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12章:人々の思い、一人一人の想い③

【3節.作戦会議】


翌日。


アストはリンネに抱かれたまま、リュミナを連れて応接室に入った。

室内には、昨日とほぼ同じ顔触れが揃っている。席の配置も大きくは変わらない。


奥の中央にエヴァ、右側にマルコムとセリーヌ、その対面にエルミナーズ親子。

その後ろにはシーディが控え、エルバートとカイルはそれぞれの主人の近くに座っていた。


挨拶を交わしながら席へ向かう途中、アストは一つの違和感に気づく。

エヴァの正面に、昨日はなかった高めの席が用意されていた。



「おはようございます、アスト様。本日はどうぞこちらへ。マルコム様のご命により、食事の席と同じ高さに調整した椅子をご用意いたしました」



ヴァルドが丁寧に案内する。



「おはようございます、ヴァルド様。……あの席もヴァルド様がご用意くださったのですね。ありがとうございます」



礼を述べるアストに、ヴァルドは穏やかに微笑んだ。


促されたリンネがアストを席に座らせ、リュミナも隣へ腰を下ろす。


全員が席についたのを確認すると、エヴァが背筋を伸ばし、凛とした声で告げる。



「皆さま、お揃いのようですので……本日の会議を始めます」



その一言で、室内の空気が引き締まった。



「……ですがその前に、昨日の非礼をお詫びいたします。領主として、恥ずかしい姿をお見せしました」



予想外の謝罪に、場がわずかにざわめく。



「そして――俯いてばかりの私は、昨日で終わりにしました。私は、この争いをアスト様と共に治めたいと考えています」



昨日とは違う、確かな意志がその声に宿っていた。



「くっ……成長したな、エヴァ……!」



隣で大げさにマルコムが涙ぐみ、その様子に周囲は呆れつつも安堵の色を見せる。


だが、すぐにリンネが軽い調子で水を差した。



「でも、実際どうするんです? クーデターですよ? 戦争ですよ? クロウフォード家は大領主とはいえ、辺境伯でもない、ただの農耕地の領主。軍隊相手にどうこうできる戦力なんて――」


「こほん……“聖獣軍”の総戦力は、現在およそ十万とされています」



リンネの言葉を遮るように、ヴァルドが咳払いと共に説明を始めた。



「うち二万人が貴族、八万人が賛同した民とのことです」



エルバートが補足する。



「ゼフィレイア王国の総人口は約三千万。そのうち貴族階級は三十万ほどです」



アストが思案しながら口を開いた。



「戦闘可能な成人男性の割合を三割とすれば……約九万人。つまり、貴族層の二割以上が参加している計算ですね」



カイルが頷き、王国側の戦力を説明する。



「対して、王都が動員できる最大戦力は約三万。これは退役軍人や民間防衛隊を含めての数字で、実際に戦えるのは一万ほどでしょう」



アストは静かに結論づけた。



「人数差だけでなく、武器を扱える者の数でも劣勢……ということですね。援軍の見込みは?」



ヴァルドが首を振る。



「救援に向けて動いている貴族もいると聞いていますが、実際には難しいでしょう。“聖獣軍”に参加した貴族の多くは、魔獣被害の大きかった辺境の者たち。つまり、他国の侵略に備えた訓練をしている」



マルコムが重く言葉を継ぐ。



「貴族にも役割があります。我々のような農耕地の貴族は“戦争”の訓練を受けていません。救援に駆けつけるのは……現実的ではないでしょう」



アストは静かに息を吐いた。



「つまり、王都が火の海になるのは時間の問題……」



マルコムとヴァルドは深く頷く。



「幸い、“聖獣軍”は進軍途中の部隊も多く、王都前での再編に数日かかる見込みです。我々だけなら、即座に動けば間に合う可能性はあります」



ヴァルドの言葉に、場がわずかに明るさを取り戻した――が。



「その“聖獣軍”って呼び方、やめませんか? アスト様の意に沿っていない連中なんて、反乱軍で十分です。それで、エヴァちゃんはどう考えているのですか?」



リンネの問いに、エヴァは微笑み、そして毅然と告げた。



「昨日、会議の後に了承をいただきました。アスト様には――“聖獣”になっていただきます」


「……は?」



さすがのリンネも固まる。



「何を言ってるの、エヴァちゃん。アスト様はすでに聖獣様ですヨ?」


「もちろんです。ですが、その存在を“この国に知らしめる”のです。“聖獣軍”の多くは、噂の聖獣を旗印に集まった人々。その本人が争いを望んでいないと知れば――」



エルバートが静かに続ける。



「士気は大きく削がれるでしょうな。場合によっては崩壊すらあり得る」



ヴァルドは慎重に言葉を選んだ。



「ただし問題は、どうやってそれを証明するかです。アスト様を一目見ただけで信じる者がどれほどいるか……。“偽物の聖獣を使って戦意を削ごうとしている”と煽られる可能性もあります」



皆が頭を抱え始めたその時――



「ふ…ふふふ…。なるほど……ついに……ついにアスト様が世に出る時が来た……そういうことですね!?」



リンネが震えながら立ち上がった。



(あ、不味い)



全員の心が一つになった瞬間だった。



「つまりこれは、アスト様の偉大さを世に知らしめる計画! 愚かな民草にもその素晴らしさが理解できるように布教する絶好の機会!! エヴァちゃん――いえ、領主様!! あなたはやはり私の見込んだ為政者です! アスト様の信徒二号の地位を授けるに値します!!」



圧に押され、エヴァは引きつった笑みを浮かべる。



「え、えぇ……ありがとうございます、リンネお姉さま……」



リンネは一度落ち着いたのか、そのままブツブツと考え始めた。



「まずは武力を見せつける? ですがアスト様は血を望まない……となれば武装解除……一本一本砕くというのは地味ですね……神性の演出をしてから戦意を削ぐのが早いでしょうか……ほらリュミナ、あなたも一緒に考えますよ!」



リュミナを巻き込みながら暴走し始めたリンネを横目に、アストもまた思考を巡らせる。



(王位を狙う貴族は、私が敵対しても引かない可能性が高い。彼らにとって私は“利用する対象”でしかない。一方で、噂を信じて集まった者たちも、王都包囲まで進んでしまえば後戻りはできない。武装の無力化は必須……とは言え、全て破壊して回るのはリンネの言うように地味――というより、時間がかかりすぎる)



三者三様に頭を抱える中──


昨日から黙っていたパシロッテが、そっとアストへ声を掛けた。

その表情は遠慮がちなのに、瞳だけは期待に揺れていて、

まるで胸の奥で小さな願いが膨らんでいるのが見えるようだった。

お読みいただきありがとうございます。

次話も引き続きよろしくお願いいたします。

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