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10章:親と子、子と親④

【4節.人体における魔力素子の運用】


夜の静けさが村を包む頃、アストはトーマの家を訪ねていた。


エヴァとリュミナは、アストが借りている屋敷で既に眠りについており、リンネも久しぶりの自宅に戻っていた。

隣室では、リリーとヴァルティスが穏やかな寝息を立てている。


湯気の立つ茶器を前に、トーマが席に着くと、アストは静かに切り出した。



「調べたところ、リリーは常人を遥かに凌ぐ魔力素子を保有していました」


「ほお……」



トーマは、理解したような、しきれないような曖昧な反応を返す。



「以前、魔獣の件でお話しした通り、魔素とはこの世界に満ちるエネルギーの一種です。そして魔力素子とは、生物が持つ、魔素を操るための細胞器官──」



アストは言葉を選びながら続けた。



「特に注目すべきは、視覚と知覚を司る器官です。そこに含まれる魔力素子の密度が非常に高く、知覚能力に関しては、今回連れてきたリュミナと同等……いえ、それ以上かもしれません」


「それで……それによって何か問題があるのでしょうか?」



トーマの問いに、アストは首を横に振る。



「身体的な問題はありません。むしろ、彼女は無意識のうちにその能力を完全にコントロールしているようです。私から見れば、ただ人を見る目が鋭い、危険に対する判断力が高い──その程度のものです」



トーマは安堵の息を漏らした。



「思えば、あの子は昔から勘の鋭い子でした。我々には見分けのつかないリュンカーたちの違いを見抜けるのも、その力のおかげでしょうか」


「それもあるでしょう。ただ、彼らの違いを大切にするのは、リリーがそれだけ優しい子だからです」



娘を褒められたトーマは、照れくさそうに笑みを浮かべる。


しかし、アストの表情は少し曇った。



「……私は、魔素という知識をこの世界に投じてしまいました。そしてこれから、その運用を人々と共に考えていきたいとも思っています」



トーマは黙って耳を傾ける。



「それによって広まる魔素に関する知識、魔素適応者に対する人々の見方──それが、彼女たちにどのような影響を与えてしまうか……」



アストの声は、わずかに沈んだ。


トーマも俯き、しばし考え込む。



「ですが、彼女たちのことは私が必ず守ります。それが、この世界に影響を与えてしまった私の責任でもあり……何より、私個人がそうしたいと望んでいるからです」



その言葉に、トーマはふっと笑みを浮かべると、静かに頭を下げた。



「聖獣殿の思し召しのままに。娘を、よろしくお願いいたします」



湯気の立つ茶器を見つめるトーマの眼差しには、村長としての責務よりも、一人の父親としての優しさが漂っていた。



――翌朝。


エヴァはアマルティアを見たいと希望し、騎士数名と共にイリスの案内で牧場へ向かっていた。


一方、アストは一緒に行きたがるリュミナを引き留め、リリー、ヴァルティスと共にウィンター家の屋敷近くの草原へと足を運んでいた。



「ところで、なぜあなたもいるのですか?リンネ。診療所の方は……」



アストが問いかけると、リンネは胸を張って答えた。



「大丈夫です。あの子たちに対応できない急患でもない限り、私がアスト様の御側を離れることはありませんよ!」


「何が大丈夫なのか意味が分かりませんが……まあ、良いでしょう。これから二人には魔素を操作する訓練を行っていただきます」


「この子と一緒に……?」



リュミナが少し戸惑いながら視線を逸らす。



「リリー、頑張るよ!」



リリーは状況をよく理解していない様子ながら、元気だけは満ちていた。


その無邪気さに、アストは小さく息をつく。



「ふむ、まずはリュミナのリリーに対する誤解を解くところからですね……」



そう言うと、アストはリリーの胸元に飛び込んだ。



「わっ! どうしたの?アスト」



リリーの腕に収まったアストは、彼女と同調しながら魔素の流れを調整し始める。



「あれ? 見えるようになった……?」



リュミナが目をぱちくりさせて驚いたように呟いた。



「一時的に魔素放射を調整しました。今は普通の人と同じくらいですが、普段はエルバート様三人分といったところでしょうか……」



説明しながらアストが飛び降りると、ヴァルティスがリリーにすり寄っていく。



「リリーにくっついてると、いつもすごくポカポカして温かいんだ〜」



じゃれ合い始めた二人の横で、リュミナが叫ぶ。



「エルバートさんでも眩しかったのに、それじゃあ見えるわけないよ! しかもすっごく青いし!!」



リンネは頷きながら理解を示す。



「なるほど。身体がまだ小さいから密度も高くなると……だから纏う魔素が濃かったのですね」



少し離れた位置まで移動しながら、アストは説明を続ける。



「はい。そして自然放射は代謝によるものなので、基本的には問題ありません。ですが、せっかく取り込んだ魔素をただ放射するだけというのは勿体ない。細胞の活性に運用することもできますし──このように」



アストは手のひらに魔素を集中させ、炎を発生させた。



「“魔法”──“奇跡の力”を使うことも可能です」



その光景に、リュミナとリリーは目を輝かせた。



「先日、リリーがリュミナと同じ"目の力"を使いこなしていることが分かりました。今日はそれを実践していきたいと思います。リンネはリリーの訓練をお願いできますか? 魔力の流れを感じる手助けをしてください」



その言葉に、リンネは満面の笑顔で胸を張った。



「アスト様のお願いでしたら是非もありません! さぁ、リリー! 今日あなたは伝説に名を残す存在になるのです! この私……とリュミナに次ぐ、アスト様の弟子の一人として!!」



ヴァルティスと遊んでいたリリーは近くまで来たリンネに向き直ると、元気よく返事をする。



「言ってることは良く分からないけど! 分かったよ!!」



リンネはリリーの手を取ると、自分と魔素の流れを同調させながら、魔素の理論について噛み砕いて説明していった。


二人が訓練を開始したことを見届けたアストは、リュミナの肩に飛び乗ると額にそっと手を当てた。



「さて、リュミナ。少し目を瞑ってくれますか?」



リュミナが言われた通りに目を閉じると、アストは静かに魔力を流し始めた。



「これまでの訓練では、魔素色覚を機能させている部位の魔力素子自体の励起を抑える方法でした。つまり、強制的に魔素を色として見ないようにするものです」



超感覚とは別の感覚同士が連動することによって起きる現象。その連動を断つために、一方の感覚を鈍らせるという単純な解決策だった。



「ですが、リリーが魔素色覚をコントロールしていることで気づいたのですが、肝心なのはその繋がりを自ら調整すること」



アストは体内の視覚と知覚を繋ぐ魔素脈に、蓋をするように魔力の膜を張った。



「これから何度か、視覚と知覚を連動させている魔素の経路を塞ぎます。その感覚を覚えてください」


「うーん……? なんとなく途切れてるような……そうじゃないような……」


「そうですね、例えるなら……目薬を差す時に、鼻孔に行かないように目頭を押さえるようなものです」


「余計分からないよ!」



一方、リンネはそんな二人のやり取りをじっと見守っていた。



「あちらはなんだか楽しそうですね〜」



天性の才能もあってか、リリーはすでに魔素のコントロールを半ば身につけ始めていた。

今は魔素を集中させて熱を生み出そうとしているところだった。



「わぁ!!」



リリーとヴァルティスが声を上げると、リリーの手のひらから火が立ち上った。



「あら……」



リンネは軽く手を振り、余剰の魔素を霧散させて火を消す。



「よくできましたね、リリー。ですが、力の使い方を覚えた以上、責任が伴います。今使った火の力は滅多に使わないように。火傷や火事になったら大変ですからね」


「うん! リンネお姉ちゃん、他のも教えて!!」



次のステップを求められたリンネは、少しだけ考え込む。



「そうですねぇ……では、安全なものとして“ケガの治りを早くする方法”を教えてあげましょうか。私が診療所でも使っている技術ですよ」



リリーの弾む声に釣られ、アストはそちらへ視線を向けた。



「さすが、リンネの魔素コントロールと理解度は一級品ですね。私の教えた知識から独学で魔素を扱えるようになっただけのことはあります……」


「アスト〜? なんだかちょっと分かってきたかも?」



目を閉じたまま、リュミナが呼びかける。



「では、リリーたちの方を見てください……どうですか?」



リュミナはゆっくりと視線を向けた。



「う〜ん……確かに、さっきより見やすくなったかも……? でも、まだ難しい……」


「分かりました。では今度は、目を開けた状態でやっていきましょう」



そして三人と二匹は、草原に柔らかな陽光が差し込む中、昼頃まで訓練を続けていた。

お読みいただきありがとうございます。

次話も引き続きよろしくお願いいたします。

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