9章:都市に灯る色③
【3節.ほどける距離】
店を出ると、先ほどの出店の店主が、リュミナより少し年下に見える子どもを二人連れて待っていた。
「夕食の仕込みがあるから、この子たちの世話、お願いね。休みなんでしょ?」
引き留めようとするグレンの声は届かず、「任せたわよ〜!」と遠ざかっていく店主。
「信頼されているのですね」
アストの言葉に、グレンは項垂れながら答えた。
「……お姉さんは昔からああなんです」
仕方なく、一行は公園へ向かい、子どもたちと遊ぶことにした。
――夕暮れが差し込む公園。
アストは魔法を使い、子どもたちをぷかぷかと浮かせながら遊ばせていた。
薄い膜のような魔力が体をそっと包み、夕日を受けて淡く色を変える。
「わぁ、ふわふわで楽しい! 聖獣様、これってどうやってるの?」
「うわっ!……あれ、倒れても痛くない? 柔らかい風船みたい!」
アストは巧みに膜の輪郭を調整し、子どもたちが自由に跳ね回れるように操作していく。
「魔素という力の応用です。……そうですね、皆さんこちらに来てください、面白いものを見せてあげます」
子どもたちがふわふわと跳ねるようにアストの元へ集まると、膜が弾けるように解けた。
「まだふわふわした感じが残ってる……不思議だなぁ」
「聖獣様、何を見せてくれるの?」
アストは小さな魔素の球体を無数に生み出し、目の前に浮かべた。
「魔素は少し工夫すると、色を変えることもできます。ですから、このように……」
指先を軽く弾く。
夕日の赤に負けない鮮やかな色を宿した魔素の球体が、ふわりと舞い上がった。
「うわぁ! 綺麗!」
「シャボン玉よりずっとすごい!」
子どもたちの歓声が遠くで弾ける。
その音を背に、リュミナはそっと輪から外れ、ベンチで見守っていたグレンの元へ歩み寄った。
「グレンさ……バルクス様。今日はありがとうございました」
隣に座ったリュミナに、グレンは柔らかく笑いかける。
「グレンで構わない。今日のことも気にしなくていい。それが私の役目なのだから」
その言葉にリュミナはグレンを真っすぐ見つめながら、ぽつりと呟く。
「“役目”……ですか……?」
その視線に、グレンは一瞬たじろぐ。
だが、何かに気づいたように息をつき、穏やかに笑みを浮かべた。
「どうやら私も、人のことは言えないようだ。アスト殿に人心が分からないなどと……自分の心を偽っていては」
そして、少し照れたように続ける。
「そう、アスト殿の言葉を借りるなら……“私自身がそうしたかったから”。自己満足でも構わない。私は、君の喜ぶ顔が見たかったのかもしれない」
胸のつかえが取れたような笑みを浮かべるグレンに、リュミナも柔らかな笑顔を返した。
その時、遠くから子どもたちの声が飛んできた。
「リュミナお姉ちゃーん! もっと遊ぼうー!」
リュミナは立ち上がるが、グレンの方を振り返る。
「……行ってあげてください。あの子たちは、ずいぶんあなたを気に入ったようだ」
グレンが穏やかに促すと、リュミナは一瞬だけ迷ったように目を伏せ――
すぐにぱっと笑顔を咲かせた。
「じゃあ……グレン様も一緒に!」
そう言って、ためらいなく彼の手を取る。
虚を突かれたように目を瞬かせたグレンだったが、すぐに小さく息を吐き、照れたように笑みを返した。
「……ああ。行こう」
二人は手を繋いだまま、アストと子どもたちの輪へ歩き出す。
夕暮れの光が、四人と一匹の影をゆっくりと重ねていった。
【4節.奇跡の力】
グラナテイル都市長による大規模な健康診断の発表から約二ヶ月。
市民のほとんどが診断を終え、アストが担当していた病院では九割以上の受診率を誇っていた。
アストは都市庁の客室で、集めた診断結果をまとめていた。
「……驚くべき事実ですね」
独り言のように漏らした声に、入室してきた人物が反応を示す。
「何が、ですかな?」
姿を見せたのは、久々に戻ってきたエルバートだった。
この二ヶ月、彼はヴェルディアへ帰還していた。
「ご無沙汰しております、エルバート様。ヴェルディアの方は落ち着かれましたか?」
アストは“プライマル・ナレッジ”へのアクセスを閉じ、向き直る。
エルバートは軽く頷き、向かいの席に腰を下ろした。
「血咳症はすっかり収まりました。アスト殿に追加で生産していただいたクリーンセムの配置も済ませておりますので、しばらくは安心でしょう」
「それは何よりです。──先ほどの質問ですが、私が驚いたのは診断結果の方です」
「ほう、それは気になりますな。何が分かったのです?」
アストは一枚の記録表を手に取り、静かに告げた。
そこには魔力素子の保有量と色の傾向、該当人数が記載されており、
魔力素子“0”の欄には、数字が一つもなかった。
「健康診断を受けたグラナテイル市民全員に、少なからず魔力素子が含まれていたのです。その上、人によって不活性魔素の代謝、排出、排斥など、様々な性質を示していました」
エルバートは一瞬言葉を失い、そして眉を上げた。
「……ということは、私にも?」
アストは頷き、“アナライザー・エコー”を起動した。
「──はい、存在します。しかも総量はかなり多いようです。マルコム様の近くに仕えていても症状が出なかったのは、それによるものでしょう」
「なるほど……つまり、血咳症の重症度は魔力素子の量と関係していたということですな」
自分の体質のおかげで主のそばに居られたことを知り、エルバートは少し気分を良くした。
「はい。魔力素子は魔素に対する感応器官でもあります。身体のどこに多く存在するかによって働き方も変わってきますが……」
アストは記録をめくりながら続ける。
「例えば、リュミナには視覚と知覚の領域に多く含まれていました。そのため、人が発する魔素の傾向を“色”として認識することができるのです。“魔素色覚”と言うべきでしょうか」
「ほう……それで私のことを“綺麗な白い光”と言っていたのですな」
エルバートは思い出したように笑みを浮かべる。
アストも口元を緩めながら補足した。
「これは“共感覚”と呼ばれる現象に近いものです。文字や音に対して色や味を感じるなど、異なる感覚が連動する例は存在します」
エルバートはしばし考え込み、ふと疑問を口にした。
「しかし、リュミナはアスト殿のことを“はっきり見えた”とも言っていましたな。アスト殿の力が私より弱いなどということはないでしょう?」
「それは、私が普段から魔素の放射を制御しているからです。留めておいた方が何かと便利ですので。──そして、私の理論が正しければ、このような魔素の制御は訓練次第で誰でも可能になります」
その言葉に、エルバートの表情が険しくなる。
「……つまり、エーテ・ミラ神教が神聖視する“奇跡の力”を──誰でも行使できる可能性がある、と?」
アストは静かに頷いた。
「リンネが私と共にヴェルディアの人々を治療していた事実が、それを示しています。あれこそ、魔力素子を利用した魔素の運用。リンネに才能があったことは確かですが、それも“少し器用だった”という程度のことです」
「すでに無意識にその力を使っている者もいます。リュミナもそうですし、貧民街の住民の中にも血咳症を防いでいた者がいた。彼らは魔素に対する適応力を持っていたのです」
世界の在り方を揺るがしかねない事実。
エルバートは不安と期待が入り混じった表情で尋ねた。
「それで、アスト殿はその事実をどう――」
そこまで言いかけた時、両側の扉が勢いよく開かれた。
「アスト!」「アスト様!」
待ちかねたように駆け込んできた二人の姿に、
アストとエルバートは同時に顔を上げた。
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