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12章:人々の思い、一人一人の想い①

【1節.クーデター】


――ヴェルディア、クロウフォード邸。


アストたちが到着した時、応接室にはすでに多くの人々が集まっていた。


領主エヴァをはじめ、クロウフォード家の重鎮たち、そしてエルミナーズ一家の姿もある。

室内には重苦しい空気が沈殿し、誰もが硬い表情を浮かべていた。


リンネに抱かれたアストが入室すると、エヴァが立ち上がり、かすかに震える声で迎える。



「アスト様、ご足労いただきありがとうございます……」



その礼を制し、アストは穏やかに首を振った。



「お気遣いなく。それより――道中、エルバート様からおおよその事情は伺いましたが……クーデターが起きたというのは事実なのですか?」



アストの問いに、室内の空気がさらに沈む。


俯いたままのエヴァを見かねたマルコムが、深い息を吐きながら口を開いた。



「まずは席にお座りください、アスト殿」



指し示されたのはエヴァの対面。

リンネが当然のように腰を下ろし、アストを膝に乗せる。リュミナはその隣に座った。


全員が席についたのを確認すると、マルコムは周囲を一度見渡し、アストへ視線を戻す。



「事実です。一部の貴族が兵を挙げ、民衆を巻き込んで軍を形成。現在、王都へ進軍中とのことです……詳細はヴァルドが」



促されたヴァルドが一礼し、静かに語り始めた。



「我が商会の情報網によると、彼らは自らを“聖獣の神兵”と称し、“聖獣軍”と名乗っているそうです。そして――『聖獣様こそ、この国を導くに相応しい存在であり、民の安寧を守る義務を怠り、神意に背いた王族に神罰を』という名目を掲げて蜂起したとのことです」



アストは黙って聞いていたが、その内容の異質さに眉を寄せた。



「詳しく説明してください。今、私は正確な情報を必要としています」



続きを促され、ヴァルドはさらに言葉を重ねる。



「近頃、この国では魔獣による被害が相次いでいます。犠牲の多くは地方の民や辺境の貴族たちでした。そこに現れた“聖獣の噂”──各地で魔獣と戦い、人々を救う存在。加えて、ヴェルディアやグラナテイルでの奇跡的な血咳症治療。人々がその存在に救いを求めるには、十分すぎる理由が揃っていたのです」



理屈は通る。

だが、アストにはどうしても腑に落ちない点があった。



「“魔獣”が発生する原因の多くは魔素の淀みによるものであり、国の治世とは無関係です。それに、未知の脅威を前に人々が神に縋る気持ちは理解できますが……。私がこの地方一帯で活動しているという噂が広まっているのであれば、なぜ直接、私の元に来なかったのでしょう?」



ヴァルドが言葉に詰まったその時、卓に着かず控えていたエルバートが口を挟む。



「人は、そう簡単に生まれた土地を捨てられぬものです。それに……裏で何やらきな臭い動きをしている連中がいるとか」



一呼吸置いて、エルバートはヴァルドへ目配せし、続きを促した。


ヴァルドは頷き、再び口を開く。



「情報によれば、王権を狙う一部の貴族が人々を扇動した主犯とされています。そして、その者たちが“エーテ・ミラ神教”の神官と接触していたという噂も上がっています」



アストは静かに目を閉じ、思考を整理する。



「突然現れた魔獣の脅威に、人々は日々恐れを募らせていた。そこに聖獣──私が魔獣を討伐して回っているという噂が広まり、その脅威に対抗するには国王ではなく、私こそが必要だと多くの人々が考えてしまった」



アストの言葉に、室内は息を呑むような静けさに包まれる。



「そこに王権を狙う者たちの思惑が重なり、“エーテ・ミラ神教”という神性を利用して人々を扇動。不安や不満の矛先を明確に示されたことで、初めから私に助けを求めるのではなく、まず王位を失脚させてから私を担ぎ上げようという流れが生まれてしまった……。そういうことですね?」



その結論に、場の空気が揺れた。


納得、感心、辟易──それぞれが異なる反応を示す中、リンネが口を開いた。



「まぁ、そんなところでしょうね。アスト様の名声を利用するなんて、不敬にも程があります。とはいえ、踊らされる人々にも責任はありますね。肝心のアスト様が預かり知らぬところで勝手に話を進め、逆に心中を騒がせるなんて──愚かな狂騒、バカ騒ぎもいいところです。ただ、それもほんの少し背中を押されただけ。その程度で揺らぐ忠誠しか得られていない王族にも、問題はあるでしょうね」



アストの頭を撫でながら、リンネは容赦なく言い切った。


その鋭さに、室内の空気が一瞬止まる。



「リンネお姉さま、それは……」



パシロッテが思わず声を上げかけたその時――


俯いていたエヴァが、ゆっくりと顔を上げた。



「皆、貴女のように、自分の信念を持って行動を決められるほど強い人ばかりではありません。理由はどうあれ、力なき人々が救いを求め、そして自ら立ち上がったことを“狂騒”と切り捨てるのは──あまりに……あんまりではありませんか」



その声音は震えていたが、確かな意志が宿っていた。


リンネはその視線を受け止め、ふっと柔らかく微笑む。



「少しは元気が出ましたか? あなたの事情は分かりませんが、下を向いてばかりでは何も変わりませんよ。怒りでも悲しみでも何でも構いません。立ち上がった人々のように、人が行動を起こすには、心にエネルギーが必要なんです」



その言葉に、エヴァはハッと息を呑む。

リンネがわざと挑発するような物言いをした理由に、ようやく気づいたのだ。



「リンネお姉さま……。ごめんなさい、私……」



再び視線を落とすエヴァ。


リンネはやれやれと肩を竦めると――アストを抱え直した。



「え?」



アストが振り返る間もなく、ふわりと宙に投げられる。



「はい、アスト様成分を吸収して気を取り直して。あなたはここの領主様なのですよ」



エヴァは慌ててアストを受け止め、そのままぎゅっと抱きしめた。

頬をアストの体に埋める姿は、まるで迷子の子どもが安心を求めるようで――

その場の緊張が一気にほどけていく。


そんな空気の緩みに合わせるように、卓の隅から穏やかな声が響いた。



「さぁさぁ、皆様そろそろお疲れでしょう? 幸い、一日二日でどうこうなる事態でもございませんし、ここは一度休憩を入れてはいかがでしょう。今日は良い茶葉を持って来ておりますのよ」



アストにとっては初めて見る人物だが、その立ち居振る舞いには、自然と人を落ち着かせる気品があった。



「失礼ですが、あなたは?」



アストが尋ねると、夫人は優雅に立ち上がり、深く一礼する。



「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。聖獣アスト・ロカス様。わたくし、ヴァルド・エルミナーズの妻──マルヴェラ・エルミナーズと申しますわ」



その丁寧な所作に、アストも礼を返す。



「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。私のことは“アスト”とお呼びください、エルミナーズ夫人」


「ありがとうございます、アスト様。わたくしのことも、どうか“マルヴェラ”とお呼びくださいませ」



互いに微笑み合うと、アストは場を和ませるように声を掛けた。



「マルヴェラ様もこうおっしゃっていますし、少し休憩を入れませんか?

リンネは大丈夫でしょうが、リュミナは旅の疲れが残っているでしょうし……。

部屋で少し休むように言ったのですが……」



扱いの違いにリンネがむっと頬を膨らませるが、

アストはあえて気づかないふりをしてリュミナへ視線を向けた。


会議の内容に追いつけず、半ば眠りかけていたリュミナは、名前を呼ばれたことでぱっと顔を上げる。



「私はアストと一緒にいるよ! お義父さんが旅に出るのを許してくれたのだって、アストと一緒なら安全だって信じてるからだよ!」



元気よく言い切ったものの、その瞳には眠気が滲んでいた。


アストを抱いたまま黙っていたエヴァが、ようやく顔を上げる。



「申し訳ありません、皆様。私も……どうするべきか、少し考える時間をいただきたいと思います。この場は、これにて……」



解散の言葉に、場の空気がゆるみ、皆がそれぞれに挨拶を述べ始めた。



「それではエヴァ様、これにて失礼いたします。我が商会の力が必要でしたら、いつでもお声がけください」



ヴァルドの言葉を最後に、エルミナーズ一家は静かに退出していく。

アストはエヴァの腕に抱かれたまま、今後の方針を思案していた。


その時――


エヴァがそっと耳元に囁く。



「アスト様。この後……お時間をいただけませんか? お話ししたいことがあるのです」



突然の誘いにアストは驚いたが、静かに頷いた。


やがて応接室から人の気配が消え、扉が閉まる音だけが静かに響く。

残された二人は、沈みゆく空気の中でしばし無言のまま佇んでいた。

お読みいただきありがとうございます。

次話も引き続きよろしくお願いいたします。

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