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11章:AI《聖獣》、異世界に馴染む⑦ ◆章完

【7節.鳴動】


その日、アストはフロック村でリリーとヴァルティスのお守りをしていた。


ウィンター家の屋敷からほど近い草原では、一人と一匹が元気いっぱいに駆け回っている。



「二人とも、気を付けて下さいね。ヴァルティスは間違ってもリリーにぶつからないように」



今のフロック村周辺には、注意すべき外敵はほとんどいない。

そのためアストは、リリーがヴァルティスとの体格差でケガをしないか――

その一点だけに意識を向けながら、穏やかに二人を見守っていた。


――しかし、なぜ自分が“お守り役”をしているのか。


原因は、以前グラナテイルへ赴いた際に遡る。


あの時、リンネを二ヶ月もの間ヴェルディアに残していってしまった。

それ以来、彼女はアストのそばを離れようとしなくなったのだ。


診療所の運営は大丈夫なのかと尋ねたアストに、返ってきたのは予想の斜め上をいく言葉だった。



「そうですね、そろそろ診療所は彼女たちに任せられるようにしておいた方が良いかもしれません。お忙しいとは思いますが、一週間ほどフロック村に行きましょうか」



当然のように自分の都合を告げるリンネに、アストはため息をつくしかなかった。


とはいえ、アスト自身にとってもフロック村への帰還は悪い話ではなかった。


異世界パルカ・アストレアに転生してから一年と少し。

人々との交流を経て、この世界の実情が徐々に見えてきた今こそ、行動方針を再考する時期だと感じていた。


ウィンター家ゆかりの屋敷に残されていた蔵書──

今回の帰還で、アストはそれらをすべて読み終えた。


そして、そこに記されていた内容こそが、今まさに頭を悩ませる原因となっていた。



「かつてウィンター・ホルン地方で起きた天災と、統括領主の地位交代……」



アストは“プライマル・ナレッジ”に新たな項目を設け、歴史的背景を整理していく。



「約六百年前、極度の収穫量減少によって飢饉が発生。ウィンター・ホルンはゼフィレイア王国における主食の八割近くを担う農耕地帯。国全体の農作物不足を、ウィンター家の管理不足と糾弾する声が高まり……備蓄穀物を放出したクロウフォード家の評価が上昇。責任を問われたウィンター家は権威を失い始めた……」



アストは屋敷の内装を思い返し、小さく息を吐く。



「ただの農村の村長宅にしては、あまりにも豪華すぎるとは思っていましたが……まさかウィンター家が元貴族だったとは。村長夫妻やクロウフォード家は、この事実をご存じなのでしょうか……」



六百年前の出来事ともなれば、民間の記憶からは消えていても不思議ではない。

だが、歴史的事件として記録されている以上、無視するわけにはいかなかった。



「権威の失墜を契機に、地方の中心地点であるヴェルディアをクロウフォード家へ譲渡、ウィンター家は別荘地だったこの地へ移り住み、農業の研究を始めた……それがフロック村の起こりということですね……しかし――」



アストは書き出した記述を見直す。



「約四百年前、そして二百年前にも飢饉が発生したという記録……。この屋敷には六百年以上前の文献がないため、八百年前の状況は不明ですが、少なくとも二百年周期で飢饉が起きている。これは偶然なのか、それともテップ様が言っていた“荒廃の危機”と関係しているのでしょうか……」



思えば、最初にフロック村を訪れた時も、土地は痩せ、収穫物はほとんど見られなかった。



「そういえば、レオンさんたちも昨年は不作で……納税は私が残した金属類を献上することで事なきを得たと言っていましたね……」



アストは一年間集計していた気候データを参照する。



「この一年、元の世界と違い星の気候は極めて安定。少なくとも私の行動範囲内では、日中は25度前後で推移。とはいえ、“一年”という暦はこの世界の人々が定めたもので、公転周期に基づくものとは限らない。二百年周期で冬が訪れる可能性も考えられますが……」



アストは空を見上げて恒星の角度を測量する。



「天体の高さは変わらない……。この土地の緯度はおそらく32度前後。目視での恒星の大きさも変化がないことから、日照状況が変わるような公転軌道でもなさそうですね」



確定には至らないが、この星と恒星の関係が飢饉の原因である可能性は低い。



「あるいは、この星系に存在する別の天体との公転周期の関係から、長期にわたる日蝕が起きてしまうか……」



しかし、文献には天候の急変や日蝕の記録は見当たらない。

具体的な原因までは分からずとも、目に見える明確な出来事が起きていれば何かしらの記録には残るはずだ。



「やはり、まだ情報が足りませんね……。一度クロウフォード家の蔵書も確認させていただくか、あるいは王国に残された最古の文献……それこそ、さらに古い記憶の残る場所に赴いて、スターリコールによる読み取りを行う必要がありそうですね」



そう結論づけて顔を上げた瞬間──


ヴァルティスが走る勢いを殺しきれず、リリーにぶつかりそうになっていた。


考えに耽っていたせいで、注意が一瞬逸れていた。


しまった――そう思い駆け出そうとするが、間に合わない。



「リリー……!」



アストの絞り出すような声に対し、リリーは呑気な声を上げた。



「ほらヴァルちゃん、ぽーん!」



リリーはヴァルティスの体をしっかり受け止めると、後ろに転がる勢いを利用し、手足で彼をふわりと後方へと投げ飛ばした。


ヴァルティスは驚くどころか、とても楽しそうな表情を浮かべて宙を舞う。



「巴投げ……!?」



アストが驚愕する中、リリーは一回転して軽やかに立ち上がり、頭についた草を払ってヴァルティスのもとへ駆け寄った。



「リリー! もう一回! もう一回!!」



ヴァルティスにせがまれ、リリーは胸を張って「仕方ないな~」とでも言いたげな顔をする。



「最近のヴァルちゃんは本当にこればっかだよね。お姉ちゃんに高い高いしてもらうの、好き?」


「好き!」



即答するヴァルティス。


アストは助けに出ようとした体勢のまま、二人のやり取りをぽかんと見つめていた。



(いつの間に姉弟の関係が……? いえ、それより“最近こればかり”? 以前から同じようなことを? 一瞬リリーの手足から魔素の放出が感じられましたが──純粋な身体強化? 魔素の斥力反応? あるいはヴァルティス自身の魔素に干渉して質量、もしくは重力を……?)



理論上、魔素のエネルギーを利用すれば体格差があっても投げ飛ばすことは可能だ。

だが、それを“衝突の瞬間”に合わせて行ったという事実――。



(魔素の流れを読み取り、扱う能力だけなら、恐らくリンネ以上。先日の僅かな訓練で力の使い方を瞬く間に開花させた資質。その応用を本能的に理解し、さらに昇華させる天賦の才……)



楽しげに“高い高い”を続けるリリーとヴァルティスを見つめながら、アストは思考を巡らせる。



(彼女の力は、すでに“武力”として成立する域に達している。しかし……マスター曰く、“望まぬ人々を為政者の都合で戦場に駆り出すのは唾棄すべきエゴ”。文献にはこの国に戦争の記録はありませんでしたが、魔獣のような存在が人々を脅かしている……)



魔獣が発生する詳しい原因は未だ不明だが、この世界には何かが起ころうとしている……それは疑いようがなかった。



(であれば、人々に害をなす魔獣の駆逐は、世界再生の使命を持ってこの星に来た私の役割。リリーの力は、もっと別のことに振るわれるべき……)



そこまで考えて、アストはふと気づく。



(……これも驕りですね。単に私がそうあってほしいと願っているだけ。彼女の力の使い道は、彼女自身が考え、自らのために選ぶべきこと)



それでも――

あの無垢な少女に戦場は似合わない。

そう思わずにはいられなかった。



「アストー! アストも高い高いしよう!!」


「母上ー!!」



リリーとヴァルティスの呼びかけに、我に返る。


今はこの日常を享受しよう──

そう思い歩み寄ろうとした、その時。


背後から大きく、そして緊迫した声が響いた。



「アスト殿!!」



振り返ると、エルバートが馬に乗って駆けてくるところだった。



「エルバート様?」



様子がおかしい。

いつも余裕綽々の彼からは想像ができないほど、焦りが滲んでいた。


嫌な予感が過る。


クロウフォード家に何かあったのか――。


しかし、返ってきた言葉は予想の遥か上をいくものだった。



「クーデターです……! 一部の貴族が軍を率いて、王都に向かっているとの知らせが入りました……!」



少なくともこの六百年の間、ゼフィレイア王国に戦争の歴史はなかった。


その安寧の日々が──

今まさに、音を立てて崩れ落ちようとしていた。

お読みいただきありがとうございます。

これにて第11章は終了となります。

次章も引き続きよろしくお願いいたします。

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