのですよね?」



アストは静かに頷く。



「はい。武装の無力化は問題ありません。後は、私が“噂の聖獣”であるとどうやって信じていただくか……ですね」



その言葉に、リンネはニヤリと笑った。



「ではアスト様には、反乱軍の前で“威光”を示していただきます。そのために、いくつか確認したいことがありまして……」



シーディが黒板に段階的な作戦案を書き出し、リンネはアストに次々と質問を投げかける。


その内容は、一見すれば荒唐無稽。

だが――アストはほぼ全てに『できます』と即答した。



「以上が本作戦の全てとなります! ここまでされてアスト様の偉大さが理解できないほどオツムが弱い人は、もう直接頭のネジを締め直してもらうしかありませんね!」



むふーっと満足げに言い切り、リンネは席へ戻る。


一同は呆然としたまま固まっていた。



「本当に? アスト、本当にこんなことまで出来るの!?」



リュミナが目を輝かせて身を乗り出す。


ヴァルドは冷や汗をかきながら呟いた。



「確かに……これほどのことが目の前で起きれば、もはや聖獣どころではない。神が降臨されたとすら思う人もいるでしょうな……」



パシロッテは両腕で空間を抱きしめるようにして尋ねる。



「この“大きくなる”って本当ですか? 調整は可能ですか!? できれば今度、このくらいに……」



マルコムは腕を組みながら、嬉しそうに呟く。



「まったく恐ろしい……神はとんでもない方をこの世界に遣わせたものだ」



エルバートは片眼を細め、好戦的な笑みを浮かべる。



「今度、手合わせを願いたいものですな。神の領域がどれほどのものか」



二人の夫人は、はしゃぐ面々を温かく見守り、シーディは仕事をやり遂げた満足感から静かに微笑んでいた。


黒板の内容を書き写していたカイルがエヴァへ紙を渡す。


エヴァは改めて目を通すと、皆へ向き直った。



「アスト様に全幅の信頼を。計画は整いました、あとは行動に移すのみです。この内容は複写して、皆様に行き渡るよう手配いたします」



そしてマルコムとセリーヌに顔を向ける。



「お父様、お母様。私たちは王都へ向かいます。ヴェルディアを、よろしくお願いします……」



申し訳なさそうなエヴァに、二人は優しく微笑んだ。



「任されよう。今の領主はお前だ、我が娘よ。国王陛下によろしく頼む」


「アスト様とリンネさんが一緒なら心配はいらないでしょうけど……気をつけるのですよ」



エヴァは深く頷き、最後の言葉を告げた。



「それでは、本日の会議はこれをもって終了します。出立の時間は後ほど通達します。皆様、すぐに連絡が取れる状態での待機をお願いいたします」



一同が頭を下げる。


顔を上げた時、部屋には夕日が差し込んでいた。


この部屋で迎える、何度目かの夕暮れ時。


皆が退出を始める中、アストだけが動かない。



「アスト~?」



リュミナが首を傾げるより早く、リンネが素早くアストを抱え上げた。



「あっ! 私が持つよ!」


「早い者勝ちですよ~」



賑やかに言い合う二人を横目に、アストはその頭の中で――


聖獣らしい言葉使いの参考にするため、『結希乃のネタ帳』を全力で検索していた。

お読みいただきありがとうございます。

これにて第12章は終了となります。


このあと幕間を挟み、次章へと続きます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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