10章:親と子、子と親③
【3節:変わりゆく村へ】
エヴァのために用意された“視察という名の休暇”。
一行は、黄金色に染まる農地の中を進み、フロック村へと向かっていた。
馬車の窓から見える景色は、アストが村を離れていた三ヶ月の間に大きく変貌していた。
広がる農地は以前の倍近い面積にまで拡張され、風に揺れる麦が陽光を反射して金色の波を描いている。
「まさか、農地がここまで広がっているとは……」
アストが驚きの声を漏らす。
「立派な麦畑ですね」
エヴァも目を細め、穏やかな表情で景色を眺めていた。
「キラキラしててすごく綺麗!」
リュミナが窓から身を乗り出すようにはしゃぐと、すかさずリンネが手を伸ばした。
「こら、落ちたら危ないですよ」
渋々腰を下ろすリュミナに、エヴァは苦笑する。
二人のやり取りは、すっかり姉妹のような空気を纏っていた。
「ですが、リュミナさんの気持ちも分かります。麦が風に揺れて光を返す様は、まるで金色の海のようです」
アストが静かに頷く。
「村の人々の努力の賜物ですね。しかし……新しく開拓した畑に種を撒いたとして、二ヶ月でこれほど成長するものでしょうか……?」
アストが首を傾げたその時、向かいから荷馬車がゆっくりと近づいてきた。
荷台には収穫に向かう村人たちの姿も見える。
引いていたのは馬ではなく、ふわふわとした体毛を持つ四足の生き物──アマルティアだった。
馬車同士が道を譲り合いながら近づくと、荷台の上にいた村人が声を掛けてきた。
「おや、お貴族様の馬車かと思ったら聖獣様じゃないですか。お帰りなさいませ」
口々に挨拶をしてくれる村人たちに、アストも挨拶を返す。
「はい。ただいま戻りました」
その言葉に、村人たちは嬉しそうに笑った。
「皆喜びますよ。お貴族様も、どうぞ村の空気を楽しんでいってくださいな〜」
遠ざかる荷馬車の上で手を振る村人たちに、リュミナとエヴァも手を振り返す。
身体を戻したエヴァが、アストに問いかけた。
「アスト様、あの動物はなんでしょう? 馬とも牛とも違うようでしたが……」
「あれは、過去の記憶から再生した古代生物です。"アマルティア"と呼んでいます」
「動物の再生……アスト様はそのようなことも出来るのですか。それにしても、アマルティア……可愛らしい子でしたね」
「ふわふわで優しい色! 触ってみたかった〜」
リュミナが目を輝かせる。
「村に行けばたくさんいますよ。子どももいますので、ぜひ遊んであげてください」
その言葉に、エヴァとリュミナは期待に胸を膨らませた。
──村の入口に差し掛かると、トーマとイリスが出迎えていた。
馬車が停まると、騎士が扉を開け、一同が順に降りてくる。
アストはリュミナに抱えられ、エヴァは一通の書簡を手にしていた。
「ようこそ我が村へ、エヴァ・クロウフォード様。アスト殿も、よくお戻りになられました」
トーマが丁寧に頭を下げる。
「早馬にてご連絡は頂いておりました。私、フロック村の村長を任されております、トーマ・ライマと申します」
エヴァは一歩進み、静かに礼を返した。
「お出迎え、ありがとうございます。これから数日、村でお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」
続けて、エヴァは書簡を差し出す。
「そしてこちらは、先に伝えた納税内容を再考する旨を記した書面です。私どもの都合で、この村の方々にはご迷惑をお掛けしましたこと……お詫び申し上げます」
トーマは慌てて首を振った。
「とんでもありません。エヴァ様、マルコム様共々ご快復、心よりお喜び申し上げます。狭い村ですが、どうぞごゆっくり休暇をお楽しみください」
「いえ、私は視察に来たのですが……」
「おっと、そうでしたな。しかしヴェルディアからの旅の疲れもあるでしょう。宿泊の手配は済ませてありますので、まずは休息を取られてはいかがでしょう? 馬車はあちらの停留所に――」
トーマが滞在の手配を進めている中、村の奥から見覚えのある影が勢いよく駆けてくるのが見えた。
「この光景も、なんだか懐かしいですね」
リンネが微笑む。
「ええ……」
アストが頷いた瞬間──
「母上ーーー!!!」「アストーーー!!!」
巨大な影が村の奥から突進してくる。
リュミナとエヴァは思わず身を引いた。
「すごい光が近づいてくるよ!!!」
リュミナが叫ぶ。
「なんですか!?」
エヴァも驚きの声を上げる。
「でも、あの勢いはちょっとまずくないでしょうか?」
リンネが眉をひそめる。
「大丈夫です。いざとなれば、私が──」
アストが言いかけたその瞬間、一人の騎士が馬車の前に躍り出た。
「ふん!!」
短く気合を入れ、迫り来る巨体を真正面から受け止める。
そして、そのまま力強く抱きしめた。
「……あれ、この人の匂い、なんだか嗅いだ覚えがあるよ?」
巨体の正体――ヴァルティスが首を傾げる。
「あの時、君は寝ていたからね。……また会えてよかった」
騎士は満足げに微笑むと、ひとしきり抱擁を堪能し、何事もなかったかのように列へ戻った。
その場にいた全員が唖然とする中、隊列の隣にいた騎士が肘で小突く。
「……またやったな、お前」
リンネが肩をすくめる。
「アスト様が出るまでもありませんでしたね。ヴァルティスの巨体を受け止めるとは……本当にすごい男の人です」
アストも感心したように頷いた。
「ええ……」
その時、ヴァルティスの背中からひょっこりと顔を出す少女がいた。
「おかえり!アスト!!……あれ、その子たちは誰? 新しいお友達!?」
無邪気な声が響く。
「リリー、失礼ですよ……!」
イリスが慌ててたしなめる。
リリーはヴァルティスの背から軽やかに降り、興味津々といった様子で一行を見回した。
壮絶な出来事の連続に一時放心していたエヴァだったが、込み上げる笑いを堪えきれず、口元を押さえながら言った。
「構いません。リリーちゃんですね、初めまして。私はエヴァと申します。そして──あなたが……」
エヴァはゆっくりとヴァルティスに近づき、その柔らかな毛並みに手を伸ばした。
「ヴァルティス……。あなたのことは、アスト様から頂いた贈り物で存じています。まさか、あの像からここまで大きい姿は想像していませんでしたが……」
エヴァは指先で像の大きさを示し、次に目の前の巨体を見上げた。
掌に収まるほどの小ささと、今こうして立つ堂々たる姿との落差に、思わず肩を震わせて笑みがこぼれる。
くすくすと笑うエヴァに、ヴァルティスはまたもや首を傾げた。
だが、撫でられる感触が気に入ったのか、静かにその手を受け入れ始める。
その様子を温かく見守っていた一同だったが、ふとアストはリュミナの様子に気づいた。
彼女は目を見開いたまま、言葉を失っていた。
「リュミナ、この子はヴァルティスと言って、私の子どものような存在です。心配する必要はありませんよ」
しかし、リュミナが見つめていたのはヴァルティスではなかった。
「この子……なに……?」
彼女がおずおずと指を差した先にいたのは──
首を傾げながらこちらを見つめる、リリーの姿だった。
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