11章:AI《聖獣》、異世界に馴染む④
【4節.聖獣、奸計に引っかかる】
「感謝いたします、エヴァ様。……まこと、領主の顔になられましたな」
柔らかな笑みを向けるヴァルドに、エヴァは照れたように肩をすくめた。
「やめてください、ヴァルドおじ様。皆様が退室するまでが“計画”のうちなんですから!」
「ははは、申し訳ない。あまりに凛々しい表情でお答えになられるので、つい感動してしまって…」
「お父様ったら、たまに私よりエヴァちゃんの方を可愛がってるんじゃないかって思うくらい、デレデレだもんね〜」
パシロッテが脇腹をつつくと、ヴァルドは慌てて手を振った。
「そ、そんなことはないぞ?」
そのやり取りに、カイルとシーディが思わず吹き出す。
先ほどまでの緊張感が嘘のように、応接室の空気は一気に和らいだ。
ただ一人、場の変化に取り残されたアストだけが、ぽかんと周囲を見回していた。
「……計画? おじ様? エヴァちゃん……?」
その瞬間、応接室の扉が勢いよく開き、マルコムとエルバートが顔を覗かせる。
「上手くいったか! エヴァ! ヴァルド!」
「いやいや、アスト殿の様子を見れば一目瞭然でしょう」
その後ろから、リンネとリュミナも続いて入室してきた。
リンネは迷いなくエヴァの隣に腰を下ろすと、放心状態のアストを抱き上げ、膝の上に乗せて撫で始めた。
「お可哀想に、アスト様……。すっかり固まってしまわれて……」
ひとしきり撫でた後、リンネは立ったままのリュミナへ声をかける。
「どうしたのですか、リュミナ。座ったらいいでしょう?」
ぽんぽんと隣の席を叩いて促すと、リュミナは困惑した顔でため息をついた。
「こんな大貴族と大商人の交渉の場で、そんな態度取っていられるの、リンネくらいだよ……」
そう言いながらも、促された席に腰を下ろす。
リンネは胸を張って宣言した。
「貴族や商人が偉いなら、私はこの街では“女神”ですよ!」
その言葉に、ヴァルドが目を輝かせる。
「おお、貴方が噂の“女神様”でしたか。いやいや、まことにお美しい……。して、そちらの将来有望そうな少女は――」
そこまで言いかけたところで、隣のパシロッテに足を踏まれ、ヴァルドは呻いた。
「ぐぬ……」
場が落ち着いたところで、ようやくアストの思考が追いつき、疑問が口をつく。
「パシロッテ様も今日はご挨拶に来たと言われていましたが……皆さま、お知り合いだったのですか?」
アストの対面に座ったマルコムが快活に答える。
「聞いているとは思いますが、エルミナーズ商会とは以前から懇意にしておりましてな。ヴァルドとは年も近く、家同士の付き合いもあるのです。ちなみにセリーヌは今、エルミナーズ婦人と買い物に出かけていますぞ!」
パシロッテの方を見ると、両手を合わせ謝意を示しつつ、アストへウィンクを送った。
「なぜ、先に教えていただけなかったのでしょうか……?」
アストの問いに、エヴァは少し拗ねたように答える。
「アスト様も悪いのですよ。以前、私を“視察と偽った休暇”に連れ出したお返しです!」
「いえ、それはマルコム様も……」
アストが反論しようとしたところで、ヴァルドが手を上げて制した。
「いえいえ、エヴァ様は計画に乗っていただいただけで。実のところ、申し出は私からでした。もう一人の娘のように思っているエヴァ様への領主就任祝いが、二番煎じにされてしまったことへの、ささやかな意趣返しでして……」
「ヴァルド様が……? リンネとリュミナは、このことを知っていたのですか?」
アストが向き直ると、二人は同時に首を振った。
「ついさっきまで何も知らなかったよ。リンネも最初はここに来ようとしてたみたいだけど、朝食の後にマルコム様に引き留められて……」
「アスト様の面白い様子が見られるかもしれない! と言われたので、話に乗りました!」
清々しく裏切りを告白する信徒に、アストは口を開けたまま固まった。
胸の中に、自我を得てから初めて感じる種類の感情が、じわりと湧き上がる。
アストは小刻みに震えながら俯き、低く言葉を紡いだ。
「……なるほど、よく分かりました。つまり、この会談は実のところ“茶番”だった……ということですね?」
その様子に、さすがの面々も「やりすぎたか」と視線を交わす。
ただ一人、リンネを除いて。
「申し訳ありません、アスト様……お怒りになられましたか……?」
エヴァが恐る恐る尋ねると、アストは震えを抑えつつ、落ち着いた声で答えた。
「いえ、両家の個人的な関係性まで伺っていなかったのは、私の落ち度でもあります。このようなことで気づきを得られたのは、僥倖と言えるかもしれません。……そして、恐らく私は“試されていた”のですね? ヴァルド様」
アストの言葉に、ヴァルドは深く頭を垂れた。
「さすがの御慧眼、感服いたしました。失礼ながら……噂の“聖獣”が、ただ力あるだけの、人心を解さぬ獣であれば、この国にどれほどの害を及ぼすかも分かりません。私は武力を持たぬ商人です。だからこそ、判断を誤らぬよう確かめる必要がありました」
「その点において、私はあなたの御眼鏡に適ったということで、よろしいのでしょうか?」
ヴァルドは穏やかな笑みを浮かべて頷く。
「己の功績を吹聴しない謙虚さ、人の気持ちを受け止める器量、世の営みを理解する知識と判断力……まさに“聖獣”の名に相応しい。そう確信いたしました」
アストは静かに頷いた。
「それが聞ければ十分です。この度の奸計は“勉強代”として受け取ることにします。ただし、情報が不正確であれば判断を誤る可能性があります。今後は、このようなことがないよう願いたいものです」
冷静に落としどころを示したアストに、一同はほっと息をついた。
その空気を受けて、リンネがアストを撫でながら語り出す。
「アスト様は何でもできますし、何でも知っていますが、何でもしてくれるわけではありません。それは他者の領域に土足で踏み入ろうとしない美徳ですし、“言わずに察しろ”なんて傲慢の極み。救いを求めるなら、自ら伝えて、強請らなくてはいけません!」
撫で続けるリンネに、アストは苦笑しながら返す。
「“願う”ではなく“強請る”というのがあなたらしいですね……」
アストはそこで一度言葉を切り、考えるように目を伏せた。
その表情には、自身の気持ちの変化を“理解しようとする意志”が宿っていた。
短い沈黙ののち、どこか柔らかい声音で続ける。
「私には果たすべき使命がありますが――その過程で手が届く範囲であれば、この世界の人々の力になれればと思っていますよ」
その言葉に、応接室の人々は静かに頭を下げた。
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