9章:都市に灯る色⑤
【7節.アストの接待その2】
都市の観光を続ける中で、アストはふと気になっていたことを口にした。
「そう言えば、お二人とも──あの石はどうやって選ばれたのですか?」
尋ねられた二人はしばし考え込み、先にリュミナが答えた。
「なんとなく、あの石が他より優しい色に見えた気がしたんだ。リンネさんの選んだ石も気になったけど、ちょっと色が強くて」
続いて、リンネが言葉を継ぐ。
「私は魔素が引き込まれるような強い力を感じたんですよね。リュミナが選んだ石にもぼんやりとした魔素の流れを感じてはいたのですが──どうにも弱くて」
互いの石を否定されたような気がしたのか、二人は少し睨み合う。
その答えを聞いたアストは静かに説明を添えた。
「実は、リュミナが選んだ石は魔素の流れを整える波長を放っています。そしてリンネの選んだ石は、魔素を収束して活性化させる働きがあります。宝石としての価値は低いかもしれませんが、それぞれあなた方に良い効果をもたらすものだと思いますよ」
「へぇ〜……」と二人は感心したように石を見つめた。
しばらく考えたアストは、ふと提案を持ちかける。
「お二人とも、少し付き合っていただけませんか? 面白いものが見られるかもしれません」
そう言って、アストは商店街を抜け、住民街を越えて貧民街の先――鉱山へと向かった。
鉱山前に到着すると、アストは二人に「なるべく自分から離れないように」と指示を出す。
「では、私もくっついていないといけませんね!」
リンネがそう言ってアストを奪おうとするが、リュミナが阻止し、結果的に二人が向き合う形になる。
「それでは歩けないでしょう……」
アストに諭され、リンネは渋々リュミナの肩に手を置く態勢を取った。
「今はマスクがありません。自分が魔力を操作してフィルターを作ります」
アストが魔素の膜を展開すると、二人は「温かい感じがする」と喜んだ。
坑道を少し進んだところで、アストが問いかける。
「二人とも、あのあたりに何か感じますか?」
指差された坑道の脇を見つめた後、二人は口々に答えた。
「ちょっとだけ、よく見えるような気がする」
「少し吸い寄せられるような感じがありますね……」
アストは頷き、説明を始める。
「あそこには、まだ掘り出されていないグラナイト鉱石があります。そのため、あの辺りでは魔素の流れがわずかに壁面の内側に向かっています」
「リュミナは魔素を“色”として、リンネは“流れ”として知覚しているのです。──そして……」
アストが“サテライト・アイ”の応用で周囲に魔素を放射すると──
「わぁ……!」
壁面から色とりどりの光が輝き始めた。
「特殊な魔素を周囲に放射しました。この世界の物質には様々な状態で魔素が含まれていて、様々な反応を起こします。例えば特定の物質が炎の色を変える炎色反応という現象がありますが――」
アストが語り始める横で、二人はその光景に見とれていた。
「アストにもらった石と同じ色の光があるよ! あっちは黄色、青や赤色もある!」
「綺麗ですねぇ……あら、先ほどの壁から淡い緑色の光が。ご報告によると高濃度の不活性魔素は赤黒い色をしているということですが……壁面を抜け出て来る際に物質粒子と分離される? ということは不活性魔素とは、魔素自体が不活性化しているのではなく、結合状態に原因が――」
そう呟いたリンネに、アストが答える。
「はい。グラナイト鉱石による不活性魔素の放射とは、物質と結合することによって安定状態……つまり低エネルギー状態になった魔素を含んだ物質粒子が空気中に散布されることであると考えています。そこまで分かるとは、さすがですね」
「それほどでもありません!」
リンネは頬に手を当てて喜ぶ。
その様子にリュミナが頬を膨らませると、リンネは「お子様には少し難しかったかもしれませんね〜」と笑った。
後ろでやり合い始めた二人に少し辟易しながらも、アストは先を促す。
「もう少し進んでください。今度はまた少し変わったものをお見せしますよ」
――やがて、やや広い場所に辿り着く。
そこから道がいくつか分かれているようだった。
「どっちに進むの?」
リュミナに問われたアストは腕から飛び降り、二人を包む膜から抜けていく。
「この辺りでも大丈夫でしょう」
そう言うと、広場の中ほどへ歩いて行った。
「この辺りはかなり昔に廃坑となったルートのようです。目ぼしい鉱石などはほとんど残っていません。ですが……」
アストは“スターリコール”で坑道内の記憶を読み取りながら、周囲の魔素の流れを整え始めた。
「何をしてるの?」
近づきながらリュミナが尋ねると、リンネが異変を察知する。
「アスト様、下から変な感じが……」
その瞬間、地面から吹き上がるような気配が二人を包んだ。
周囲を見渡すと、先ほどとは違う発光現象が起こり始めている。
「ひっ……!」
二人が引き攣った声を上げる、視線の先には薄い人影が浮かび上がっていた。
「オ、オバケ……?」
リュミナはしゃがみ込み、アストを抱き上げる。
リンネは毅然とした声を出そうとするが――
「な、な、な、何を言ってるの、リュミナちゃん! オバケなんているわけ──ないじゃない!!」
声は震え、リュミナの肩に置いた手には力がこもっていた。
「痛いよ、リンネさん……」
影は一人、また一人と増えていく。
アストは慌てる二人をなだめるように説明した。
「落ち着いてください。これは“この場に残る魔素”が記憶している過去の情景です。魔素には色や形などの情報が含まれています。そして状態を整えれば──空間をスクリーンのように、過去の情景を映し出すことができるのです」
影は徐々に輪郭を帯び、はっきりとした姿を現し始める。
二人は息を呑んだ。
「すごい……!」「これは……」
そこには、鉱山で働いてきた人々の歴史が映し出されていた。
ツルハシを振るい、石を運び、休憩のひとときを楽しむ工夫たち。
男くさいと言っても差し支えない光景だったが、そこには懸命に生き、働く姿──宝石と変わらない命の輝きがあった。
「これは歴史の究明や教材に使えるかも知れませんね。他の場所でも再現できたりはしませんか?」
リンネの問いに、アストは残念そうに答える。
「それは難しいかも知れませんね……この場所という環境あっての現象ですから」
アストは振り返り、リュミナを見上げながら静かに語りかけた。
「ですが、あなたにはこれと同じことを──環境に頼ることなく、自ら捉えることができる可能性があります」
映像に見入っていたリュミナは、はっとしてアストに目を向ける。
驚きと戸惑いを含んだ声が漏れた。
「私の目に……こんな力が……」
アストは静かに頷いた。
「あなたの瞳には、それだけの価値があるのです」
これまで嫌悪してきた自分の力を、初めて肯定してもらえたように感じ――
リュミナの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
その姿を見て、リンネがふっと微笑んだ。
「仕方ないですね……今だけ特別に私が支えてあげます」
そう言って、後ろからそっと支えるように、リュミナの頭を撫で続けるのだった。
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