9章:都市に灯る色④
【5節.出会ってしまった二人】
一人は客室の奥の寝室から、もう一人は入り口から。
二人の少女が対面した。
「おぉ、言い忘れておりましたが、今回はリンネ殿もお連れしましたぞ。ヴェルディアでのお役目が一段落つきましたのでな、噂の女神様ということで途中ハルド殿に捕まっておりましたが……ようやく解放されたようですな」
エルバートがポンと手を叩きながら、とぼけたように言う。
対してアストは、徐々に張り詰めていく空気を敏感に感じ取っていた。
二人はしばし見つめ合い――
次の瞬間、アストを見るなり同時に駆け寄り、左右に座った。
「アスト様! ずっとお会いしたかったんです! 二ヶ月も帰ってこないから、心配で心配で!」
「アスト! 昨日で健康診断の仕事終わったんだよね? 終わったら本格的に特訓してくれるって約束だったよ!」
両側から同時に話しかけられ、言葉が被ったことに気づいた二人は、一瞬だけ顔をしかめて互いを見合う。
そして、仕切り直すように再びアストへ向き直った。
「事態が落ち着いたら街を案内してくれるって言ってましたよね? ヴェルディアほどではありませんが、ここも大きな都市ですし、せっかくですから色々見て回りましょう!」
「アストに言われたこと、ちゃんと続けてたよ! 少しだけど顔が見えるようになってきたんだ。でもまだアストみたいにはっきり見えないから、もっと特訓したい!」
アストに向けた笑顔のまま、ギギギ……と再び向き合う二人。
しばしの沈黙のあと、均衡を破ったのはリュミナだった。不安そうにアストへ尋ねる。
「このおばさん……誰? アストの“知り合い”?」
リンネは笑顔を崩さず──しかし、穏やかではない気配を漂わせる。
「私はリンネよ、お嬢ちゃん。この世界で初めてアスト様のご慈悲を頂いた人間であり、最初に認められた信徒にして、魔素医療技術の一番弟子よ?」
仰々しい肩書きに一瞬怯んだリュミナだったが、負けじと向き合う。
「でも、この二ヶ月ずっと一緒にいましたけど、アストからあなたの話は聞いてません」
そう言ってアストを抱き寄せる。
その言葉に、さしものリンネも固まった。
ゆっくりとアストを見据え――
「……アスト様?」
その気迫に、アストは慌てて言い訳を始める。
「別にリンネのことを忘れていたわけでも、黙っていたわけでもありません。ただ、リュミナに話す機会がなかっただけで……」
リンネはニッコリと笑った。
「そうですか。つまりアスト様は、この小娘に自身のことを話していなかっただけ──その程度の関係だったと」
辛辣な物言いに、リュミナは涙目になってアストを見る。
「そうなの……?」
抱きすくめられた姿勢のまま問われ、アストは言葉に詰まった。
「両手に花とは、アスト殿が羨ましいですな」
他人事のように笑うエルバートを少し恨めしげに見たアストは、顔を上げてリュミナに語りかける。
「重ねて言いますが、話す機会がなかっただけです。この二ヶ月間、私はずっと健康診断に関わる仕事をしていましたし、空いた時間には魔素色覚の制御訓練をしていたでしょう」
「──あなたは私を恐れるでも敬うでもなく、共にいてくれました。それが、心地よかったのです」
その言葉に、リュミナは再び笑顔を浮かべた。
一方、リンネは再び不機嫌そうな表情に戻る。
アストはリュミナに抱かれたまま、リンネへ向き直り、謝罪と感謝を告げた。
「リンネ。手紙で伝えていたとはいえ、二ヶ月も慣れない土地に残してしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。ですが、あなたはこの世界で最も私に近い知識を持つ存在であり、最も頼れる人です。二ヶ月もの間ヴェルディアを支えてくださり、ありがとうございます」
リンネは身体を震わせ――
ぐっと何かをこらえ、静かにアストの手を取った。
「勿体ないお言葉です、アスト様。このリンネ、アスト様の御意向に沿うことができたことを誇りに思っております」
まるで聖獣に仕える聖女のような姿に、リュミナは一瞬見とれたが――
すぐにアストをグイッと引き寄せた。
リンネも負けじとアストを引き寄せ、再び一触即発の空気が漂い始めた──その時。
「キリがありませんな。どうでしょう、アスト殿。健康診断も一段落ついたとのことであれば、ここはひとつ都市の観光でもして、気分転換をされては?」
エルバートの提案に、アストは渡りに船とばかりに頷いた。
「そうですね。リンネ、ヴェルディアの方も落ち着いたようですし、良ければこの都市を見て回りませんか? リュミナも、これまで健康診断の手伝いや訓練が続いていましたし、少し息抜きでもどうでしょう?」
その言葉に、リンネはついに我慢ができなくなったようにアストへ抱きつき、リュミナもさらに強く抱きしめる。
「うん!」「はい!」
両側から四本の腕で締め付けられ、さしものアストも形状が変わる勢いだった。
「ぐぐぐ、お二人とも……そのへんで……」
解放を訴えるアストだが、締め付けは止まらない。
「いやはや、聖獣殿は人気者ですな」
愉快そうに見つめるエルバートに、アストは再び恨めしそうな視線を送るのだった。
【6節.アストの接待その1】
都市庁を出て市街へ向かうアストたち。
途中、エルバートは「グレンに用事がある」と言い、観光の軍資金として幾分かの貨幣が入った袋をアストに預けた。
「あ、あのっ……」
アストは二人の緩衝材として同行を願って引き留めるが、エルバートは手を振りながら去っていった。
希望を打ち砕かれ、アストは絶望の色を滲ませながらリュミナに抱えられて運ばれていた。
「本来ならアスト様をお運びするのは私の役目ですが……お子様に譲るのが大人の振る舞いです!」
――リンネ談。
それを受けて「お子様って言った……!」とリュミナが小さく呟いたが、アストは聞こえないふりをした。
まず三人が向かったのは、都市庁近くに広がる商店街だった。
石造りの道はしっかり整備され、
大通りの脇には店舗が並び、
馬車の通行を避けるように露店が軒を連ねている。
アストの姿を見かけた街の人々が、次々に声をかけてくる。
「聖獣様、こんにちは。今日は綺麗なお嬢さんをもう一人連れておいでなんですね」
「せいじゅうさま! リュミナちゃん! 一緒に遊ぼうー!」
「聖獣様が教えてくださった習慣を続けたら、この通り。散歩に出る体力も戻りましてな。ありがとうございます」
リュミナとリンネは露店を見て回り、アストは一人ひとりに丁寧に挨拶を返していく。
そんな中、大量の鉱石乗せた荷車が目を引く露店があった。
荷車の前で、一人の男が地べたに布を広げて座っている。
「これは聖獣様。良ければ一つ、運試しをされていきませんか?」
店主は五つの石の塊を並べていく。
「この鉱石の中には、銀貨五枚相当の宝石──その原石が含まれています。本来なら屑石も混ぜるところですが……今回は特別に最低でも小銀貨五枚以上の半貴石にしてあります。さらに一回につき銀貨一枚……と言いたいところですが、聖獣様には先日オヤジが世話になったようなので、一度だけ無料にしましょう」
「面白そう!」とリュミナが目を輝かせる一方で、リンネは眉をひそめる。
「本当に当たりがあるんですか? こういうのは胴元が勝つようになってるのがお決まりですよ!」
「賭け事ではないので胴元というのはちょっと違うような気もしますが……」
と呟きながら、アストは並べられた石にアナライザーを使用してしまう。
「確かに価値のある石が含まれていますね。銀貨五枚相当というのは、むしろ控えめな評価です。百枚以上の価値がある可能性もあります」
店主はぎょっとし、リュミナとリンネの目の色が変わる。
「おっと、聖獣様……さすがの御慧眼ですが、それはルール違反ですよ」
「私は参加しませんのでご心配なく。何も言いませんので、二人に選ばせてあげてください」
二人はしばし黙って石を見つめ――
リュミナは真ん中、リンネは左から二番目を指さした。
「これ!」「これです!」
店主はほっとした様子で鉱石を割り、中を見せる。
リュミナの鉱石には、黄緑色の不透明な石。
リンネの鉱石には、紫色の透き通った石。
「こちらの緑の石は比較的よく採れるものです。そちらの紫の石は価値こそ高いですが加工が難しく……それぞれ小銀貨二枚と五枚といったところでしょうか。小銀貨五枚以上と言いましたが、少し手違いがありましたね、少々お待ち下さい」
店主は台車から何かを取り出そうとする。
その間に二人は石を見つめ、アストへ尋ねた。
「ちなみに銀貨百枚以上の石はどれなの?」「ちなみに銀貨百枚以上の石はどれなのですか?」
アストは右端の鉱石を指さす。
「この鉱石の中にはルビーの原石が入っています。純度も高く、貴族向けの宝飾品に加工できるものです。原石の状態でも小金貨五枚は下らないでしょうね」
リュミナとリンネは目を見開いてその鉱石を見つめる。
店主は慌ててそれを取り上げると、他の石も包みに戻して台車に乗せた。
「どうも聖獣様。突然ですが、今日のところは店仕舞いとさせていただきます。こちら、お詫びとお礼です」
そう言うなり、ネックレス用のチェーンとブレスレット用のリングを置いて立ち去っていった。
三人はぽかんとした表情で店主の背を見送る。
「これだけ貰いましても……」
「お店に加工してもらうお金ないよ……」
「仕方ないですね。ちょっと、そこに置いてください」
アストは鉱石と装飾品に手を当て、アークテクトを使用する。
(練り直しては天然石の意味がありませんし、カットするように……)
一瞬光に包まれ――
そこには、黄緑色の宝石をはめ込んだブレスレットと、紫色の宝石を台座に収めたネックレスが完成していた。
「綺麗!」「美しい……」
二人は早速それらを身に着け、アストへ見せるようにして礼を言う。
「ありがとう、アスト!」「ありがとうございます、アスト様!」
屈託のない笑顔と真っすぐなお礼に、アストも素直に賛辞を贈る。
「お二人とも、よく似合っていますよ」
宝石よりも鮮やかに輝く二人の瞳を見て、アストは胸の奥が穏やかに満たされていくのを感じた。
(ちなみに、宝石の外側を覆っていた岩石成分は、アークテクトの際に石畳の補強に使っておきました――アスト談)
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