10章:親と子、子と親⑥
【6節.聖獣の贈り物】
休暇の最終日。
朝霧が薄く漂う、静かな早朝。
アストはエヴァの視察に同行していた。
道すがら、レオンと二匹のリュンカーに出会う。
「アストの兄貴!」
「お久しぶりです」
「帰ってきてたのか、アスト」
リュンカーたちが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お久しぶりです。今日はあなた方だけなのですね。他の方はどうされているのですか?」
「アイツらは住処に戻ってます。手伝いのお礼に、村の人たちから収穫物をいくつかいただきましたので」
レオンが肩を回しながら続ける。
「ここ数日、森の獣が少し騒がしくてな。俺たちは狩りを兼ねて村の外周を哨戒してたんだ。
肉は貴重品だが……村の作物と分け合うってことで、お互い納得したよ」
エヴァはリュンカーたちの柔らかな毛並みを撫でながら、彼らの反応や仕草に目を細めていた。
その様子を見ていたレオンが、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、アンスビーさんもアストに会いたがっていたぞ。今の時間なら、もう工房に居るんじゃないかな」
鍛冶屋に興味を持ったエヴァは、アストと共に工房へ向かうことにした。
工房では、朝早くからアンスビーとグラットが“聖獣の瞳”の制作に取り掛かっていた。
炉の熱気が揺らめき、金属と石の匂いが混ざり合う。
火花の散る音が、職人たちの集中を物語っていた。
アストたちの姿に気づいたグラットが、手を止めて声を掛ける。
挨拶を交わすと、アンスビーは胸を張って自慢げに言った。
「最近は、ずいぶんと大玉の石も作れるようになったんだぜ!」
グラットは苦笑しながら肩をすくめる。
「これじゃあ鍛冶屋ってより、ガラス工房だがな」
それを受けて愉快そうに笑っていたアンスビーだったが、ふと工房の隅に視線を向け、少しだけ寂しげに呟いた。
「まだまだ、旦那が作ったもんには及ばねぇけどな……」
そこには、アストが初めて作ったブルーゴールドストーンが飾られていた。
淡い光を宿したその石は、今もなお特別な存在感を放っている。
エヴァは興味深げに近づき、そっと手を伸ばして観察する。
「これが噂の“聖獣の瞳”……」
アストもまた、工房の棚に並べられた販売用のブルーゴールドストーンへと視線を移した。
大小さまざまな石が整然と並び、どれも丁寧に磨かれている。
光を受けてきらりと輝くその表面には、職人たちの努力が確かに宿っていた。
「……見事な仕上がりですね。私が作ったものと比べても、遜色ありませんよ」
アストが素直に賞賛すると、アンスビーは「へっ」と照れたように鼻を鳴らした。
だが、その表情にはどこか引っかかりを覚えているような影が差していた。
褒められて嬉しい――しかし、何かが違う。
そんな複雑な感情が、眉の動きに滲んでいた。
「お代は払いますので、私にも一つ、小さなものを作っていただけませんか?」
エヴァの申し出に、アンスビーは首を振る。
「それと同じものが欲しいなら、やっぱり旦那に作ってもらうのが一番だ。せっかくだ、もう一度見せてもらえねぇか?」
アストは差し出された素材を受け取り、静かに目を閉じてアークテクトによる精製を始めた。
淡い光が素材を包み込み、粒子が再構成されていく。
炉の赤い光とアストが放つ青白い光が交じり合い、工房の空気が一瞬だけ張り詰めた。
アンスビーは、まるで師の技を盗もうとする弟子のように、食い入るようにその手元を見つめていた。
やがて石が完成すると、エヴァは感嘆の息を漏らしながら取り上げ、手のひらでそっと転がすように眺める。
その瞬間、アンスビーが手を叩いた。
「最初に旦那が作った時は、ただ見てただけだったが……今度はしっかり見てたから分かったぜ! 材料が良くなかったんだ!」
アストは小さく首を傾げた。
「材料は同じもののはずですが……?」
その疑問に、アンスビーは力強く首を振る。
グラットも「どういうことだ?」と眉を寄せた。
「旦那はその力を使って石を作る時、周囲の力も僅かに取り込んでいた。その配分……それが決定的な違いだったんだ!」
確かに、アークテクトを行う際、素材の組成精度を厳密に求めない場合は、周囲の魔素を利用することがある。
そして、物質の発色には魔素の放射が関与し、その波長や含有量が色味に影響する──
それは、グラナイト鉱山での感光現象でも明らかだった。
「なるほど……あなたも、魔素の流れが見えるのですね」
アストが感心したように言うと、アンスビーは照れくさそうに鼻をこすった。
「あん? その魔素ってのは相変わらずよく分からねぇが……助かったぜ、旦那! そいつの素材は勉強代だ、取っといてくれ!」
そう言うなり、アンスビーはグラットに“力を感じる鉱石”について熱心に語り始めた。
工房の空気は、再び職人たちの熱気で満ちていく。
「ということです。その石は、エヴァ様に差し上げましょう」
アストが促すと、エヴァは驚いたように目を瞬かせる。
「本当に良いのでしょうか……?」
グラットがちらりとこちらを見て、ウィンクしながら軽く手を上げた。
アンスビーはすでに職人談義に夢中で、こちらの会話など耳に入っていない。
彼らの仕事を邪魔しないよう、アストはエヴァの肩に乗り、静かに退出を促した。
エヴァは完成した石を胸に抱き、深く頭を下げた。
工房の奥では、アンスビーとグラットが新たな石の構想を語り合い、
打ち合う金属の火花のように、意見をぶつけ合っていた。
その情熱に満ちた空気を背に受けながら、アストたちは静かに工房を後にした。
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