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10章:親と子、子と親①

【1節:継承】


グラナテイルを出立してから数日。


馬車での旅を終え、アストたちはヴェルディアへと帰還した。


日はすでに暮れかかっていたが、街には人の影が多く、以前訪れた時とは違って活気に満ちていた。


その様子に、アストは感嘆の息を漏らす。



「ここを発った時は、まだ病み上がりの人が多くいましたが……。リンネが人々の回復に尽力してくれたおかげですね」



褒められたリンネは、嬉しそうに胸を張る。


エルバートは軽く咳払いをし、言葉を続けた。


「ええ、アスト殿とリンネ殿のおかげで市井はすっかり平穏と活気を取り戻しました。……ただ、別の問題が浮上しておりましてな」



エルバートは言い淀むように眉を寄せた。


含みのある言い方に、アストたちは疑問を抱いた。

だが、旅の疲れもあってその場で問いただすことはせず、互いに視線を交わすだけに留めた。


――しばらくして、クロウフォード邸に到着する。


マルコムが迎えに出てくると、挨拶代わりとばかりにエルバートと腕を組む。



「よくぞアスト殿を連れて帰った、エルバート!」


「それが私の任務でしたからな」



リンネに抱えられたアストが馬車から降りると、マルコムに挨拶を交わした。



「マルコム様、お元気そうで何よりです。病後の調子はいかがですか?」


「おぉ、アスト殿。よくお戻りになられた。私はこの通り、すっかり元気になりましたぞ!」



続いて降りてきたリュミナが、丁寧に頭を下げる。



「初めまして、マルコム・クロウフォード様。リュミナ・バルクスと申します!」



リンネによる教育の賜物か、リュミナはたどたどしくはあるが貴族向けの挨拶を身につけていた。


その姿にマルコムは目を細め、柔らかく声を掛ける。



「手紙で伝え聞いていたが、そなたがグレン殿の養子になったという娘か。私もエルバート共々彼とは交流がある。つまり、私にとっても娘のようなものだ。滞在中は我が家のように寛いでくれ」



温かな歓迎の中、アストはふと疑問を口にする。



「ところで、“実の娘”であるエヴァ様はどうされているのですか?」



その言葉に、マルコムは肩を落とし、しゅんとした。



「エヴァですか……あれは今……」



言葉を濁すマルコムの顔には、困惑と申し訳なさが入り混じっていた。

説明を避けたい気持ちが見え隠れし、アストはさらに疑問を深める。




──クロウフォード邸の執務室。


そこではエヴァが、顔を青くしながら書類と格闘していた。

机の上には、彼女の体格には不釣り合いなほどの紙の山が積み上がっている。



「血咳症の治療費補填、グラナテイルとの提携草案、領地収益の報告書、収益に対する納税割合の策定……」



ぶつぶつと呟きながら、エヴァはペンを走らせ続けていた。

その傍らでカイルが確認済みの書類を黙々と運んでいく。


その様子を見て、アストがマルコムに尋ねる。



「これは一体……? あそこはあなたの席では?」



マルコムは一瞬言葉を詰まらせ、視線を逸らす。

肩を落とし、どこか後ろめたいような仕草を見せながら、ようやく口を開いた。



「病気療養を理由に、領主の座を退くことにしたのです。エヴァも最初は私の体を気遣ってくれて乗り気でしたが、どうにもタイミングが……」



血咳症の事後処理、グラナテイルとの本格的な提携、納税期の到来──


初仕事にしては、あまりに過剰な負担だった。


その壮絶な様子にリンネが呟く。



「ここにヴェルディアでの魔素適正の確認、クリーンセムの運用事業……などと負担を増やすのは気が引けますね」



アストも頷きながら計画を変更する。



「分かりました。魔素適正の確認に関しては仕事が落ち着いてからにしましょう。クリーンセムの増産と維持はしばらくの間私が行います。そもそも適正者を見出したところで、魔素を扱えるようになるまでには訓練も必要でしょう」



その気遣いにマルコムは腕で顔を覆い、咽びながら感謝を示した。



「アスト殿……助かります……」



その時、アストたちの存在に気づいたエヴァが顔を上げた。



「あら……アスト様、ごきげんよう……このような状況でお迎えしてしまい、申し訳ありません……。長旅でお疲れでしょう、今日は屋敷でゆっくりして行ってくださいね」



明らかに顔色の悪いエヴァに、アストは心配そうに声を掛ける。



「いえ、お気になさらず……エヴァ様も、少しお休みになられた方が……」



そう言うと、アストを抱えたままリンネが部屋の中へと入っていく。


エヴァのすぐ横まで来たところで、リンネが声を掛ける。



「エヴァちゃん、はい」



そう言ってアストを差し出すと、エヴァはおずおずと抱きかかえる。



「ふわふわで……とても温かい……」



アストをぎゅっと抱きしめたエヴァは、サラサラの毛並みを撫でながら次第に体の力を抜き始め──やがて、静かな寝息を立て始めた。



「アスト様の手に掛かればイチコロです!」



グッと親指を立てるリンネ。



「エヴァ……苦労を掛けてしまって済まない……!」



眉間を押さえながら、くぅっと涙をにじませるマルコム。



「やっとお休みになられましたか……」



書類を運び終えたカイルが戻ってきて、机の上を片付け始める。



「アストー? あれ……」



セリーヌやメイドと共にリュミナが顔を見せる。



「今日アスト様はエヴァ様とお休みになられます。リュミナは私と一緒です」



そう言うなり、リンネはリュミナの肩を掴んで回れ右をさせた。



「え?」



突然の宣言に驚くアスト。


リュミナは何事かぶつぶつ言っていたが、リンネに背中を押されて渋々部屋へと戻っていった。



「それでは、エヴァは私が部屋に運ぼう。セリーヌも付いて来てくれ」



カイルは片付けの手を止め、マルコムに頭を下げる。



「了解しました、マルコム様。エヴァ様をよろしくお願いいたします」



マルコムはエヴァを抱き上げながら軽快に返事をする。



「うむっ、後片付けは頼んだぞ!」



エヴァの顔には、久しく見せていなかった安らぎの色が浮かんでいた。

張り詰めていた肩の力が抜け、ようやく休息を得られたのだと誰の目にも分かった。


そんなエヴァに抱きしめられたまま、アストは一緒に運ばれていく。



「最近、皆さんの私に対する扱いが雑になっている気がするのですが……」



その言葉に、マルコムが微笑みながら答える。



「それだけ親しまれているということです」



さらにセリーヌが言葉を繋ぐ。



「アスト様は気安い関係を望まれているとリンネさんも仰っていましたわ。ですが、もちろんあなた様は私ども一家を助けてくださった尊きお方であることに変わりはありません」



確かに、聖獣という扱いには否定的だった。


だが、この変わりようには少し腑に落ちない気もする。


それでも──この気安さが、どこか懐かしい温度を思い出させるようで、悪い気はしないアストだった。

お読みいただきありがとうございます。

次話も引き続きよろしくお願いいたします。

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