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11章:AI《聖獣》、異世界に馴染む⑥

【6節.学び舎】


昼食を終えたアストは、午後の陽射しが差し込む学習室を訪れていた。

やや後方の空いた窓から顔を覗かせる。


部屋には子どもたちが整然と机に向かっており、その中にはリュミナの姿もある。

彼らの視線の先には、教壇に立つリンネがいた。


そこでは魔素の基礎知識に加え、読み書きや計算といった初等教育が行われていた。



「今日は少し難しい計算をしましょうか。これができると、いろいろな物が数えやすくなりますよ」



そう言って、リンネは黒板に「2×3」と数字を書き記す。



「これは“掛け算”というものです。考え方は単純で、2が3つ、あるいは3が2つあるとして計算すれば良いだけですね」



続けて、リンネはその下に「2+2+2」と「3+3」の式を書き足す。



「基本的には前者で考えることが多いですが……まぁ計算だけなら答えが合っていればどちらでも構いません。そんなものにこだわるのは、グレン様のような頭の固い人間のすることです」



呆れたようなジェスチャーを交えたリンネの言葉に、教室中から笑い声が上がる。

養父をネタにされたリュミナも苦笑をしながら肩をすくめた。


授業はその後も続き、アストは静かにその様子を見守っていた。


「マスター曰く、“異世界転生における学園イベントは必須項目”。ですが、まさかこのような形で実現するとは思いませんでしたね……」


(……しかし、非凡だとは思っていましたが、リンネにここまでの学があるとは)


読み書き計算に加え、マナー、政治、商業、兵法──

貴族や軍人も顔負けの知識と立ち振る舞い。


彼女があの森で襲われるまで、どのような人生を歩んできたのか。

世界再生の使命を帯びてこの地に降り立ったアストにとって、人との交流は手段であって目的ではない。

そのため、あえて踏み込むことはなかったが、興味は確かに芽生え始めていた。



「あら、アスト様!」



アストの存在に気づいたリンネが、満面の笑みで駆け寄ってくる。

抱き上げられたアストは、教壇の上にそっと置かれた。



「皆さん、アスト様がいらっしゃったので、算数の授業は一旦止めて──魔法の実演をしていただきましょう!」



勝手に話を進めるリンネに、アストは小さくため息をついた。



「……そうですね。皆さんもここで勉強を始めてからしばらく経ちますし。そろそろ次の段階を見据えても良い頃でしょう」



アストはリンネに指示を出し、教材用に用意している小さなグラナイト鉱石を配らせた。



「魔素の基本的なエネルギーの振る舞いについては、すでにリンネ先生から聞いていることでしょう。ですので今日は――皆さんがここでしている“お仕事”、グラナイト鉱石をクリーンセムへ加工する理由と仕組みを、改めて実演しながら説明しましょう」



子どもたちがざわつく。

“仕事”という言葉に、少し誇らしげな表情を浮かべる子もいた。


アストは教壇の上から子どもたちを見渡し、一つ深く息を吸った。



「では――皆さん手元の鉱石を、よく観察してください」



子どもたちは一斉に鉱石を掲げる。



「魔素は、ただの力ではありません。“波”として空間を伝わる性質があります。光や音と同じように――揺れながら進むのです」


「揺れ……?」



前の席の少年が首を傾げる。


アストは指先に魔素を集め、小さな光の粒を生みだした。



「これは光。光は皆さんが物を見るためのエネルギーであり、“電磁波”という揺れる力の一種です。電磁波は揺れの早さによって性質が変わります、光に様々な色があるのも、揺れの早さがそれぞれ違うからなんですよ」


「そして魔素も同じように、揺れ方によって性質が変わります」



光の粒がふわりと揺れ、子どもたちの目が輝いた。



「例えば――揺れが速いと“熱”になります。逆にゆっくりだと“冷たさ”になります。方向を揃えると“押す力”になります」


「押す力って……これ?」



一人の少年が、机の上の鉱石をほんの少しだけ浮かせてみせた。


アストは驚き、そして微笑む。



(……この子は念動方向の適性が高いですね)



「そう、それです。魔素を“自分の手の延長”のように扱うと、物を動かすことができます」


「すごい……!」



子どもたちの声が弾む。


アストは続けた。



「そして、グラナイト鉱石には粉塵などに加えて“魔素の揺れ”――電磁波に対して“魔素波”と定義しましょうか、その状態の魔素を吸い込みやすい性質があります。だから不活性魔素が溜まりやすい」



アストは鉱石に魔素を流し込み、淡い光を帯びさせた。



「ですが魔素が飽和した状態、つまり“クリーンセム”に加工すると、鉱石は共振状態に入り、不活性魔素を活性化させる振る舞いをします。これは血咳症の改善だけでなく、身体に含まれる魔力素子を適度に刺激し、健康状態にも良い影響を与えます。ただしこの状態もいずれ――」



アストが説明を続けようとした瞬間、リンネが慌てて手を伸ばした。



「アスト様、そこまでで十分です! 子どもたちが混乱してしまいます!」


「え……」



よく見ると、子どもたちの多くはぽかんとした表情を浮かべていた。


リンネは黒板に“モヤモヤした空気”のような絵とその周囲に広がるような波線、その横に“元気の印”のような絵と、そこから伸びる矢印を描き始めた。



「落ち込んだ空気って、周りの人にも伝わっていきますよね? 逆に、すごく元気な人がいたら、周りの人も元気をもらえるでしょう?」



子どもたちは一斉に頷く。



「でも、その元気な人も、ずっと元気を配っていたら疲れてしまう。だからまた”元気を充填”する必要があるんです」



リンネは鉱石を指差す。



「つまり皆さんは――“みんなを元気にしてくれる石”を、また元気にしてあげるためのお仕事をしているんですよ!」


「先生の方が分かりやすいー!!」


「聖獣様より簡単!!」



子どもたちの声に、アストは肩を落とした。



「……例え話に関しては、リンネには敵いませんね」


「アスト様は基礎から丁寧に教えようとするのが問題なんです! 知識なんて最初は大体で良いんですよ。まずはそれを知ることで“自分たちに何ができるのか”という興味を持たせることが大事です!」


「なるほど……確かにその通りです。あなたからは教えられてばかりですね」


「~~~~っ!!」



素直に褒められたリンネは、いつものように顔を真っ赤にして悶えた。


その様子を見て笑う子、

鉱石に集中する子、

静かに昼寝を始める子――


学習室には、穏やかで温かな空気が満ちていた。

お読みいただきありがとうございます。

次話も引き続きよろしくお願いいたします。

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