11章:AI《聖獣》、異世界に馴染む③
【3節.エルミナーズ商会】
エルミナーズ商会との会談当日。
朝食を終えたアストは、エヴァ、カイルと共に会談に向けた最終確認を行っていた。
「エルミナーズ商会はご存じの通り、この国最大の商会です。その影響力は強く、国内の隅々まで流通網を走らせ、王国に納める貢納品の運搬も任されています。クロウフォード家の美術品や家財も、彼らから仕入れたものが多くあります」
カイルが、商会とヴェルディア、そしてクロウフォード家との関係を簡潔に説明する。
「それでも、ヴェルディアと特定の都市との交易を一任する“御用商人”という立場にはなかったのですね……」
エヴァの確認に、カイルは頷いた。
「このタイミングで接触してきたのは、ヴェルディアとグラナテイル間で、グラナイト鉱石を中心とした流通が始まることを察知したからでしょう」
アストは静かに言葉を紡ぐ。
「重要なのは、御用商人を立てるかどうかではなく……エルミナーズ商会長がどれほど事情を把握し、何を考えているか。今回の会談の焦点はそこにあると思います」
アストの結論に、エヴァとカイルは頷いた。
「私とカイル様で可能な限りサポートしますが、主導権はエヴァ様が握ってください。領主としての外交、その初仕事ですね」
一瞬だけ不安そうな表情を見せたエヴァ。
しかし胸元のペンダント――アストが作った“聖獣の瞳”を握りしめると、その表情は凛とした“領主の顔”へと変わった。
カイルが微笑み、窓の外へ視線を向ける。
ちょうど一台の馬車が屋敷の前に到着していた。
「お見えになったようです。エヴァ様、よろしくお願いします」
エヴァは静かに頷き、ヴァルド・エルミナーズを迎えるため玄関へ向かった。
――クロウフォード邸・応接室。
応接室の中央には来客用の机と椅子が並び、アストとエヴァはすでに席に着いていた。
その前に、エルミナーズ親子が恭しく立ち、
カイルとシーディもそれぞれの主人の後ろに控えていた。
ヴァルドは、前日に続き面会の機会を得られたことへの礼を、改めて丁寧に述べた。
続いて、パシロッテが明るく一礼する。
「パシロッテ・エルミナーズと申します。この度は領主様にご挨拶をさせていただきたく、父にお願いして同席させていただきました」
アストは黙したまま視線を向ける。
対面のパシロッテは、にこにことアストを見つめている。
エヴァは軽く会釈を返し、二人の挨拶を受け止めると、ヴァルドへ視線を移した。
「エルミナーズ商会は、すでにヴェルディアにおいて十分な立場を築いているはずです。なぜ今になって“御用商人”の地位を望まれるのですか?」
若き領主の眼差しに、ヴァルドは一瞬だけ目を細め、真贋を測るように見返した。
そして、ゆっくりと口を開く。
「興味深い噂が流れておりまして……」
ヴァルドは、一年前にパシロッテが謎の生物に救われた出来事を語り始めた。
それ以来“聖獣”の噂を追い続け、血咳症を治療したという聖獣と女神の存在、ヴェルディアのグラナイト鉱石買い付け記録、グラナテイルでの鉱石運用の話が耳に届き――
それらが一つの線につながったという。
「ここヴェルディアでならお会いできると確信しておりました。――アスト・ロカス殿」
ヴァルドは深々と頭を下げた。
「娘を助けていただき、誠にありがとうございました。一人の父として、心より感謝申し上げます」
アストは静かに答えた。
「礼を言われるようなことではありません。パシロッテ様の一団を助けたのは結果的なものです。あの時、私はただ魔獣を追っていただけですので」
ヴァルドは頭を上げて続ける。
「結果的であろうとも、です。我が商会には様々な立場の者がいます。その多くは忠義ではなく、自己の利益のために働く者たち。そのこと自体は普通のことです、しかし、それによって彼らがもたらす“価値”に感謝を返さない理由にはなりません。――故に、私はあなたにも心からの感謝を述べたいのです」
その表情には、商人としての深い度量と、父親としての誠実さが宿っていた。
アストが頷くと、しばしの間二人の視線が交錯する。
沈黙が落ちた瞬間、カイルとパシロッテが同時に咳払いし、エヴァが我に返ったように口を開いた。
「エルミナーズ商会が新たな交易の始まり、商機を予見していた点は理解しました。ですが、それだけでは“御用商人”を望む理由としては弱いですね」
ヴァルドは深く頭を下げる。
「申し訳ありません。実のところ、御用商人の地位は半ば口実。アスト殿との確実なお目通りを果たすための手段でございました」
パシロッテが得意げに口を挟む。
「私は昨日、お会いできましたけどね」
頭を下げたままのヴァルドが、横目で娘を睨みながら小さく唸る。
「ぐぬ……」
カイルは呆れたように眉をひそめる。
「でしょうね……。しかし、そのためにクロウフォード家を利用するとは、礼を欠いているのではありませんか?」
感情を露わにし始めた彼を、エヴァが片手を上げて制した。
ヴァルドは慌てて弁解する。
「もちろん無礼は承知しております。それでも正直に申し上げましたのは誠意を示すため。そして、その無礼を払拭するだけの品と価値を提供できる自負があってのことです。――シーディ、あれを」
促されたシーディが一礼し、応接室の休憩スペースに置かれた長机へ向かう。
持参していた包みを広げると、中から見事な織りのテーブルクロスが姿を現した。
「あちらのテーブルに合わせて仕立てております。どうぞご確認ください」
エヴァはアストを伴い長机に移動し、指先で布をなぞる。
その瞬間、息を漏らした。
「これは……なんて美しい……」
光を柔らかく反射する繊細な生地。
それを見たアストも感嘆する。
「これは、アマルティアの毛を紡いだ糸で織られた布ですね。しかし、これほど綿密に編み上げられているとは……素晴らしい技術ですね」
その称賛に、ヴァルドは揉み手をしながら満面の笑みを浮かべた。
「さすがアスト殿、お目が高い! これはこの世に二つとない一点物、大金貨五百枚は下らないでしょう」
エヴァは驚愕し、思わず手を引いた。
「大金貨五百枚……?」
視線をアストに向けるエヴァ。
アストは頭の中でそろばんを弾きながら、静かに思考を巡らせていた。
(この国の大金貨五百枚は、元の世界の貨幣価値で言えば約五億円……。希少性、運送・加工のリスク、技術料……それらを踏まえた初物価格としても、かなり割高ですね)
首を軽く振りながら、静かに答える。
「市場流通品としてはそこまでの値は付かないと思います。大金貨五十枚、競売でも大金貨百枚が限度額でしょうか」
それでも、約一億円以上。
テーブルクロス一枚としては、破格の値段であることに変わりはない。
「ただし――」
アストは続ける。
「儀礼用の品と考えた場合、話は変わってきます。つまり、クロウフォード家が御用商人を迎える際の奉納品として扱われた時に、このクロスに“大金貨五百枚相当”の歴史的価値が付く、ということです」
エヴァは感心したように頷き、ヴァルドは満足げに称賛の言葉を口にする。
「アスト殿は、俗世の商売に関しても造詣が深いようですね。価値を偽るつもりはありませんでしたが、おっしゃる通りです。クロウフォード家の元にあって初めて、この品は相応の価値を得ることができます。是非、お受け取りいただきたく思います」
エヴァは、深々と頭を下げるヴァルドを見据えて答えた。
「――良いでしょう。この品に“大金貨五百枚の価値”を認めます。細かい取り決めは後日、カイルとお願いします」
その言葉に、ヴァルドは顔を上げ、安堵と感謝の入り混じった微笑みを浮かべた。
お読みいただきありがとうございます。
次話も引き続きよろしくお願いいたします。




