12章:人々の思い、一人一人の想い④
【4節.会議は踊る】
「あの、アスト様。作戦のお話とは違う内容で申し訳ないのですが……少しよろしいでしょうか?」
思考が行き詰まりかけていたアストは、気分転換も兼ねてその声に応じた。
「なんでしょうか、パシロッテ様」
パシロッテは小さく頷き、背後に控えていたシーディへ視線を送る。
シーディは彼女から虹色に光る結晶を受け取り、丁寧にアストへ差し出した。
「それは以前、行商の者から買い取った品です。出所を辿ったところ、フロック村から仕入れたものだとか……」
アストはその結晶を見た瞬間、すぐに心当たりを得た。
「これは……私が作った魔素の結晶ですね。一つの鉱床から複数の鉱石を再構築した際に取り出したものです。まさかパシロッテ様の手元に辿り着いていたとは……不思議な縁ですね」
その言葉に、室内の空気がわずかに揺れる。
魔素の結晶――病や魔獣の発生源とされる存在。
良い印象を持たない者が多いのも無理はない。
アストはそれを察し、穏やかに説明を添えた。
「ご安心ください。これは低エネルギー状態で結晶構造が固定されています。何かを発することも、砕けて漏れ出すこともありません。相当なエネルギーを加えるか、私が直接分解しない限り変化は起きません」
その説明に、場の緊張がゆっくりと解けていく。
パシロッテは胸を撫で下ろしつつ、少し照れたように口を開いた。
「その……アスト様はエヴァちゃんに“聖獣の瞳”を贈られたとか、リンネお姉さまやリュミナちゃんにもアクセサリーを作られたと伺っています。もしよろしければ……私にも、この結晶で何か作っていただけたらと……」
その言葉に、少女たちはそれぞれ自分のアクセサリーへ視線を落とす。
「構いませんよ。何がよろしいでしょうか? この結晶一つなら、ブレスレットが適していると思いますが」
アストが提案すると、パシロッテはぱっと表情を明るくし――
「指輪を……」「ダメです」
即座にリンネが切り捨てた。
「ゆび……」「ダメです」
一瞬、顔を見合わせる二人。
「ゆ……」「絶対にダメです」
三度の拒絶に、パシロッテは肩を落とし、観念したように呟く。
「……ブレスレットでお願いします……」
「承知しました。ただ、パシロッテ様の手首は細く綺麗ですから、大きすぎると無骨に見えてしまいますね。この結晶一つでは、少し量が多いかもしれません」
アストが考え込むと、パシロッテがそっと提案する。
「余った分はアスト様に差し上げます。加工の代金ということで、お受け取りください」
「よろしいのですか? それでは……せっかくですし、皆さま何か強度を上げたいものはありますか? 小物程度なら十分な強化できます」
ヴァルドが興味深そうに身を乗り出す。
「ほう……その結晶で、そのようなことが?」
「はい。この世界の物質は、魔素によって分子結合を強化できます。ですが……物質に含まれる魔素をむやみに操作するのは避けたいところですね。魔素はただのエネルギーではなく、大切な記憶や想いを宿すものでもありますから……」
スターリコールの力を理解する前に行った、あのアークテクトの実験。
森林と草原の境に残されていた、今思えばあまりにも不自然な鉱床。
本来あるはずのない金属が、まるで“置かれた”ように存在していた。
(あの中には……貴重な情報や、誰かの大切な思い出が含まれていたかもしれません)
胸の奥に沈んでいた小さな後悔が、魔素の性質を語るうちに静かに浮かび上がる。
そして――アストの中で、ひとつの可能性が形を成した。
「……なるほど。今の私なら、もしかしたら……。パシロッテ様、良いヒントをありがとうございます。これで、少なくとも武力衝突だけは避けられるかもしれません」
パシロッテは意味が分からず首を傾げたが、アストは返事を待たずに結晶へアークテクトを施し始めた。
淡い光が結晶を包み、形が滑らかに変わっていく。
光が収まった時、そこには繊細な花の装飾をあしらったブレスレットがあった。
「パシロッテ様の髪色に合わせ、花をイメージして作りました。花びらは角度によって色が変わるよう調整しています。気に入っていただければ嬉しいのですが」
シーディがそれを運ぶと、パシロッテは目を輝かせて受け取り、光にかざしては何度も角度を変えて眺めた。
「ありがとうございます! アスト様!」
心からの喜びに、アストも自然と微笑む。
「ご満足いただけて何よりです。さて、残りの結晶は……」
隣を見ると、リュミナが自分のブレスレットを外して差し出していた。
「アスト! これにお願い! アストからのプレゼントが壊れたら絶対イヤだもん!!」
リンネもすかさずネックレスを外しながら話に乗ってくる。
「あら、では私のもお願いしますね、アスト様」
さらにエヴァまで、おずおずと自分のネックレスを差し出してきた。
カイルがそれを受け取り、アストの元へ運ぶ。
「なに!? それならアスト殿! 我が家の家宝の剣にもお願いしたい!!」
「いやいや、こちらの商会秘蔵の懐中時計に!!」
マルコムやヴァルドまで参戦し、場は一気に混沌と化す。
アストは苦笑しながら、丁寧に頭を下げた。
「申し訳ありません。剣や時計となりますと……さすがに結晶の量が足りませんね」
「お二人とも、ここは娘子たちに譲るところでしょうな」
エルバートの穏やかな一言に、二人は渋々腰を下ろした。
「仕方ありませんな……」
「アスト殿、次の機会にはぜひお願いいたします!」
アストはアクセサリーの強化を施しながら、柔らかく微笑む。
「はい。今度、まとまった魔素結晶が手に入った際には必ず」
その返事に、マルコムとヴァルドはようやく満足げに頷いた。
場がひと息ついたところで、エヴァが姿勢を正す。
「皆さま、そろそろ本題に戻りましょう。アスト様の技術は確かに素晴らしいものですが、今はこの争いをどう治めるかが先決です」
お読みいただきありがとうございます。
次話も引き続きよろしくお願いいたします。




